06
夜陰に紛れて村の裏道を歩くコノハ、クラマ、カラスの三人。
普通の村人は、日が暮れたら外出を控える。
暗闇の中を出歩いてもやる事が無いからだ。
山犬やイノシシ等の獣が出没する事が有るので、危険も有る。
しかし、この村は深夜になった今でも人通りが多い。
殆どの人が松明や提灯を持っているので、遠目で見ても大通りの方はかなり明るい。
オレンジの着物は目立つからと黒いなめし皮の雨合羽を着て来て良かった。
誰かに見付かった時に、こう言うファッションの一行だと言い訳する為に男二人も雨合羽を着ている。
道順を下見していたクラマの後に続いて村を横断するコノハ。
「人通りが多い原因が聞こえて来た」
殿を務めているカラスが囁く。
特殊な訓練を受けているらしく、非常に耳が良い。
「この方向は劇場だな。数人、いや、二人の女の子が歌ってる。と言う事は?」
「二人って事は、訓練生が何かのショーをしてるってこと?」
耳を澄ましてみるコノハ。
確かに遠くの方で何かがざわめいている気配がする。
「多分ね。それを見学に行く人が大通りを歩いているんだろう」
「ショーって、こんな夜中にする物なの?あ、村人の仕事が終わった後じゃないと見れないからか」
自己完結するコノハ。
確か、候補生は舞台の前座を務めていると言う話だった。
となると、本隊の出番はこれからか。
本隊目当ての人がのんびりと劇場を目指しているから人通りが多いんだろう。
「コノハ。多くの村人や旅人が楽しみにしている様だ。本当に行くのか?」
振り向かずに言うクラマ。
前後を男二人に挟まれている形になっているコノハは、黒髪のポニーテールを揺らして頷いた。
「別に少女隊を止めさせようって訳じゃないし。だからこうして抜き足差し足してるんじゃない」
「分かった。劇場に繋がる道には近付けないから、少々遠回りするぞ」
それから無言になった一行は、誰の目にも止まらぬまま、二季村領主の館に到着した。
村で一番の権力者が住む所だけあって、高い土壁に囲まれている。
正面には門番が居るので裏手に回る。
事前の打ち合わせ通り、壁に手を付いて前屈みになるクラマ。
その背を踏み台にして土壁の上に乗るカラス。
次にコノハがクラマの背に立ち、カラスに引き上げて貰う。
最後にカラスがロープを垂らし、それを身体に巻き付けたクラマを塀に上げる。
これで領主宅に侵入成功。
庭に見張りは無し。
悪い事をしている領主は夜討ちを警戒して異常に警備を厚くしている物だが、ここには全くそんな気配は無い。
平和なんだろうな。
静かに塀の内側に飛び降りた三人は、砂利で足音を立てない様にゆっくりと庭を縦断する。
三人で動くと目立ので、クラマは庭で待機。
コノハとカラスの二人で邸内に侵入する。
敷居に油を注し、雨戸を静かに開けるカラス。
邸内の造りが分からない為、カラスの勘を頼りに進む。
権力者と言う物は、自分達みたいな侵入者に寝首をかかれない様に屋敷の奥の方で眠る物らしい。
要所要所に警備の者を置けば、決して奥には行けないからだ。
その警備の者と一戦有るかと思ったが、人の気配が全く無い。
誰も傷付かないのは良い事だが、ちょっと拍子抜け。
不意に立ち止まったカラスは、目の前の襖を指差してから静かに開けた。
中は狭い畳の部屋で、一張りの行灯が灯されている。
そして、二人の男が眠っていた。
棒を持っているから警備の者だろうが、思いっ切り横になっている。
コノハを廊下に残して部屋の中に入ったカラスは、警備の男達の手足を縛った。
ここまでされても気付かないって事は、本気で熟睡している。
だらけ切っている。
多分、今まで一度も不審者騒ぎが起こった事が無いので、寝ずの番が出来る程の緊張を保てないのだろう。
まぁ、コノハ達には好都合だ。
