067 遠慮の文字はない
夏季休暇の半ばを前に衣虎が夏季補習のために学校の寮へと出発した。
(僕は超進学校じゃなくてよかった。せっかくの夏季休暇なのに半分だけしか休めないなんて嫌だもの)
衣寅と入れ替わりに鏡子を引き取るために融が美涼に連絡する。
「私も行くから」
美涼からの答えは融にとって意外だった。
五人はとても仲のいい友達だけれど、長期休暇中は全然一緒に遊ばない。
それぞれ忙しいからだ。
学校がある間、生徒たちは寮で暮らす。親と子が離れ離れに生活しなければならない。
だから、親たちは幼いわが子が帰ってくる時間を非常に大切にしていた。
進馬の家は、長期休暇には必ず家族旅行をする。両親兄弟ともに一ヶ月以上の長期休暇を取って、旅行へと出かける。
杏菜は親戚一同が集まり、いっしょに過ごす決まりになっている。毎年そこで年上の従姉たちと遊んでもらっていた。
美涼の家、波川家は厳しい。幼い時から習い事や行事、パーティーへの参加などでスケジュールがいっぱいにさせられる。わずかでも時間に余裕ができれば何か予定を詰められ、次々とこなしているうちに休みが終わってしまう。
ちなみに融は暇だ。同じ代表二十家の名家なのに、母は軍の仕事、父は融に何も手出しさせない。学校から出た宿題を片付け、日々のトレーニングをこなす以外は自由時間だ。初等科の頃は執事やメイドで遊び、弟と遊んでいた。
「初等科の間は、一人で外出することさえ許されていなかったのだけれど、中等科からは事前に許可を取ればそれが許されるようになったのよ。
家にいる限り、少しでも空いた時間があれば、こちらの了承も得ずに予定を詰められて逃げられないようにさせられるのだけれど、家の外に逃げてしまえばそれもできなくなるじゃない。
それにしても、融の家もやっぱり代表二十家の一つなのね。
友人の転法輪家の家にお呼ばれしたから、しばらく遊びに行かせて欲しいって試しに両親に許可を求めたら、意外とあっさり許してくれたのよ。
というわけで、雪村鏡子を送迎がてら私も融の家に厄介になるから。
迎えに来なくていいわよ。ちゃんとこっちで車の手配もする。
お土産なんて特に何もいらないって言ったのに、パパもママも持って行きなさいって言うからちゃんとしたのを用意するから。
それじゃあ、後のことは予定通りに。またねー」
美涼は一方的に要件を告げると、通信を切った。
その日の午後には転法輪家に波川家の国産高級車に乗って美涼と鏡子がやってきた。その車には美涼の兄も乗っていて、融に丁寧に挨拶をしてから美涼を残してそのまま帰って行った。
「さっきが私の兄貴、波川陸。次期当主同士ってことで一応顔を合わせておきたかったみたいよ。真面目な顔をしていたけど、普段はもっといいかげんでバカ兄貴なんだから。忘れちゃっても問題ないわ」
美涼はその日のうちに適応していた。
自分の気に入ったメイドを見つけると、遠慮なく自分専用のように使い、飲み物や食べ物の好みを覚え込ませた。
部屋に案内すると、自分好みに模様替えさせていた。
(遠慮という言葉が美涼の辞書には載っていない。落丁か?)
自分の家だと思ってくつろいでくれなどと言うことはあるけれど、まさにそんな感じだ。
生まれた時からの実家に住み続けている人間の方がまだ遠慮がある。
ホテルの宿泊客でも、美涼よりはまだ遠慮という言葉の意味を知っているに違いない。
案内された室内だけでなく、廊下でも部屋着でうろうろしていた。
二日目ともなると、使用人に一度伝えたことが守られていないと、自分の部下であるかのように叱り付けた。
三日目。もはや完全に彼女こそがこの家の主人である。
融が今まで使用したことのなかった室内プールにて、ビーチチェアに横になりジュースを飲んでいる。鏡子は融に手伝ってもらい、泳ぎの練習をしていた。
波川美涼はなんでもないことでも命令して人を使う。それでも、彼女のことを悪く言う使用人はいなかった。
いや、むしろ彼らは喜んですらいたのだ。
それぞれが代々名家転法輪家に仕えてきたエリートたち。優れた技能を持ち、どんな命令でも必ずや主人の期待に応えて見せる。
それなのに、当主はほとんど家に帰らず、家族も留守にすることが多い。
夏季休暇中の次期当主、融はいるのだけれど過去のことがあって何処か近寄りがたく、そのせいで融は自分一人で大抵のことは出来る子に育ってしまった。
わがままを言わず、あまり命令してこない。
したとしても、大抵が執事の穂積を通してだ。
融が使用人たちに気を使っていることが、彼らにもわかっていた。
そんな転法輪家に現れたのが、名家の正しいお嬢様波川美涼だったのだ。
四日目に杏菜もやってきた。
「遠慮しないで入って」
と言って杏菜を招いたのは融ではなく、美涼だった。
夏季休暇前から相談していたことらしい。鏡子のために従姉のお姉さんたちからのおさがりをもらってきたようだ。
新品を買い与えても、鏡子は遠慮して困ってしまう。
(以前進馬が、杏菜と美涼の服をおさがりとしてあげたらいいじゃないかと提案して、二人から鋭い視線でにらまれていた。三人のスタイル、身体的なあれこれの問題があって出来ないらしい)
その日、鏡子は二人の着せ替え人形にされていた。
家族旅行中の進馬に、いくつかを写真に撮って送信して意見を聞いてみたところ、進馬がこれが一番かわいいと送り返してきた画像は、彼の彼女の私服姿だった。
幸せそうなのろけに、美涼がキレて不幸のメールなるものを大量作成し、嫌がらせで送り続けた。
なぜか融も着替えさせられそうになって途中で逃げた。
それでも、美涼は諦めていなかった。
密かに文化祭でのクラスの出し物の計画を練るのだった。
融は、雪村鏡子の未来の夫(仮)甘野敏を積極的にしようと考えて計画を練っていた。
いろんな服に着替えて、照れながらも笑っていた鏡子のことを考える。
(鏡子の幸せのためにも、早く何とかしないと)
融は休み明けには行動を起こすつもりでいた。




