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四方紀集  作者: 宗園やや
旅が始まった話
30/48

23

「じゃ、そろそろ寝るかー」


眠そうに大あくびをしたコノハは、手際良く自分の布団を敷いた。

そして衝立を立て、その向こうで寝息を立て始めた。

元々寝付きの良い子だったが、今日は速攻で眠りに落ちた様だ。

色々有って疲れたんだろう、と微笑む風弥も自分の布団に入る。

数分後、寝返りを打つ風弥。


「…カラス。ちょっと良いですか?」


「ん?」


小声で風弥に呼ばれ、小声で返事をするカラス。

客人用の布団は無いので、カラスは二枚の座布団を枕と掛け布団にして横になっている。

そんな状態ならどこで寝ても同じだと言うクラマは家の外で警護をしている。


「少々お待ちを」


返事を確認してから起き上がり、徐に文机に向かう風弥。

無言で筆箱と紙を机に並べる風弥の不可解な行動を暗闇の中で窺うカラス。


「どうした?妹の旅に俺がお供をするのが心配か?」


「ええ、正直。勿論君を信用していますし、クラマも居るので大丈夫だとは思いますけど」


虫の声と少女の寝息の中、カラスの押し殺した笑い声。


「ま、もう五、六年後だったら分からないけどな」


カラスの軽口に笑みながら筆を走らせる風弥。


「君の女関係の噂は良く聞きますから。念の為の用心はして置こうかと」


良く暗闇の中で文字を書けるなと心の中で感心しているカラスは、風弥に聞こえる様に溜息を吐いた。


「俺は、俺から手を出した事は無いよ。一時に二人と付き合う事も無い。相手を悲しませる様な事も、出来るだけしない。軽く明るい関係って奴ね」


「それは前にも聞きましたけど。カラスは速読術が出来ましたよね?」


「ん?うん」


「では、これを読んでください」


カラスが身を起こした事を確認してから、今まで筆を走らせていた紙を胸の前に掲げる風弥。


「行きますよ」


右手を紙の下に移動させた風弥は、妹には決して見せなかった閙を使って紙に火を点けた。

彼の閙には属性は無いが、酸素を圧縮したりして工夫をすれば紙を燃やす事くらいは出来る。


「さぁ、読んでください」


自らを燃やす炎で文字を照らす紙。

数秒後、紙は灰に姿を変えた。


「命世に間違いが有ってはいけないんです。絶対に」


目を見開き、絶句するカラス。


「ウソ…、な筈は無いな」


妹を護る為に、兄がウソを書いたと思いたかった。

しかし、風弥はそんな事をする人間ではない。

信用すると言ったら最後まで信用する奴だ。


「事情は勿論話せませんが、本当です。あの髪飾りがその証拠です」


「田舎娘にしちゃ美人だし、宝石の付いた髪飾りを着けていたから、おかしいなとは思っていたんだが…。風弥の妹だから、不自然ではないと思っていた」


珍しく混乱し、額に手を当てるカラス。


「大王は、知っているのか?」


「ええ。いきなりのコノハ任命も、知っているからこそでしょう。閙の強さの証明でもありますから」


「なるほどな…」


口をへの字にするカラス。

面倒だから逃げ出したいくらいにヤバそうな話だ。


「ですが、命世本人は知りません。事実を知らずに生涯を終えるかも知れません。髪飾りが本物かどうかを確かめる方法は私でさえ知りません」


カラスは背後に有る衝立に目をやる。

その向こうで、とんでもない人間が寝息を立てている。


「この村の領主に強い閙の使える武人が配置されたのは、命世が居るからです。孤児院も、私が不在でも彼女が護られる様にと造られた物です」


灰を纏めて火の粉を消す風弥。


「こんな田舎に孤児院が有るのが不思議だったんだが、理由を知れば納得だな」


再び寝転び、座布団を腹の上に掛けるカラス。


「もう一度言います。絶対に命世に間違いが有ってはいけないんです。それと、この情報を言葉にする事を全面的に禁止します」


「了解。それを漏らしたら暗殺されそうだ」


「しかし、事情が話せない事が裏目に出てしまい、逆に命世が危険な目に会ってしまった」


風弥は、筆を片付けながら呟く様に言う。


「くわばらくわばら。手を出すつもりは最初から無かったけど、肝に命じるよ。友人の妹に手は出さない、ってね」


「本当は誰にも知られてはいけない事だったんですけどね。信用していますよ、カラス」


声を殺して笑うカラス。


「女癖は信用出来ないけど、秘密を守るのは信用する、ってか?」


「ええ」


「全く。性格の悪いあんたが隊長になれてたら、悪人共は戦々恐々だったろうに」


「命世は私の手を離れ、カラスとクラマの保護下に入ります。命世はまだ十二才ですから、無理をさせない様に、隊長の重責に押し潰されない様に、しっかりと見てあげてください。お願いします」


布団の前で正座した風弥は、深く頭を下げた。

寝転んだままそれに応えるカラス。


「俺達は隊長の命令に従うだけのしがない下っ端さ。特にクラマは脳味噌が筋肉で出来てるから、命を掛けて隊長を護るだろうさ」


「お前も命を掛けて護るんだよ」


薄い壁の向こうからクラマの野太い声がした。

肩を竦めるカラスと苦笑する風弥。


「さぁ、もう休みましょう。明日はいよいよ本番ですからね。貴方達も体調を万全にしておいてください」

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