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四方紀集  作者: 宗園やや
旅が始まった話
31/48

24

昼近くに起きた領主は、遅い朝食を不味そうに食べ始めた。

村の周辺で採れる食材しか手に入らないので、メニューのバリエーションが少ない。

だから、美味しくない訳ではないのだが、味に飽きる。

しかし村の事業は順調だ。

滞り無くスケジュールを消化している。

気掛かりと言えば、風弥が行方不明な事と、その妹を中央に送った後に千角の元気が無くなった事か。

惚れていた、まで行かないにしても、気にはしていたのだろう。

確かにあの妹は美人だったが、中央に戻れば、あの程度の娘はいくらでも居る。

そう、中央に戻れば…。


「領主」


襖を開け、初老の執事が部屋に入って来た。


「何だ」


ホウレン草の御浸しを咀嚼しながら不機嫌に返事をする領主。


「領主に面会したいと申し出ている村人が」


「誰だ」


工事の進行状況の相談だろうか。

面倒臭いなと思いながら野菜の炒め物を頬張る領主。

今日も野菜ばっかりだ。


「命世と言えば分かる、と」


「何だと?」


勢い良く執事に顔を向ける領主。


「本人か?」


「…それは分かりかねます」


その命世を中央に送ってから、領主邸の使用人の全てを村の外の人間に変えた。

領主から村人を離す事で工事に対する不平不満を気軽に陳情出来ない様にする為に。

それが裏目に出ているか。

あの娘が帰って来ているのなら相当目立っている筈だが、余所者だから村の状況や噂を知る事が出来ていない。

予想外の弊害に顔を顰める領主。


「もう良い」


箸を置き、半分以上残っている朝食をそのままに膳を離れる領主。

そのまま廊下に出て、二階の窓から正門を見下ろす。

少しだけ開いている門の向こうにオレンジ色の着物を着ている人間が立っている。

遠くて顔はハッキリしないが、体格と髪形から、恐らく命世本人だろう。

あんなに派手な染物を着る村人は他に居ない。

舌打ちする領主。

思い通りに事が運ばない兄妹だ。

小娘と一緒に居る男二人は村の人間ではないな。

何者だろうか。

何をしに来たのか分からないが、相手をしても得は無い。


「…こちらに会う理由は無い。帰って貰え」


「畏まりました」


後に付いていた執事は、一礼してから階段を降りて行く。

命世の暗殺を願う手紙と共に中央に送ったのに、全てが失敗して無罪放免になったか。

面倒な事になった。

あの案内人は決して無能ではなかったから大丈夫だろうが、あの手紙が表に出たら大問題になるな。

正門に向かって歩いて行く執事を苛立たしげに見下ろす領主。

執事は年寄りなので庭を縦断するのが遅い。


「領主は多忙ですので、面会には応じられないとの事です」


初老の執事に頭を下げられ、怯むコノハ。

見も知らぬ人から丁寧に断られる事は予想していなかった。


「ど、どうしよう」


後ろに立っている男二人に小声で意見を求めるコノハ。


「風弥と相談したんだろ?」


カラスの言い方は軽かったが、きっぱりとコノハを突き放している。

クラマは無言。


「そ、そうだね」


昨晩、華瞭村の領主に対してどう動くかを兄さんに教わったんだった。

隊長が命令しなければ部下は動けない。

クラマが黙っているのは、そう言う意味だ。

落ち付く為の深呼吸してから執事と二人の門番を強く睨む。

三人とも初めて見る顔。

門番は普通の着物姿だが、腰には剣が下がっている。

村の外の人間は命世に対して刃物を向けるだろうが、武器を怖がってはいけない。

門番の帯刀は脅しの意味合いが大きいので、問答無用で切り捨てられる可能性は少ない。


「私達は領主に直接会って話をしなければなりません。そして、私達はそうする為の権利を有しています」


胸を張って口上を述べるコノハ。

門番に行く手を阻まれる事は想定済みだ。


