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逆光の影法師  作者: 冬瀬
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弍05・決意



「さて。準備も整ったことだし、そろそろ行こっか」

「そうだな」


 光影術が使えることがわかった今、イオルの体質が変わったことは明瞭。まるで御伽草子のような話でも、無能が只人になったことは簡単に証明することができるだろう。

 ふたりと一匹は立ち上がると、道場を目指す。


「出発はどれくらいになると思う?」


 歩きながら、シウがハクに尋ねた。


『お前の耳とオレがいる。あまり戦闘にはならずにレッドゾーンを抜けられるだろうが、そもそもの道が険しいからな。最低限の身体強化と鎧の習得は必須だ。……まあ、そうだな。早くて二週間ってとこか』

「実体化とその使い分けを練習しないといけないから、そのくらいかかるか。宿、どうするか考えないとね」


 応えを聞くとシウが口元に手を置いて思考する。

 何か目的があって先を急ぐのかと思えば、泊まる場所の心配をしていたらしい。


「俺の隣の部屋、掃除すれば使える。宿泊費はいらないから泊まれば?」

「え! いいの?」

「あの建物、俺のものみたいになってるから。シウひとり招いたくらいだったら文句も言われないと思う」

「ラッキー! じゃあ、あと五日は宿に泊まって、そのあとお邪魔するよ」


 彼女の歩みが弾んだ。

 そんなシウを横目にイオルは少しだけ表情を曇らせる。

 周りには気を遣って生きてきたつもりだったが、彼女の宿泊費までは気が回らなかった。

 ずっとここで同じような生活を送っていた、今までのような考え方ではいけないことをイオルは悟る。

 彼女に恩を返すと決めた以上、一緒に行動することをきちんと念頭に置いておかねばならない。

 出立までに整えることはたくさんあるようだ。


(師範、なんて言うだろうな……)


 いきなり影の力を手に入れたから彼女たちと旅に出ることにした、と言えばハンゾウに一体どんな反応をされることか。

 なんとなくだが、旅に出ることは反対されない気がしていた。

 しかし、何せ急なことだ。

 自分自身、これから影法師として生きる覚悟は決まっていたが、まだ心の整理ができていない。

 自分のことを一番気にかけてくれていた、親代わりのハンゾウになんと言われるだろう。あまり想像が付かなかった。


『着いたな』

「うん。浅田さん以外に人は来てないみたい」

「…………」


 自分の部屋と同じくらい見慣れた道場。

 シウとハクの目がイオルに向く。

 ここは自分が先に行って案内しなければならない場面だ。


「大丈夫。困ったらわたしに飲まされた薬のせいでこうなったって言えばいいんだよ」

「っ! それは――」


 ただ、イオルがまだ心情の整理ができていないことを悟ったシウのほうが、行動に移るのが早かった。


「おはようございます〜!! 昨日お尋ね出した宇佐美です。浅田さんはいらっしゃいますでしょうかー!」


 元気のよい挨拶があたりに響き渡る。


『オレもいること、ちゃんと伝えろよ?』

「わかってるよ。ハクも同席できるようにお願いする」


 イオルを置いてひとりと一匹が頷き合っていれば、玄関の扉が開かれた。


「おはよう。今日はどんな用か――ん? なんだ。イオルもいるじゃないか」


 ハンゾウはイオルの姿を見つけて目を丸くする。


「えっと……」


 なんと言い出せばよいものか。

 イオルは少し迷った後、太陽の下で被っていたフードを外した。


「お前、その頭?」


 露わになるのは、つい昨日まで白かったはずの黒い髪。




「師範。――俺、里を出ます」




 ハンゾウは揺るぎのない月の瞳を見てハッと、視線を足元に向ける。

 そこには誰もが持っているはずで、イオルだけが持つことが許されなかった黒い影が伸びていた。







「……なるほど、な」


 日当たりの良い道場の縁側。

 話を聞き終えたハンゾウが重く呟いた。


「昨日助けてもらった時に宇佐美くんから恵んでもらった薬が霊薬だったと。信じがたい話だがその影を見ればな」


 隣に座っているイオルの影を見て、彼は唸る。

 里の者たちですら手に入れられなかった代物が、手違いとはいえイオルのもとに舞い込んで来るとは。それに、縁側でシウの側に座っているあの狼犬。念話を使うことができる生き物だって、伝説なみに希少な存在だ。


