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悪役令嬢……、登場?

「ごちそうさまっ。今日こそは行ってくるね」

「お粗末様。

 タルト、彼女は長年の想いが爆発して暴発しただけだから次は大丈夫。……と思うし、次はないと後で言い含めておいたから安心して行って来なさい」

「うんっ。ありがとう、修作さん」


 昨日は本当にいっぱいいっぱいだったみたいで、あの後よる遅くまで眠ってしまった。一度起きたような気もするけど目が覚めたらリビングの私専用ベットの上だったんで一瞬夢だったんじゃないかと思ってしまった。うん、夢だったらどんなに嬉しかったことか……。あ、思い出すと涙が……。


「タルト、本当に大丈夫かい? 無理してまでお出かけはしないで良いと思うんだけど?」


 いつの間にか遠い目をしていたらしく、気がついたら秀作さんが私の顔を覗きこんでいた。


「あっ、うん。大丈夫。ちょっとどこに行こうか悩んでいただけっ。うん、大丈夫だよ? 行ってくるから窓を開けてもらえるかな」


 いけないいけない、心配かけちゃった。

 務めて明るく言うと秀作さんは心配そうな視線を送りながらも、

「そうかい? じゃぁ無理はせずに、何かあったら直ぐに家かここに帰ってくるんだよ」

 と言って窓を開けてくれた。


「うん。それじゃ、行って来ます」


 昨日の出来事を教訓として、窓枠に立ってまずは周囲を見渡す。


 うん、今日は下で待ち伏せはないみたいだ。でも昨日の今日だからなぁ……、っていた。


 早苗さんは校舎の入り口から身を乗り出し、双眼鏡片手にこっちを見ていた。あ、双眼鏡を構えてこっちに向けた。

 昨日秀作さんに言われたように遠くから見守るつもりなんだろう、でも"ストーカー"という単語が頭をよぎるのは何故? ……寒気がしたので直ぐに視線を外して、秀作さんに振り返った。

 外なので言葉を話すことは出来ない。それは秀作さんも分かってるから手を振りかえしてくれる。


「にゃおん」


 私は一言鳴いてから地面に飛び降り、入り口(ストーカー)とは反対側にある中庭に向けて足を運ぶことにした。



「きゃっ、可愛い、猫ちゃんおいで」

「にゃう」

「こーいこいこい」

「んなーう」

「……猫か」

「……」


 さすが桜ノ宮学園、ゲーム画面では常に人で溢れていたけど、実際にもお昼時間を中庭で過ごす人は多いみたい。季節も春だし暖かくてきもちいいしね。

 生徒の皆に私の通達もしっかりしているみたいで、(わたし)を見て驚く人は全然いない。それどころか猫好きの人は寄って来てかまおうとするのでなかなか歩き回ることが出来ない。

 というか……、昨日はいっぱいの人に囲まれなかったから気づけなかったけど結構怖い。人の足なんて今の私にとっては大木みたいなものだよ? それが縦横無尽に動き回っているわけだから知らず知らずのうちに壁際に寄り添う形で歩くようになってしまう。

 猫が塀の上とか建物の屋根に登るのは、これが怖いからなのかもと納得したりもする。


 人の隙間を縫って、なんとか中庭を軽く一回りしたけど麗華さんを見つけることは出来なかった。あれだけの美人なんだから、いればすぐにわかるはず。ということは、中庭は外れだったかな? まぁ、探し始めて一日目で見つかるなんてゲームや小説でもない限り難しいのだろうけど……。


 時計を見るとお昼時間も折り返しを始めたようで、中庭の生徒達は思い思いに談笑したりボール遊びを始めた。……はずむボールを見ていると何かがうずうずと湧き上がってくる。

 これ以上ここにいるのは危ない。そう思って少し早いけど家に向かって歩き始める。すると、通路の前の方で女の子が手招きをしていた。


「おいでおいで~」


 私が出歩くのは生徒にとって癒しの一環、という建前になってるんだよね。歩き回って疲れたし、早く家に帰りたいとは思うけど……、無視するのは大人気ないよね、子猫だけど。


