03
次の村への旅路は、ただひたすら平地だった。
景色の変化は太陽の傾きと雲の流れのみで、段々と自分がどこに向かっているのか分からなくなる。
もしかしたらUターンしてさっきの村に戻っているのではと錯覚し始めた頃、クラマが馬を止めた。
「みんな止まってくれ。後ろから何かが来る」
「何かって何だよ」
足を止め、馬の頭の方向を変えない様に上半身を捻って後ろを見るカラス。
コノハも同じ動きで振り向いたが、まだ馬の扱いに長けていないので、身体の動きに呼応して白馬が向きを変えてしまう。
「どこ?」
後ろの風景も空と平地しかない。
それよりも、馬の向きが変わってしまったせいでコノハの方向感覚が完全にマヒしてしまった事の方が問題だった。
まぁ、男二人がしっかりしているから大丈夫か。
「こっちに向かって、馬二頭、いや、三頭が走って来ている」
そう言うクラマが跨っている軍馬の方向も変わっていない。
「山賊か?山じゃないから盗賊かな?強盗?でも、人数が少なくて動きに無駄が無いから、ならず者の可能性は無さそうだけど」
「少数精鋭の閙使いかも知れんな。油断するな」
カラスの軽口に真面目な口調で返すクラマ。
彼等には追手が見えているらしい。
「コノハ、いつでも逃げれる体勢に」
「うん」
手綱を持ち直し、二人から少しだけ離れるコノハ。
『馬上で悪人に絡まれたら、コノハは絶対に戦わずに一目散に逃げる』がこの旅路でのお約束だった。
少女の身の危険もそうだが、馬が怪我をしたら旅に大いなる支障が出るからだ。
男二人は馬上の戦いに慣れているから平気らしい。
そうして身構えていると、本当に三頭の馬がこちらに向かって走って来た。
騎手は、良い身形の若い男達だった。
盗賊や山賊の類には見えない。
その男達は、先頭で待ち構えているクラマの前で馬を止めた。
「旅人殿、お伺いしても宜しいか。貴方達の中に若い娘は居られるか」
ハキハキとした大声で言う若い男。
悪人とは思えない固い口調。
それに応えるクラマも滑舌良く声を張り上げる。
「居るが、貴殿は何者か」
「先程まで旅人殿が滞在していた村の警察だ。ご協力願いたい」
クラマとカラスが顔を見合わせる。
それからコノハを見るカラス。
「コノハ、何か悪い事したの?」
「してないわよ」
白馬に乗った美少女に警察三人の視線が集まる。
男性に見詰められるのが苦手なコノハは顎を引き、警戒心を強める。
警察だから悪い事はしない、とは限らないからだ。
「若い娘は、彼女だけ、ですか?」
「見ての通りですが」
堂々と胸を張って応えるクラマ。
見渡す限りの平原には、馬に乗った男五人と少女一人しか居ない。
「分かりました。お手間を取らせて申し訳ございませんでした。では、良い旅を」
踵を返し、来た方向に戻って行く警察達。
それを見送りながら肩の力を抜くコノハ。
危機は去ったが、どうにも腑に落ちない。
「何なの?あの人達。私達を泥棒だと思っている風でも無かったし」
「気になるが、この場で分からない事を考えても時間の無駄だ。先を急ごう」
太陽の位置を確認しながら馬を歩かせるクラマ。
カラスも同じ方向に馬を歩かせ始めたので、コノハもそちらに白馬の向きを変えた。
そして三十分も歩かない内に再び馬を止めるクラマ。
「今日はここで野宿しよう。野営の準備を始めてくれ」
「え?もう?まだ夕方にもなってないけど」
驚くコノハ。
いくらなんでも早過ぎる。
村から出て四時間程度しか進んでいない。
「見晴らしの良い平地で火を焚くと、かなり遠くからでも見付かるんだ。先程、何の苦労も無く警察に追い付かれた様にな」
「あ、そっか。夜だと明かりがすっごく目立つ訳ね」
「うむ。ここは危険な動物が少ないから、賊を第一に警戒した方が良いと言う訳だ。まぁ、火を熾そうにも燃やす物が無いと言う理由も有るが」
「分かったわ。となると、干し肉だけの夕食になるかな」
「そうなるな。今日は日の入りと同時に寝る予定だ。コノハはテントを張って、そこを寝床にしてくれ」
「うん」
白馬から降りたコノハは、自分の馬に積んでいる荷物から三本の棒と二枚の布を取り出した。
その棒を三脚にして地面に突き刺し、布を被せてテントの形にする。
風に飛ばされない様に布の四隅に釘を刺してから、夜露で身体が冷えない様に布を敷く。
これで完成だ。
勿論、馬に乗せられる程度の素材で作る為、物凄く小さい。
普通に寝転ぶと太股から下が表に出てしまうくらいのサイズだ。
丸まれば全身入るが、雨が降らない限りは足を出して眠る。
そして、男達はそんな物を使わない。
元々はコノハが屋外で着替える時に使う物だったので、今みたいに物影が無い時以外は組み立てない。
そうしている間に、男達は適当な場所に座って夕食の準備を始めていた。
と言っても、水筒を用意し、干し肉の包みを開けるだけなのだが。