「それで、恩を返したいから宇佐美くんとハク殿に着いて旅に出たい……か」

「はい」


 ただ者ではないとは、初めてシウに会った時から薄々感じてはいたが、こんなことになるなんて想定を遥かに超えている。


「すみません。わたしのせいで」

「なぜ謝る。謝るのはこちらのほうだ。本物の霊薬を手放すなど、本意ではなかっただろうに」

「気にしないでください。もう済んだ話ですから」

「いや。恩を返すのはこの里の流儀だ。それも命の恩だ。イオルには君に与えてもらった分、何かを返す義務がある」


 ハンゾウは静かに頷くイオルを一瞥し、それから遠慮がちに姿勢を正して座っているシウを見つめた。

 どんな人生を送っていれば、こんな応えができるだろう。

 彼女は気さくに述べているが、そう簡単に諦められるような事ではない。

 霊薬が運に左右される薬だからといって、それを手に入れるのも楽だなんてことは断じてない。所持しているだけでも相当気をすり減らすようなものだ。並大抵の者では価値に目が眩んでしまう。尋常ではない精神力、人間性である。


「ただ、影を持ったとして、【月の子】として育って来たお前が今から新しい理を覚えられるかは話が違う。足手まといになるだけなら、着いていく価値はない。もらった命を無駄にするだけだ」

『その心配はいらないぞ』


 予想通りの言葉に、ハクは自慢げに顎をくいと上げた。


『もう試しは済んでいる』


 イオルはそれを合図に自分の影に手を入れる。


「な!?」


 ハンゾウは愕然とした。

 イオルは難なく普段は背負っている刀を取り出してみせるが、あり得ない。

 話を聞くところによれば、イオルが影を得たと知ったのは今朝。たった数時間前の出来事だ。

 光影術を使うようになるには、この里出身の者でも早くて一週間はかかる。そして、己の影にモノを収納するこの術は、一ヶ月で覚えられれば才能があると判断される。影にモノを入れるのも、それを影に飲み込まれて紛失させずに取り出すことも、一日で覚えられる芸当ではない。

 それをたった数時間で――。


「イオルはセンス抜群ですよ!」


 シウの声を呆然と遠くに捉えながら、ハンゾウはハクに目線を移す。

 話の仕方とシウの若さを考慮して、イオルに影を教えたのはハクだ。

 やはり、この狼犬が普通じゃない。


「――驚いた。まさかもう影力を解放しているとは……。一体どうやって」

『秘密だ。教えたところで、今の人間ができることじゃねぇしな』

「そうか……」


 これはとんでもないケモノに捕まったものだ。

 ハンゾウは肩をすくめる。


「――話は理解した。お前たちが合意の上で決めたなら、私が口を出すことは何もない」


 やっと掴んだ奇跡だ。

 あの狼犬が受け入れてくれるなら、イオルを止める理由などない。


「宇佐美くん。思うところはあるだろうが礼だけは言わせて欲しい。――ありがとう」

「い、いえ……」

「ハク殿、イオルが世話になる。遠慮なくしばいてやってくれ」

『期待はするな。全ては小僧次第だ』


 それで構わないとハンゾウは首肯した。

 イオルを守ってくれとは言わない。外の世界は常に危険と隣り合わせだ。

 ただ、仲間の存在は大きい。

 一緒に旅をしてくれる仲間がいるだけで、イオルには価値がある。


「イオル」

「はい」

「どんな結果になろうと、決断したことは自分の責任だ。それを忘れるなよ」

「――はい」


 今までで一番、覚悟を決めた良い顔付きだった。

 返事を聞いたハンゾウはかしこまった表情を緩める。


「今夜は祝いだな。宇佐美くんも霊薬の恩には遠く及ばないが、もてなさせてくれ」

「いいんですか!」

「ああ」


 目をキラキラ輝かせるシウに、ハンゾウは微笑んだ。

 




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