「にゃおん」


 愛想良く一声鳴いてから女子生徒にゆっくりと近づく。


「可愛い。お父様から動物は駄目と言われてましたが、実際に触れ合うとなかなか癒されるものですね」


 近寄ったら驚いた。まさにカラスの濡れ羽色と言える漆黒の長い髪、やもすると冷たい眼差しと紙一重の切れ長の瞳、細くもなく太くもなく手入れいらずだろう眉に薄い朱に染まった唇。

 正直羨ましいを通り越して見惚れてしまうほどの美少女がそこで手招きをしていた。

 彼女は薄く微笑むと手のひらを上に向け"おいでおいで"を繰り返している。

 口調や雰囲気からいい所のお嬢様の可能性は高い。もしかすると内部生かな? 猫に触れ合うのも初めてなんだろう。……と言うことは私の行動いかんによって、彼女の猫好き度が決まってしまう?

 

 私の中の猫好きスイッチが入り、頭の中にあった"麗華さんを探す"という目的は、いつの間にか"猫布教"と言う文字に変換されていた。


「にゃおん♪」


 彼女を猫好きにすべく、私の思う一番猫の可愛い仕草、差し出された手に頬をスリスリする。を敢行して反応を伺う。


「あらっ? あらあら、ふわふわで暖かい」


 よしよし、喜んでいるな。結果は良好っぽい。

 次は目の前で丸まって頭を撫でて良いよ? 攻撃に移る。


「あら? 地面に丸まってしまって……、ええと、撫でてもいいのかしら?」

「にゃおん」


 "もちろんです!!"とばかりに一声鳴いて目を閉じ頭を差し出す。と言っても薄目を開けて反応を見ながら調整を加えて行くつもりだけどね。


 彼女はおずおずと手を伸ばし、私の頭に軽く手を置いた。そのままあまり力を入れずになでなでと……。うぅん、触れるか触れないかの位置で撫でているからどうにもこそばゆい。けど、ここは我慢っ……、猫の良さを知ってもらうために振り払うなんて真似は出来ない。


 そのまま彼女の手は頭から背中に移動し、お腹のあたりも優しく撫でて行った。なで慣れて来たからか、こそばゆさも無くなって適度に気持ちよくなって来た。ぽかぽかした日差しとあいまって気持ち良くて眠気が……。



「かわいぃ~」

「お名前はなんでしたっけ?」

「確か理事長先生の飼い猫でタルトさんといってたわ」

「でも大人しいですね」

「頭が良いといってましたからね」

「寝てるのかもね」

「寝顔も可愛いですねぇ」


 周囲からささやき声が聞こえてきて目が覚めた。

 いけないいけない、あまりに気持ち良くって眠ってしまったみたいだ。

 お腹を撫でる感触に目を細めながら、ゆっくりと目を開いて辺りを見渡す。


「あっ、起きました」

「綺麗……、赤と金のオッドアイなんだ……」


 どの位寝ていたんだろう? さっきの彼女は無心でなで続けているから周りに気づいていないみたいだけど、いつの間にか6人の女子が彼女を挟んで遠巻きに見つめていた。遠慮しているかな? 女子たちは5mぐらい離れたところで囁きあっている。


「にゃお」


 どうしようか? と少し悩んだ末、おいでとばかりに一声鳴くと女子たちがざわめきあった。


「声も綺麗」

「可愛いっ」

「猫も良いかも」


 喜色満面でささやきあう女子達を見て嬉しくなる。

 ふふふ、どうやらこの子達も猫の魅力にメロメロらしい。


 ……とはいえ、昨日から感じる違和感が強くなる。……なんだろう?


 小首を傾げて辺りを見回すと、この動作も琴線に触れたみたいで周りから「可愛い」の合唱が聞こえる。けど、私やなで続ける彼女の様子を伺うようにチラチラ見ているだけで誰も近寄ろうとはしてこない。さっきから無心でなで続ける彼女と違い、実際に触るには抵抗があるのかな? 