カラスの手招きに従い、部屋に入るコノハ。
そして奥の襖を開け、次の部屋に入った。
真っ暗だが、暗闇に目が慣れているので、大きな布団が有る事が分かる。
ただ、匂いが気になった。
強烈な加齢臭。
この村の領主はお年寄りの様だ。
侵入者に驚いた拍子にポックリと逝ってしまわないだろうか。
心配しているコノハに白い布を渡したカラスは、部屋に備え付けられている数本の燭台に火を灯して行く。
まぁ、ここまで来たのなら仕事をやり切るしかないか。
割り切ったコノハは雨合羽を脱ぎ、ポンチョの形になっている白い布を頭から被った。
そして布団の足元に立つ。
準備完了。
頷き合うコノハとカラス。
「領主様。領主様。起きてください、領主様」
囁く様な声と共に布団を揺するカラス。
何度かそうすると、布団が大きく動いた。
「うむぅ…。何事じゃ…」
やっと目覚めた領主は、部屋が明るい事に気付いて目を瞬せた。
そして、自分を起こした男が見知らぬ者だとやっと気付いた。
「何者じゃ?」
明らかにお年を召した声。
年の功か、無様に騒いだりしない。
「驚かせて申し訳ありません。事を荒立てたくなかったので、この様な手段となりました。あのお方をご覧ください」
カラスにそう言われ、訝しげに身体を起こす領主。
身体が小さいが、短く白い髪は年齢の割には多い。
そんなお年寄りが皺くちゃな顔をポニーテールの少女に向ける。
「んん?暗くて良く見えんが。女の子、か?」
鳥目かよ。
仕方ないな、と笑んだカラスは、燭台から一本のロウソクを取って少女の胸元に火を近付けた。
「これで見えますか?真っ白な生地で、肩の部分には鎖状の縄が下がっていて、胸には白金の糸で刺繍された白虎が描かれていますよ」
まだ見えない可能性が有るので、親切に説明するカラス。
「白虎…?まさか、中央の役人か?」
やっと理解してくれた老人に頷くコノハ。
「私は西方大王直属の特殊尋問官です」
「大王直属!?」
布団の上で正座し、頭を下げる領主。
西方大王は、この国の頂点に居る人物の一人だ。
その直属と言う事は、大王と直接話せる程偉いと言う事になる。
それ程の人物が目の前に居たので領主は平伏したのだ。
「この村には、尋問するべき事柄が、ひとつだけ存在します」
「な、何でございましょうか」
頭を下げたまま言う領主に楽な姿勢を取る様に指示するコノハ。
寝起きの老人に辛い姿勢を取らせるのは心苦しいので。
面を上げた領主は正座の姿勢で落ち付く。
「この村は、旅人から割高な料金を取っていますね?」
偉いと言う事を誇示するかの様に低めの声を出すコノハ。
「そ、その事については、中央の許可は取っていますが」
「ええ。それ自体には問題は無いと思われます。しかし、事前の説明無しで三倍以上は取り過ぎです。せめて二倍に留めておいて頂けませんか?」
「は?ワシが出した命令では、二倍ですが?」
「え?」
コノハと領主が共に鳩が豆鉄砲を食らった様な顔をしたので、ロウソクを燭台に戻していたカラスが口を挟む。
「つまり、村人が勝手に三倍以上の料金を取っていた、と言う事でしょうか?」
「そうなりますかな。いや、二倍程度だったかな?言われてみれば、正確な倍率は決めていませんでしたな。事前説明も、特に決めておりませんでした」
村人を守る為なのか、村人が勝手にやったと言う事を否定する領主。
それが法に触れるかどうかはとっさには判断出来ないが、どちらにしても自分が罪を被るつもりらしい。
悪い人でない様なので、そこは追及しない事にするコノハ。
しかし、コノハが口を開く前に老人が気付く。
「もしや…」
横に視線を向ける領主。
そちらに有る床の間には、少女隊と思われる女の子の肖像画と、山の様なぬいぐるみが有った。