「と言う訳で、通るわよ」


コノハが強引に門を通ろうとしたら、門番二人が剣を抜いた。

と同時にクラマも腰の剣を抜く。

筋肉男の大きな剣を見て怯む門番二人。

しかしすぐに気を取り戻し、一触即発な雰囲気になる。


「私の行動を遮ると、貴方達を実力で排除しなければなりません。なぜそうしなければならないかは、領主をこの場に立たせれば分かります」


銀色に輝く刃物に内心ビビリながらも、強気な性格のお陰で毅然と言うコノハ。

とにかく自分が上位なんだと言う事を態度に表しておけば良いと兄は言っていた。


「コノハ。あそこを見てみて。二階」


「え?」


小声で話し掛けて来たカラスが顎で邸宅を指した。

豪華な着物を着た痩せぎすの男が二階の窓からこちらを伺っている。


「あれが領主よ」


「戦場に出ていた経験が有る割には貧相な男だなぁ。閙に頼り切って、身体を鍛えなかったんだな」


鼻で笑うカラス。

と、コノハと領主の目が合った。


「華瞭村領主、希角!下りて来なさい!」


コノハが大声で呼ぶと、領主は窓を開けて叫び返して来た。


「何をしている!侵入者を排除せよ!特にその小娘は二度目の侵入だ!大罪人に遠慮はいらん!殺してしまえ!」


「は!」


領主に応えて笛を吹く門番。

すると、袖がらみや刺叉等の武器を手にした男達が敷地内のあちこちから現れた。

大勢の男達を見渡すコノハ。


「兄さんの予想通り、警備の人が増えているわね。でも、村の人は一人も居ないわ」


「って事は、遠慮は要らないよね?」


「大怪我はさせない様にね。さぁ、進むよ。クラマ、カラス。障害が有ったら排除して」


「了解」


「あいよ」


口を真一文字にしたコノハが一歩前に出ると、それが合図だったかの様に男達が襲い掛かって来た。

次の瞬間、身体ごと弾き飛ばされる男達。

クラマが剣を振ったからだ。

剣が折れ、崩れ落ちる数人の男。

しかし血は出ていない。

クラマの剣には始めから刃が入っていないらしい。

だけど鉄の棒でぶん殴られているのと同じなので、普通は大事になる。

だが、大怪我はさせない様にと命令したので、骨は砕けていないだろう。

やられた人はかなり痛そうに唸っているが、多分大丈夫だろう。

そして、意外にも、カラスも強かった。

コノハに切り掛かって来る男を踊る様に倒して行く。

ふざけている様に見えるので何をしているのかを観察してみると、敵の脚に自分の脚を絡ませて転がしていた。

ただ転がすのではなく、地面に向かって叩き付ける様に敵の身体を突き飛ばしているので、敵は気を失って動かなくなる。

しかしその戦法は一対一じゃないと出来ないらしく、二人以上に襲われると神速の拳打で殴り倒す。


「人を殴ると、こっちの手も痛いから嫌なんだけどね~」


等と軽口を叩きながら敵を倒して行くカラス。

二人は戦い馴れている様で、敵の攻撃はひとつも当たらない。

楽勝過ぎるので、閙を使っているのかいないのかもコノハには分からなかった。

そしてほんの数分で男達の殆どが地面に寝転がる事となった。

西方大王に選ばれ、兄に信頼されている二人は、本気で強い。


「クラマは頼れるだろうって思っていたけど、カラスも意外とやるのね。見直した!」


頬を紅潮させて感心するコノハ。

こんなにも頼もしい二人が自分の部下だと言う状況に興奮を隠せない。


「そりゃどうも。さて。雑魚はもう終わりかな~?」


無事な人間は、猛烈に強いクラマとカラスに脅えて襲って来ない。

遠巻きにこちらを窺っていて、仲間同士でヒソヒソと何かの相談をしている。

腰が引けているので、逃げる算段でもしているのか。


「どいつもこいつも役に立たん。お前等全員肉体労働に異動だ」


いつも間に降りて来たのか、正面玄関から現れる領主。

とうとう現れた親玉を前にしたコノハは、形の良い唇を引き締めた。

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