05
炭坑特需で潤っていた村は、鉱山閉鎖による人口減少の危機を予想していた。
そんな状況を救ったのは、二季村少女隊と言う出し物だった。
最初は炭坑が閉鎖している事を知らずに村を訪れる坑夫の相手をする為に発足した。
無駄足を怒る荒くれ者をなだめる為に、閉鎖された劇場を利用して歌と酒を安価で振る舞ったんだそうだ。
しかし、鉱山が現役だった頃はちゃんとした役者や歌手を雇っていたのだが、寂れた後となるとプロを雇う金は無い。
だから苦し紛れに歌が得意な村の少女を使ったのだが、意外にもそれが好評となった。
余所者だけではなく、村の若者も劇場へと足を運ぶ程に。
結果、二季村少女隊は村のアイドルになった。
村内で大人気になると、少女隊に入りたいと夢見る少女も出て来る。
それを拒む理由が無かったので、時が経つに連れて少女隊は大人数になって行った。
村の若い娘の半数が少女隊になったくらいになると、少女隊目当てで村を訪れる旅人も現れた。
都会から来た旅人は、故郷に帰っても少女隊を思い出したいからと彼女達を模したグッズを欲しがった。
なので、彼等の意見を参考にして色々と作った。
今現在の主力商品は肖像画とヌイグルミで、そのグッズを作ると言う新たな職が生まれたお陰で無職の者も居なくなった。
そこまで来ると、炭坑特需に代わる、少女隊特需とも言える産業に成長した。
「それで村が救われました」
話を続ける準采。
現在も旅人に割高な料金を請求しているのは、未だに壊れたままになっている村の施設を修復する為。
しかし、それ以外にも目的が有る。
それは二季村少女隊の運営維持だ。
娯楽の少ない田舎の村の中だけの話なら、この問題は起きない。
身内なら、見知った美少女が歌って踊るだけで満足してくれる。
しかし、少女隊を見に来る旅人が居るとなると話は変わって来る。
遠路遥々やって来た人は、中途半端な芸では満足しないのだ。
満足してくれなかったらさっさと帰ってしまい、お金を村に落としてくれない。
「だから割高な料金を取る、と?」
「いいえ、そうではありません。芸を見に来てくれるお客様は、こちらが何もしなくてもグッズを買ってくれますから」
話が長いので結論を急ごうとするコノハ。
しかし準采の話は続く。
遠方から来る客の為に、少女隊は歌と踊りの訓練をする必要が有る。
その訓練に耐え切れずにサボったり、才能的な意味で芸の質が下がった少女は、無慈悲にクビとなる。
だから少女達は必死に訓練をするのだが、それでは他の仕事が出来ないと言う新たな問題が発生した。
劇場の収入だけでは大人数の少女隊が食べて行けるだけの給料が出せないのだ。
つまり、芸を磨こうとすればするほど少女達の生活が困難になると言うジレンマに陥った。
「大人数って、何人くらい居るんですか?」
「現在は二十七人です」
「それだけの人数に出すお給料は、確かに大金になりますね」
納得するコノハに頷く準采。
「ですから、正規の少女隊の生活費は、村内に限り、全て無料になっています。領主以上の特権階級とも言えますね」
「無料?じゃ、私が少女隊に入ったら、何でもタダになるって事ですか?」
「そうなりますが、すぐには入隊出来ません。現在は村の外からも少女隊への入隊を希望する子が来ますので、候補生制度が有るんです」
「ラーメン屋の子も候補生とか言ってたわね。それは何ですか?」
候補生とは、希望者に入隊資格が有るかどうかを見る為の準備期間の事を指す。
本隊の前座として舞台を盛り上げ、一定期間経過後、グッズ売上に貢献してくれるファンが付いていたら合格となる。
歌や踊りが下手でも、一定数以上のファンが付いてしまえば合格出来る。
「つまり、少女隊のメンバー達が無料で買い物をした分を、ファンである旅人のみなさんに負担して貰っている訳です」
「なるほど。でも、私は少女隊のファンじゃないのに割高料金を取られたんですけど」
腰に手を当てるコノハに笑顔を向ける準采。
「それは、先程も申し上げました様に、施設の修繕費として」
「ああ、そうでした」
「所で、貴女は先程少女隊に入隊したら、の話をしていましたが…」
升席に座ったままのコノハを見詰める準采。
前髪を留めているブドウ型の髪飾り、整った顔、オレンジ色の着物、大き目のズボンと視線を下げて行く。
「貴女の容姿なら十二分に入隊出来るでしょう。如何なされます?」
「入るつもりはないけど、一応聞かせてください。候補生から少女隊へとランクアップするには、どれくらいの期間が必要なんですか?」
「偶数月の一日に入隊選挙をするんです。グッズを買えば、誰でも選挙権が貰えます。一個買えば一票、十個買えば十票、と言う感じで」
劇場の壁を指差す準采。
そこには候補生と書かれている二枚の肖像画が貼られてあった。
その可愛らしい少女二人が現在の候補生らしい。
「彼女達が現在の候補生です。選挙は二ヵ月後の一日ですね」
「この村のシステムは良く分かりました。ありがとう。最後にひとつ訊いても宜しいでしょうか」
「はい」
「ここに来る途中、壊れた家屋が目に入りました。アレも旅人の買い物で直すんですよね?」
「はい。その予定です」
