東風で届け梅の香
近所のお家の庭に、桜の木が植えられていたのです。
それを見つつ、もし万が一間違って庭付き一戸建てなんか買ったら、私なら梅を植えるかな、などと考えて、ふと、ある和歌を思い出しました。
東風吹かば 匂ひおこせよ 梅の花 主なしとて 春を忘るな
菅原道真
ここで、思い出しただけで終わらないのが私クオリティ。
どんな条件だったら、東からの風で京都にある梅の香りが大宰府まで届くのか考えてみましょう。
それでは、斜め上に向けて出発!
【何気に難易度高】
実は、最初のうちは簡単な数値シミュレーションをしてみようと思っていたのです。
無風状態での拡散(分子拡散)はガスの分子量(大きいほど遅い)や気温(高いほど速い)で速度が求まるので、これで時間毎の広がり具合を考え、それが風で広がる(乱流拡散)、というモデルです。
この方針で進めようと調べたところ、東日本大震災で有名になったSPPEDIの簡単な説明資料っぽいものを見つけました。
この資料によると、分子拡散はガスの場合で一日に数メートル程度であり、拡散のほとんどは乱流拡散による、とのこと。
そして、乱流拡散の計算方法にはオイラー型モデルとラグランジュ型モデルがあり、発生源が点に近い場合はラグランジュ型モデルでないと精度が云々……(私が考えてたのはオイラー型モデルに近い)。
さらにSPPEDIでは、風速も実際に測定されたものに沿って計算しているのです。
これだけのことを盛り込んだ上での計算でも、計算結果と実際の拡散状況には明らかに乖離があるそうです。
うーん、素人の付け焼刃の数値シミュレーションではほぼ意味なし、という事が判りました。
【♪割り切っていこう】
仕方がないので、思いっきり割り切ったモデルにしてしまいます。
梅の花の香りの主成分は「酢酸ベンジル」という物質だそうです。
炭素が9個、水素が10個、酸素が2個という、そこそこ大きな分子です。
酢酸ベンジルだから、ベンゼン環に酢酸が付いてるんだろうな、とか考えつつ、今回はあまりそこは関係ないので、分子量が大きいところだけに着目して、分子拡散はせいぜい一日に1m程度と考えます。
風速は、京都での2011年~2015年の3月における一日の最大風速の資料から、東の風(東北東、東南東を含む)を抜き出して平均を取った値として7m/sを採用します。
京都と大宰府の直線距離は約510㎞。
京都で梅の花が咲いてから香りが大宰府に届くまでの時間は、直線距離を風速で割って、約20時間となります。意外と早く到達するんですね。
東風で直線的に押し出される香り分子が1m/日 の割合で横に広がると考えると、香りが最初に大宰府に届いた時点では、大宰府を頂点とし、底辺が1.67m、高さが510㎞の、超絶に細長い二等辺三角形の形に香り分子が分散しそうです。
まあ有り得ない仮定ですが、香り分子は上記の三角形内で等濃度に分散するものとします。
無風状態で花の香りが広がる範囲は分子拡散による1m/日とすると、20時間なら木を中心とした半径0.83mの円内ぐらいとなります。この範囲の分子が上記の三角形内に等濃度で分散した場合、香り分子の密度は元の円内の濃度を1として、こんな感じ。
(3.14 × 0.83 × 0.83) ÷ (1.67 × 510000 ÷ 2) = 1/196,866
大宰府では京都の20万分の1程度の香りがするんですね、って、犬でも嗅ぎ取れるかどうか……。
逆に、大宰府で普通に嗅ぎ取れる香りだとすると、京都では普通の20万倍の香りが、って、これはすでにバイオテロのレベルです。京都の皆さんが悶絶しているのは確実で、道真公の雷よりもひどい被害を及ぼしたことでしょう。
【飛ぶ方が現実的?】
どうやら、大宰府まで梅の花の香りを届けるには、伝説の通り飛んで行った方がよほど現実的、という事になりそうです。
空気抵抗を考えずに、仰角45度で打ち出すものとすると、510㎞飛ばすには初速が約8000㎞/h となります。おお、マッハ6を超えてますね。衝撃波は大丈夫かな?(多分ダメ)
最高到達高度は127㎞。FAIの定義だと100㎞以上は宇宙なので、この梅は宇宙旅行をしてきたことになります。
仮に木の重さを500kgとすると、必要なエネルギーは約1.2GJ。平均的な雷のエネルギーが1.53GJだそうなので、これに匹敵するエネルギーです。雷並みのエネルギーを操るとは、流石は道真公の梅です。
打ち上げるのではなく、ホバークラフトっぽく浮いた上で東風に流されると、消費エネルギーはもっと少なくて済みそうですし、東風で香りを届けた、と言い訳することも出来そうです。
但し、間違っても「ジェットストリームアタック!」と唱えてはいけません。ジェットストリームだと、反対の方向に向かってしまいます。
それと、この方法だと「飛梅」ではなく「滑り梅」と呼ばれそうな気が。天神様の梅としては縁起が悪いですね。




