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四方紀集  作者: 宗園やや
雨に降られた話
39/48

05

怠け癖の有るカラスだからすぐに戻って来るだろうと思っていたのだが、なかなか帰って来なかった。

世界が闇に包まれ、夕飯の時間になっても帰って来なかった。


「カラス、大丈夫かな…」


閙を使い過ぎた時用のドライフルーツのラム酒漬けを夕食としながら優男を心配するコノハ。

風味が濃くてあまり好きではないのだが、干し肉よりは体力回復出来るので仕方ない。


「もしもピンチになったら雨音に負けないくらいの物音を立てると決めてあるだろう?まだ何も聞こえないから大丈夫だ」


自分の手も見えない程の暗闇の中で応えるクラマ。

雨の勢いはまだまだ強いので、月明かりも期待出来ない。

食事が終わってもカラスは帰って来なかった。

こんなにも長い時間連絡を寄こさないのは始めてだ。

悪い予感が胸をよぎるが、太陽が沈んでから動くとミイラ取りがミイラになるので探しに行けない。


「出来る事も無いので、もう寝てしまえ。カラスは俺が待つ」


「…うん。そうする」


明るい内に寝床の準備をしておいたので、その場で横になるコノハ。

昨夜は突然の大雨に起こされてしまった。

だから寝不足なので、まだ夕方と言える時間なのにすぐに眠りに落ちる。


「ただいま」


提灯を持ったカラスが帰って来たのは、深夜になってからだった。

しっかりとした造りの番傘まで差している。


「遅かったな」


「ああ。お嬢様は眠ってるかな?」


番傘を畳んだ優男は、コノハの顔を提灯で照らした。

羅紗製の羽織りに包まっている少女は静かな寝息を立てている。


「寝た振りが出来る奴じゃないから、グッスリだな」


「何が有った?」


雨合羽を敷いて座っている筋肉男の前に提灯を置き、自分の雨合羽を脱ぐカラス。

そして雨合羽を地面に敷き、クラマの対面に座るカラス。


「逃がしたあのガキ、死んでたよ。コノハがそれを知ったらショックを受けると思ってね。確実に寝ている時間まで待ったのさ」


小声で言ったカラスは、改めて寝ているコノハを確認する。

普段は元気でワガママな小娘だが、その寝顔は天使の様だ。

見た目だけは良い奴だから。


「あの爆発でか?」


「いや、違う。多分、女を囲ってた家だと思う。そこで死んでた」


「やはり女が居たか。食うか?」


クラマから干し肉を手渡されたカラスは、それを齧りながら話を続ける。


「ただ、ちょっと状況が分からなかったんだよな。ガキは火傷を負っていて、確実にあの爆発を食らっていた。右手、右足、右頬が焦げてた」


「命に関わるくらいか?」


「それ程でもないが、一生物の跡になっていただろうな。治療を頼もうと女の家に行ったのかもな」


「女を爆発に巻き込まなくて良かったな」


「女を捨てて逃げようとしたが、火傷を負って戻ったのか。女の所に行く途中で爆発させたのか。閙を受けたのが早過ぎるからどっちとも取れるんだ」


「それはどっちでも構わないだろう」


「まぁね。で、ガキの死因だが、包丁で心臓を一突きだった。傷の深さから、女の力だと思う」


「刺殺か」


「その家には女物の小物が残ってたが、人間はガキの死体しかなかった。家のドアは外から錠が掛けられる仕組みになっていた」


「手負いのガキが無防備に錠を開けたので、監禁されていた女達がこれ幸いと刺して逃げたんだろう。違うのか?」


「それだと不自然な部分が有る。家の内装が豪華だったんだ。盗賊共が潜んでいたボロ屋とは比べ物にならないくらいに」


「不自然だと思うくらい豪華なのか?」


「ああ。そこで暮らしていた女がボスだと思うくらいにな。あの傘は女の家から拝借したんだが、監禁されてる女には傘なんかいらないだろ?」


壁に立て掛けてある番傘を指差すカラス。


「男のボスが一人で女を囲い、出掛ける時に外側から扉に錠を掛けるのか?とも思ったが、家の中に男物の道具は無かった」


「気が向いた時に女の家に行く形じゃないのか?」


「だったら何で男共の家が質素で女の家が豪華なんだ?女を大切にしてたとしても、男主導なら両方の生活レベルを同じくらいにするだろ?分からん」


カラスが首を傾げる。

クラマも首を傾げる。


「分からんな。他には?」


「ふたつ目の不自然な部分は、女共が着物を持って逃げている所だ。タンスが空になっていた。残された茶碗や箸の数から、女は三人だな」


「三人か。分担して持ち出したんだろう」


「監禁されていたのなら脇目も振らずに逃げるだろう?人も殺してるし。この雨の中、荷物を持って逃げるのはかなり落ち着いている」


「確かにな。着物が濡れない様に工夫しなければならないしな。タンス一棹(ひとさお)分の布が雨水を含んだら三人で分けても女の力では持ち上がらん」


「それに、俺達は盗賊の死体を目立つ場所に放置していない。奴等の血も雨で流れているだろう。どうやって女達は奴等の死を知った?」


「あのガキが知らせたのではないか?ヤバイ奴等が盗賊共を殺した、と。俺も逃げたいから、火傷の治療を頼む、と」


「それだと刺殺が不自然じゃないか?仲間だったら殺さないだろ?火傷なら荷物持ちくらいは出来る。逃避行に男手は邪魔にならないだろ?」


「確かにな。女達が監禁されていて、ガキが敵だったのなら、カラスの言う通り、荷物を持って逃げるのは悠長過ぎるな」


腕を組むクラマ。


「盗賊共が全滅したとガキに言われたから、金に変えられそうな物を持って逃げた。とも思えるが、盗賊共を殺した俺達がまだ残っている」


雨足が少し弱まって来た。

小屋の入り口に顔を向けながら続けるクラマ。


「俺達を頼って来ないと言う事は、俺達も信用してないのだろう。なら、通常だったら急いでこの村から離れるだろうな。裸足で逃げる勢いで」


「誰かが戻って来るかと思って女の家中心に探索したり潜んでみたりしたけど、この時間まで人の気配無しだった。分からないだろう?」


肩を竦めるカラス。

クラマも肩を竦める。


「分からんな。明るくなってから村中を調べれば分かる事も有るかも知れないが、今はヒマ潰し程度の推理しか出来ん」


「ふぅ…、ん」


吐息を洩らしながら寝返りを打つコノハ。

話を聞かれたのかと緊張した男二人だったが、少女は完璧に熟睡している。

それを確認したクラマは、静かに膝を叩いた。


「コノハは、あのガキの身の上話をあえて訊かなかったんだ。あいつと俺達は無関係だ。だから逃がす。と言う感じでな」


「そんな事を言ってたのか」


「だからこの謎は永遠に分からない。そう割り切って寝ろ、カラス。雨も上がりそうだ。日が登ったら出発出来るだろう」


クラマの言葉を受け、入口の方に耳を傾けるカラス。

うるさかった雨音が落ち着いて来た。

再び雨足が強まる事は無いと思われる。


「そうだな。謎を放置するのは気持ち悪いが、逃げた女を追い掛けるのは野暮ってもんだな。忘れるか。お前のマントを貸してくれ」


寝袋に使っている麻のマントは馬に乗せたままだ。

なので、クラマのマントを借りて寝転ぶカラス。


「じゃ、後は頼む。おやすみ」


「おやすみ」


徹夜で馬の番をしなければならないクラマは、カラスが速攻で眠りに落ちたのを確認してから提灯の火を消した。

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