表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
四方紀集  作者: 宗園やや
荷物を運んだ話
47/48

08

快眠から目覚めたコノハは、宿屋の洗面所でポニーテールを整えた。

そして、むっつの緑色の宝石がブドウの形になっている髪飾りで前髪を留めた。

普段の身支度はそれで終わりなのだが、今日に限って髪形のチェックが念入りになっている。


「機嫌が良い様だな、コノハ」


朝の鍛錬を済ませたクラマが汗を流しに洗面所に来た。


「最近、分かって来たの。安宿でも布団がカビ臭くない村は平和。ってね」


「前の村では食べ物が美味いと平和、とか言ってなかったか?」


「昨日の夕飯も美味しかったから、それも当てはまってるね。ここも前の村と同じくらい平和みたい」


「先入観は判断を曇らせる。もっと良く観察しないと隠れた悪意を見逃してしまうぞ。だが、俺も同じ感想を持っているのも確かだ」


「でしょう?」


「うむ。いつもの様に観光して問題が無かったら、前の村と同じ様に今日中に出発しようと考えている」


「そうね。足を止める必要が無いもんね。……あ」


「ん?どうした?」


「いえ、ちょっと得呼の事が気になっただけ。何か有ったら宿を探してって言ったのに、すぐに出発したら裏切りになるかなぁって」


「やけに拘るな」


「まぁね。タイプは違うんだけど馬が合う、って感じかな。同じ村に生まれてたらきっと友達になってたと思うよ」


「旅をしてると稀に会うな、そんな人間に。分かるよ」


「クラマにもそんな出会いが有るの?」


「有るさ。だが、得呼には得呼の生きる道が有る。それは我々とは交わらない道だ。いや、交わってはいけない」


「どうして?」


「我々の仕事は何だ?」


コノハ達の仕事は特殊尋問官である。

村の最高責任者である領主が不正に私腹を肥やしたり、村人を苦しめる悪事に手を染めていた場合、国の最高責任者の代理として領主を裁く。

だから村から村へと渡り歩き、村の様子を確認しているのだ。

前の村とこの村はとても平和なので、コノハ達がすべき仕事は無い。

仮に仕事が有るとしたら、それは領主が悪い事をしている時になる。

悪事を裁いた場合、領主は中央の裁判所に送られ、その家族は故郷に返される。

故郷の村を治めていた場合は辺境の村に送られる。

だから、コノハ達と関わり合いにならない方が得呼の為、と言う訳だ。


「まぁ、この村の領主と得呼は何の関係も無いだろうから、俺達が出張る事になっても影響は無いだろうがな。さ、カラスを起こして朝食に行こう」


「うん」


部屋に戻り、二度寝に入っていたカラスを蹴り起こすクラマ。

そして三人揃って表に出る。


「うーん、良い天気だ。こう言う平地では水不足が慢性的な問題になっているもんだが、その様子も無いねぇ」


青空の下、気持ち良さそうに伸びをするカラス。


「そうだな。そう言った資源に不自由していないから、近隣の村と争う必要が無いんだろう。結果、平和になる」


「なるほどねぇ。あ、肉まん」


宿屋近くの食堂から湯気が上がっているのを見付けたコノハがそちらを指差す。


「また肉まんかよ。昨日の夜もそうだったじゃないか。今朝は違うのを食べようぜ」


「じゃ、カラスは別のを食べれば?私は肉まんが良いー。クラマはどうする?」


「俺も別のが良いな。コノハは肉まん一個で満腹になるだろうが、俺は身体が大きいからな。平和な村に寄っているのだから腹いっぱい食いたい」


「そっか。じゃ、私は歩きながら食べるから、肉まん買ってから別の食べ物屋を探そう」


熱々の肉まんを頬張るコノハを連れて村を歩き回るクラマとカラス。

郷土料理が食べられる食堂に入ったり、旅に必要な物を買ったり、旅の途中で手に入れた品物を物々交換したり。

そうして村人たちと交流して情報収集したが、やはりこの村の領主には問題が無い様だ。


「肉まんって、旅先で調理出来ないかなぁ」


家庭用の肉まん調理セットを見付けたコノハが物欲しそうに呟く。

しかしクラマが首を横に振る。


「コノハがやる気なら出来るだろうが、蒸し器と材料が大荷物になるな。他の村に肉まんの材料が売ってるとは思えないから、無駄になるだろう」


「そっか。そりゃそうよね。残念」


唇を尖らせ、気落ちしながら調理セットから顔を逸らすコノハ。


「よっぽど気に行ったんだな」


駄菓子屋で買った杏のシロップ漬けを食べながら笑うカラス。


「まぁね。でも諦めた。じゃ、お昼を食べたら出発しましょうか」


頷く男二人。


「最後におやつ用の肉まんを買おっと」


「諦めてないじゃないか」


カラスのツッコミにニヒルな笑みを向けるコノハ。


「中身がタケノコの時はそうじゃなかったのにね。シイタケ。シイタケが私を惑わすのよ」


「なに言ってんだか。ま、肉まんはこの村特有の物じゃないし、またいつか食べられるだろ。……ん?」


怪しい気配に気付き、コノハを守る様な位置に移動するカラス。


「どうしたの?」


「ちょっと変な視線を感じたんだけど、いつもの奴かな」


いつもの、という言葉を察し、クラマも周囲に注意を向ける。

何も知らない人から見れば、コノハは美少女になる。

オレンジ色の着物を身に纏っていて目立つし、前髪を宝石付きの髪飾りで留めているので、良からぬ事を企む悪漢が近寄って来る事が有る。

村内に知り合いの居ない旅人なら勾引(かどわ)かしても騒ぎになり難いので、狙われる確率は非常に高い。

しかし、コノハは目立つ格好を止めない。

あえてそう言う人が近付いて来る様に仕向けている。

クラマとカラスがとても強いので、寄って来る悪人をこの二人が倒してしまえば世の為人の為になる、と言う訳だ。

だが、コノハに近付いて来たのは人の良さそうな初老の男性だった。


「その色の着物をお召しになっている貴女様は、得呼様を運ばれた旅人でございますでしょうか」


いつも通り、応えるのはクラマ。


「そうですが、貴方は?」


「私は得呼様の家の使用人でございます。得呼様の避難生活を補佐する為にこの村に参りました」


白髪交じりの男性が軽く頭を下げる。


「ああ、そう言えばそうなっているって話でしたね」


前日の会話を思い出したコノハが手を叩く。

それに頷きを返したクラマとカラスが警戒を解く。


「で、その使用人さんが何の御用でしょうか」


友好的な声色になったクラマが訊くと、男性は神妙な顔付きになった。


「実は、得呼様が逮捕されました」


「え?」


思わず声を上げるコノハ。

男二人も驚いた。

何がどうなってそうなったのか、想像も出来ない。


「ですから、警察は貴女方から事情を聞くかも知れません。面倒から逃げるのなら今の内です、と忠告に参りました」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