暗いので良く分からないが、髪形が全部同じなので、全てが一人の少女を模った物の様だ。
「特殊尋問官様は、二季村少女隊候補生をご存じですかな?」
「ええ。存在だけは」
「村の者は、そのグッズを購入する為に料金を三倍にしていたのかも知れません」
再び頭を下げる領主。
「もしそうなら、これは村内の問題。私めの仕事でございます。ですので、この件に関しては、特殊尋問官様のお手を煩わせる必要はございません」
「そのグッズとやらは、いくらくらいする物なんですか?三倍の料金を取らないといけないのでは、余程の高額商品なのでは?」
「確か、ヌイグルミが十五歩で、肖像画が二十八歩でしたかな」
直筆サイン色紙は一枚三歩。
数量限定少女隊手作り弁当は時価。
安い物ではないが、不正をしなければならない程高価な物ではない。
そう思ったが、続きを聞いて納得した。
絵師が一人しか居ないので肖像画の量産は出来ないが、ヌイグルミの方は半月に一個の割合で新作が出ると言う。
人気が有る子だと週一で出る事も有る。
熱心なファンと言う自負が有るのなら、公演の度にサインとヌイグルミを買うのが義務らしい。
だから床の間で山になっているのか。
これはお金が掛かる。
って言うか、このじじいも少女隊のファンか…。
「これは村の産業として雇用にも繋がっているので、これを止めるのは村の存亡に関わります。ですから、ここは…」
領主が土下座の体制に入ったら、不意に隣の部屋で人の声がした。
直後、甲高い笛の音。
「見張りの交代の時間の様ですな。黙らせましょう」
立ち上がろうとする領主を片手で制するコノハ。
「いえ。この村には目立った問題は有りません。特殊尋問官が現れた事は伏せた方が良いでしょう」
白いポンチョを脱いだコノハは、それをカラスに返しながら話を続ける、
「ただ、今後の憂いになりそうな事案が有ったので、お節介にも注意を呼び掛けたかったんです。私が再びこの村を訪れる事の無き様、勤めてください」
黒い雨合羽姿に戻ったコノハは、カラスと共に領主の寝室から出た。
「お前は閙を使うなよ。絶対に騒ぎが大きくなるからな」
コノハを背中に庇いながら手足が縛られている警備の人の脇を通り過ぎるカラス。
まだ寝ているので、彼等は脅威ではない。
「分かってる。油断しないでよ」
領主の寝室は出入り口はひとつしか無い為、笛を聞いて駆け付けた警備の増援のど真ん中を突破しなければならない。
当然、不審者を取り押さえようとする警備の者達。
カラスは優男だが、平和ボケした奴に負ける様なヤワな男ではない。
敵が振る棒を軽く往なし、一撃で気絶する様に殴り倒す。
「こっちだ!」
庭に潜んでいたクラマが大声を出した。
ワザと目立つ行動をし、警備の者を分散させるのが狙いだろう。
その証拠に、侵入した時に使ったロープが有る場所とは全く別の場所に居る。
「今だ!逃げるぞ!」
「うん!」
誰が筋肉男の相手をするかの相談を始めた警備の者達が浮足立ったので、その隙を突いて庭に出るカラスとコノハ。
侵入した時と同じ様に、壁に手を突いたカラスの背中を踏み台にして塀の上に登るコノハ。
今回はロープが有るので一人で登れる。
そのロープを使ってカラスも登って来る。
「先に下に降りて。もしも敵が来たら、俺に見える様に逃げて」
「分かった」
塀から飛び降り、周囲を見渡すコノハ。
真っ暗闇だが、人の気配は塀の内側にしかない。
熟練度の低いここの警備には不審者の退路を断つと言う発想は無い様だ。
なので、ロープを回収したクラマとカラスが塀から飛び降りて来るまでその場で待機した。
「二人共、怪我は無い?」
心配するコノハに頷く男二人。
「良し。この村でのお仕事終了。宿に戻りましょう」
黒い雨合羽を着た三人は、音も無く夜の闇に溶けて消えた。