 とはいえ、相変わらず女子の"可愛い"は世界が変わっても共通なんだなぁ……、などと思ってしまう。……あれ?


 気持ちが和んだけれど、自分の思考に何かが引っかかった。

 何が引っかかったんだろう? ……っそうだ!! どの世界もって言葉だ。この世界は私が今まで生きていた世界と違ってゲームの中と同じ世界のはず、それなのに……。


 閃光のように脳裏に一枚のスチルが浮かびあがる。

 悪役令嬢、麗華さんが無邪気にサロンへ踏み込んだヒロインに冷酷な目で一括したシーン。


 氷のようなブルーの瞳と青い髪が印象的で、最初に見た時は冷たい美人って思った。

 でもこの学園に通う生徒達はほぼ全員が黒目、黒髪。前世と変わらない、ありふれた日本人の配色でゲームのようにカラフルな彩りじゃない。あまりにも前世通りだったから違和感に気づけなかったけど、この世界がゲームの中なら皆が黒目黒髪っていうのは明らかにおかしい。乙女ゲームは詳しくないけど、『白銀のタルト』の中では金や銀、赤、青、白の髪を持つ人たちばかりだった。でもこの世界で見た人たちは濃淡こそあれど黒や茶髪、せいぜい金髪の人が何人かいるぐらい。

 ゲームと現実が入り混じってる? ううん、どこまでがゲームと一緒で、どこからが違っているんだろう? 

 そんな疑問でさらに不安になった。

 そもそも私が勝手に思い込んでいただけでヒロインや麗華さん、攻略対象の4人は本当にいるの?

 

「猫ちゃん、どうしたの?」


 固まったまま動かなかったからか、気づいた時には撫でていた手が止まって切れ長の瞳が私の顔を覗き込んでいた。

 その顔が……、その瞳が……、私の中で浮かび上がったスチルと重なる。

 慌てて動こうとすると、後ろで遠巻きにしていた女子の一人が彼女へ声をかけた。


「その声……、もしかして麗華様ですか?」


 声をかけられた彼女は肩をびくんと震わせると、恐る恐る後ろを振り向く。


「やはり麗華様……」


 後ろを振り向いた彼女と目があった女子達は、それまでの和やかな雰囲気から一転し、おどおどした雰囲気へと変わった。


「すっ、すみません麗華様。私たち外部生が内部生である貴女を不躾に見てしまいまして……」


 一人の女の子が慌てて頭を下げ、それに釣られて他の子達も揃って頭を下げ始めた。言葉からわかるように彼女達は外部生なのだろう。


「あっ、……ええと」


 麗華様と呼ばれた女の子は彼女達を見て安心した表情になったけれど、すぐに戸惑ったような表情に変わって視線を彷徨わせる。


「出来れば今見たこと、内緒にしていただけないかしら? ……特に中庭に滅多に来ない他の内部生の方々には」


 彼女は辺りを見回し、ほっとした表情になると笑顔になって人差し指で唇をおさえ、片目をつむって女子たちを見回した。


「えっ!?」


 この行動に女子たちは驚く。もちろん私も声には出せないけど驚いた。ゲームであれば間違いなく内部生の叱咤が飛ぶ場面のはず……。


「それと……、良かったら一緒にこの子を愛でませんか? 実は初めて猫と触れ合ったので、どのように遊んであげると喜んで頂けるのかわからないのです」


 さらに麗華様が声を掛けると女子たちは囁きあう。その内一人の女の子が意を決したように麗華様に声をかける。


「私達は外部受験生です。その……、宜しいのですか?」

 