「しかし、炭坑の閉鎖は十年以上前と言う話でした。未だに直せていないのはどう言う事でしょうか」
「ああ、それは人口減少の名残です。住む人が居ない家を直しても無意味でしょう?」
肩を竦める準采。
「村外から来た少女が少女隊になった場合、この村で暮らす事になります。その場合、その廃屋を直して使って貰うんです」
「つまり、住む人が現れるまで放置している、って事ですか」
「そうなります。他にも、お金持ちの御仁が少女隊のパトロンとなる為に村に別荘を構える事も有りますので、復旧の速度は四ヶ月に一軒くらいのペースですね」
懐から一枚の厚紙を取り出す準采。
長方形で、掌サイズの小さい紙。
それをコノハに持たせる。
「今渡した札は、少女隊に入隊希望として入村する場合、門番から渡される物です。それが有れば村人と同じ値段で買い物が出来ます」
札に目を落とすコノハ。
それには『二季村少女隊候補生』と書かれて有った。
ラーメン屋が言っていた札と言うのはこれの事か。
「入隊する気は無いと、私、言いましたよね。それなのに使っても良いんですか?」
「貴女の様に美しい女性に候補生の札を使って貰えれば噂になります。噂になればお客が増えます」
新しい美少女が候補生に入ったと言う噂が流れると、ファン一号の座を狙った旅人が現れるのだと言う。
そう言う人は無条件で大金を落としてくれるので、かなりの上客なんだそうだ。
もしもコノハが村に居なくても、そう言う上客は全く気にしない。
村外向けに売られている公式冊子以外の情報は、所詮は噂。
噂を真に受けて騙された方が悪い、と言う理屈が通るらしい。
だからその上客は頭を切り替え、他の候補生を確認する作業に入る。
「ですからお気になさらず」
「あ、そう…」
生気の抜けた目で礼を言ったコノハは、男二人を連れて劇場を後にする。
外は夕焼けになっていた。
赤い空を見て溜息を吐くコノハ。
「…何て言うか、バカバカしいシステムだったわね」
美少女の芸を見世物にし、それに群がる客からお金を絞り取る。
しかもそれだけでは足りないので、更に旅人からも法外な料金を取っている。
そして、旅人の方も少女隊の為に敢えて法外なお金を払っている。
先程宿屋に居た長期滞在の客も懐に大金を持っていて、帰りはそれがグッズに変わっているんだろう。
「まぁ、この村なりに生き残りを模索した結果なんだよ。それで持ち直したんだから大したもんだ」
軽く言うカラス。
「それはそれで良いんだけど、やっぱり問題は有るよ」
手に持った札を握り潰そうとしたコノハだったが、勿体無いので思い留まった。
「さっき出前されたラーメン、三人前で九歩だった。つまり一杯三歩。私達は十一歩。三倍以上は取り過ぎよ。二倍ぐらいに押さえて貰おうか」
「って事は、やるのか」
確認する様に訊くクラマの目を見詰めて力強く頷くコノハ。
「今回は違法性が無いみたいだから、騒ぎにならない様に夜中にこっそりとやりましょう。良いかな」
頷く男二人。
話が纏まったので商店通りに向かう。
そこで候補生の札を見せながら買い物をすると、確かに普通の値段で物が買えた。
なので、次の村へ辿り着けるくらいの保存食を買い込む事が出来た。
「おお。新しい候補生かい」
着物の修理用の布切れを買おうと手芸屋に入ると、店主のおじさんに顔をガン見された。
「えっと、まぁ、流れでこの札を持たされたって言うか。で、この色の布が欲しいんですけど」
仕事とは関係無い部分で嘘を言う訳には行かないので、質問を適当に誤魔化しながら自分の着物を抓んで見せるコノハ。
「ほう、珍しい色だね。似た様な色になっちゃうけど、良いかな?」
「はい」
荷物持ちをしている男二人も自分用の布を買い、これで旅用品の買い出しは終わった。
「うーん。君、本当に可愛いね。長く少女隊を見てきたけど、君が歴代一位かも」
「あ、ありがとうございます」
引き攣り笑顔のまま店を後にするコノハ。
経験上、顔だけを褒める男にまともな奴は居ない。
だからこう言う話題は苦手だ。
「君の為に頑張って稼ぐよ。君も頑張って本隊に入ってねー!」
そんな声援を背に受けながら宿に向かって歩く。
「ハハハ。大人気じゃないか。美少女のコノハちゃん」
軽口を言うカラスに冷たい視線を向けるコノハ。
言葉は褒めているが、声の調子が少女をバカにしている。
この男、最近ちょっと調子に乗り過ぎだな。
イライラを抑え切れないコノハは、良くない態度なのを自覚しながらも、人差し指一本でクラマを呼んだ。
「この札が有れば宿での食事も安いでしょう。だから宿で夕飯にするわ。クラマは荷物をカラスに預け、領主の家の下見をして来て」
「分かった」
保存食がたっぷりと入った風呂敷をカラスに持たせるクラマ。
カラスも調味料やら鞍の修理道具やらを持っていて両手が塞がっていたので、抱える様にして風呂敷を持つ。
「あのー。これちょっときついんですけど。ねぇ。コノハもちょっとは持ってよ。ねぇったら」
足元がおぼついていないカラスを徹底的に無視したコノハは、大股歩きで宿に向かった。
早く夕飯の準備をして貰わないといけないから。




