053 月城結梨亜
融は彼女のことを知っていた。
後になって彼女の正体を思い出した。
彼女もまた歴史上の人物だった。
彼女の名前は、月城結梨亜。月城晶の血のつながらない姉だ。
当主になるはずだった月城晶が、突然国を裏切ってしまった結果、その次に優秀だった結梨亜にその席が回ってきた。
融が転法輪家の当主になり、死神と呼ばれて好き勝手にやっていた時代。代表会議で月城家当主だったのが結梨亜だ。
歴史上の月城結梨亜と転法輪融の相性はあまりよろしくなかった。
具体的な例を挙げれば、モラヌランガ自治区の治安を殺戮と恐怖で回復させたのが死神融。
その回復させた治安を、八方美人な政治対応によって逆戻りさせたのが月城結梨亜だったのだ。
政治家としての歴史的評価はかなり低い。
自分の意見や明確な未来設計が無く、現実と向き合うよりも理想ばかりを口にするだけ。批判されることを恐れて、声の大きいものに良く思われようとする。貫き通す意思の無い、傷つくことを恐れる無能な政治家。歴史上の政治家のランキングでは常に最下位争いの位置にいる。
売国奴とか、戦犯だとか、もっときつくて汚い言葉で非難されている歴史書もあった。
私生活の方も、幸せだとは言えない人物だったようだ。
家から裏切り者が出て、その尻拭いをさせられる形で後を継いだのだ。いばらの道だったに違いない。
いつも何かにおびえ、不安で苦しんでいたという証言もあった。
彼女も若くして亡くなっている。病死であったとされているけど、後の歴史書では遺骨の分析結果から、自殺だった可能性が高いと書かれていた。
(さっき出会ったばかりの女の子が、悲惨で孤独な最期を迎える未来を知っている。
僕は、黙って何もしないでいることなんてできない。
そうだよ、今のうちから仲良くなっておけば、将来彼女が政治家になっても僕の言うことを聞いてくれるはずだ。
何より、僕と同じように、月城晶のせいで死の運命に巻き込まれてしまう月城結梨亜のことが、他人ごととは思えない!)
しかし、月城結梨亜は上級生で、生徒会長。
学年が違うだけでも大変なのに、中等科の生徒会長は何かと忙しいらしい。
偶然廊下でぶつかっただけの融には、結梨亜に接触するきっかけがなかなか見つからない。現在の結梨亜は、優秀な生徒で学校の人気者だ。
さらに、彼女は月城家の者である。
(僕が月城結梨亜と仲良くなろうとしていることが、下手に美涼の耳に入れば、必ず邪魔されるに違いない)
「新入生歓迎遠足?」
そのお邪魔虫こと美涼は、進馬から学校行事の説明を受けていた。
「伝統に則って、歓迎遠足なんて名前が付いている行事だけど、影では地獄の遠足と呼ばれている。
バナナはおやつに入るのか?ということを確認することや、家に帰るまでが遠足というスローガンを口にすることも伝統らしいよ。
期間は七日間。場所は軍が所有しているサバイバル訓練用の山と樹海。
複数のチェックポイントが設置されていて、そこにある超能力を使った簡単な課題を解かなければいけない。
それに、持ち込める食料の量に制限が付いている。どんなに工夫してもせいぜい二日分の食料しか持ち込めない。
つまり、攻略不可能なんだ。今まで最後まで達成できた新入生はいない」
「食糧が二日分。じゃあ残りの五日はどうするの?」
杏菜が手を広げて進馬に尋ねる。
「無理せず諦めるしかないね。
リタイアすると、先生たちが生徒を回収することになっている。
その後は、先生からの厳しい訓練を延々と受けることになるらしい」
「樹海を歩きまわされて、まともな食事も食べられないまま、厳しい訓練。
まさに地獄の遠足ね」
美涼はとても嫌そうな顔をしている。
「樹海を歩き回るのも大変だけど、早くリタイアすればするほど訓練の期間が延びるんだ。それでも食糧が無くなったら、素直にリタイアした方がいいみたい。
三年で生徒会長の月城結梨亜先輩も四日目でリタイアしたそうだよ」
進馬が言った結梨亜の名前に融が反応した。
進馬としては、別に深い意味は無く、優秀な先輩も脱落するほどきつい行事だと伝えたかっただけなのだ。
(もしも、新入生歓迎遠足を達成できたとしたら、月城結梨亜は僕のことをどう思うだろうか。生徒会長ならたとえ学年が違っても、学校行事は多少なりとも気にかけているはずだ。結果は耳に入る。
もしかすると彼女の方から接触してくるかもしれない!)
「ちょっと思いついたことがあるのだけど……」
融は、地獄の遠足を本気で攻略することにした。