 女の子の言葉に麗華様は戸惑ったように微笑んで答える。


「中庭に内部生の方は滅多にいらっしゃいませんわ。私一人の時ぐらい、煩わしい風習に左右されず好きなものを好きと言いたいですわ」


 この言葉に何かを察したのだろう。女子たちは目を輝かせて「はい」と頷き、私の周りにしゃがみこんだ。


「じゃ、せめて死角になるように囲ませていただいて……」


 最初に声をかけた女の子が遠慮がちに言うと、麗華様は花が開くような笑顔でお礼を言う。


「ありがとう。それはとても嬉しいわ」


 これだけで通じたのだろう、女子たちはそのまま外部生云々の話題には全く触れず、あれこれ言いながら私を使って猫の可愛がり方を教え始めた。


「知ってますか? ここ、首の後ろは母猫が咥えて運んだりするから肉が暑いんですよ」

「そうそう、ここを掴んで持ち上げると後ろ足を持ち上げる子と垂れ下がる子が居て、持ち上げる子は狩猟向き、垂れ下げる子はのんびり屋さんさんですよ」

「そうなんですの? 私、そんな事も知りませんでしたわ」

「猫は肉球が一番触り心地良いんですよ。こう、前足を持ってぷにぷにっと……」


 猫好きに国境はいらない。最初はぎこちなかったけれど、すぐに打ち解けたようで仲良く猫談義に花を咲かせ始めた。


 でも、私の頭の中は次から次へと疑問が湧き上がってそれどころじゃなかった。


 どう言うこと? 確かに麗華様と呼ばれた少女は悪役令嬢の麗華さんそっくりだ。髪の色と瞳の色が違っただけでわからなかった……? ううん、ゲームの時と雰囲気が全然違うから分からなかったんだ。

 ゲームの中の麗華さんは常に威丈高で取り巻きの女子を顎で使っていた印象が強い。それに外部生を極端なまでに嫌っていて、学園の問題とも言える外部生と内部生の亀裂を大きく悪化させていたはず。


 さっきの女子達が麗華様へ行った態度のように、どのような理由があろうとも外部生が内部生を不躾に見ているだけで吊るし上げられるようにね。


 それなのに外部生の子に笑いかけ、あまつさえ一緒に猫を可愛がる? そんなのゲームの中の麗華さんじゃ考えられない。でも見た目や内部生であるということ、それに外部生だった女子たちの反応を考えると同一人物と言うことに繋がる訳で……。

 ……うーん。


 悩む私の脳裏に、エンディング直前に見せた麗華さんの何かから解放されたような晴れやかな笑みとセリフが蘇る。

『ありがとう。これでもう憎み続ける必要が無くなったわ。今まで本当にごめんなさいね』


 あのセリフ、和也さんとヒロインに言ったんじゃなくて外部生と内部生について言ったのだとしたら? そして語られることのなかった、ゲームが始まる二ヶ月前に麗華さんが起こした事件って言うのがその亀裂に関わっていたのだとしたら?

 パズルのピースがうまくはまるように、私の中で思考が重なり合っていく。


 もしかして麗華さん、本当はこんなに優しい人だったんじゃないの?


 もちろん髪の色と同じようにゲームと現実の違いなのかも知れない。でも、この考えの方は妙にしっくりと来た。


"キーンコーンカーンコーン……"


「予鈴がなりましたか、楽しい時間は早く終わってしまいますね。そろそろお昼休みが終わってしまいますわ、戻りましょう。皆様、本当に楽しい一時でした。

 その……、皆様がよろしければ……」

「中庭でまた一緒にタルトちゃんを愛でましょう、麗華様」

「はい♪ ありがとうございます。

 ……私は大抵あの隅にあるバラ園でお昼をとっています。もしタルトちゃんが来なかったとしても、今日のように話しかけていただけると……、その……、嬉しいですわ。

 ですが、その……」

「ええ、分かってます。他の内部生の目があるところでは迂闊な言動は慎みます」

「……ありがとうございます。ごめんなさいね」

「ううん、悪いのは風習ですから」

「そう言って頂けると嬉しいわ。それではごきげんよう」

「はい」


 うん、間違いない。この女の子こそ悪役令嬢こと麗華さんその人だ!!


 私は思考をまとめ終え、麗華さんのことを知るために仲良くなろうと顔を上げた。


 ……あれ?


 周囲にはさっきまでいたはずの麗華さんや女子たちがいない。と言うか中庭には誰もいなかった。


 ……えっと、もしかしてまたやった? 昼休み……、いつの間にか終わった後?

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