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「白虎棟の脇の地面に大穴を開けたな?命世」
脂肪で膨らんでいる顔で問い詰められ、怯む少女。
何だか話の雲行きが怪しくなって来た。
「あれは、だって、突き落とされたから…」
「突き落とされたから?それで、どうやって穴を開けたのだ?あの高さから落とされたのに助かった事と繋がるのか?」
西方大王が文官用の黒い着物を着たポニーテールの命世を見詰める。
大勢の人間の頂点に立っているだけあって、その視線は射抜く様に鋭い。
「ど、どうやってって、覚えてないわ。何て言うか、えっと、無我夢中で…」
「そうか…」
長い髭を撫でる大王。
数秒の沈黙が命世の緊張を増幅させる。
何だか背筋がぞわぞわする。
これからの展開が想像出来ないが、良くない予感がする。
「それでは他の大王に説明出来ないのだよ。お前の行為は中央全体を揺らしたからな。お前の存在をごまかせない」
ヤバイ。
凄くヤバイ。
このまま話を続けていると自分の立場が不利になって行く気がする。
だから、いつでも逃げられる様に立ち上がる命世。
「わ、私、早く帰らないといけないのよ。兄さんが病気だから、私が看病しないといけないの」
「知っている」
大王が頷き、サウグタが手元の書類から顔を上げる。
「命世さん、どうぞお座りください」
金髪の美女が片手で椅子を示す。
「そうよ、ここの人間は信用出来なかったんだったわ」
言いながら、横歩きをして椅子から離れる命世。
その行動を牽制するかの様に、今まで微動だにしなかった筋肉質の大男が入口のドアの前に立ち塞がった。
命世は筋肉男を睨み付ける。
ドアが閉まっている為、走っては逃げられない。
蹴破るのも、助走無しでは無理だ。
筋肉男を退かし、ドアを開ける動作が必要になる。
どうすれば逃げられるかを考える命世。
優男がニコニコとして動いていないのも不気味だ。
「そんなに我々が信用出来ないか?」
落ち付いた声で言う大王に顔を向ける命世。
少女の表情は怒っているが、頭の中は逃走経路を冷静に考えている。
「そりゃそうよ。いきなり殺され掛けたんだもん」
「尤もな理由だ」
「私が死んだら、兄さんも…。だから、もう帰る!」
そうだ。
橋から落とされた時に思い出した、領主の使った力。
あの力を地面に向けて撃ったら、なぜか爆発して吹っ飛ばされた。
お尻をしこたま打ったが、そのお陰で助かったんだっけ。
ここであれが使えれば…。
「…!待て、命世。早まった事をするな!」
頭の中で色々と考えている命世の右手が白く光り出した。
それを見て、扉を塞いでいる筋肉男が身構える。
「え?あ、何だ。普通に使えるじゃん」
自分の右手が光っている事に気付いた命世は、試しに身体の力を抜いて光を消した。
再び光をイメージすると、また右手が光った。
これが自由に使えるなら逃げられる。
「私、帰る。そこ退いて」
筋肉男に向かって光る右手を突き出す命世。
「あんな大穴を開けた力をここで使ったら…」
青褪めるサウグタ。
使ったら、この部屋どころか、この階全体が崩壊するかも知れない。
だけど、そんな事は関係無い。
死ぬよりはマシだ。
「命世!」
立ち上がり、一喝する大王。
反射的にそちらに向いた命世の頭を一筋の光が貫く。
領主や自分が使った、あの光だ。
大王も使えるのか!
「!」
衝撃が有り、やられた!と思う命世。
数秒息を飲んだ後、まだ立っている自分を自覚する。
どこも痛くない。
恐る恐る目を開けてみると、大王はもう椅子に座っていた。
サウグタは大口を開けてこちらを見ている。
「く…、くくく…」
押し殺した笑い声。
優男だ。
そちらに顔を向けた命世を見て、堪え切れずに大笑いする優男。
「わはははっ!その頭!」
「頭?」
優男に指された自分の頭を触る命世。
髪飾りは有る。
が、前髪の手触りがおかしい。
量が少ない。
「…え?ああっ!」
頭を触っているのに地肌の手触り。
つまり、頭頂部の髪の毛がごっそりと無くなっていた。
ポニーテールも髪の量を減らして崩れている。
優男は、両脇に髪の毛が残っている逆モヒカン状態の命世を見て大笑いしているのだ。
「…何て事を…」
ウンザリとした声を出すサウグタ。
秘書にとっては、命世の後ろの壁に直径三十センチ程度の穴が開いている事が問題だった。
穴の向こうに青空が見える。
何枚もの壁を貫通しているので修理が大変だと溜息を吐くサウグタ。
「この力は閙と呼ばれている物だ」
少女を逆モヒカンにし、壁に穴を開けた張本人である大王は、悠々閑々とお茶を啜っている。
「ドウ?」
頭の地肌を両手で隠そうとしている命世が初めて聞く言葉を繰り返す。
心がションボリとして、逃げようとした気持ちは消えてしまった。
こんなみっともない姿では兄に会えない。
勝ち気な少女でも涙が止められない。
「限られた者が使える、体内の気を身体の外に撃つ技だ。詳しい説明をする時間は無いから、気になるなら後で誰かから教われ」
まだ笑い続ける優男を尻目に、お茶を机に置く大王。
「お前を撃った領主の力。白虎棟の脇に大穴を開けたお前の力。今お前を撃ったワシの力。全てが閙だ」
命世に髭面を向けた大王がニヤリと笑う。
「もう一度、ちゃんと頭を触ってみろ、命世。本当に髪は無くなっているか?」
「え?」
言われるまま、改めて自分の頭を撫でる命世。
「ははは、あ?」
笑い続けていた優男も気付いて笑いを止めた。
少女の髪の毛は、ちゃんと有った。
長い前髪を止めた髪留めもしっかり付いていて、ポニーテールもちゃんと結んである。
鏡を見ないと安心出来ないが、いつもの髪型だった。
「…幻を見せられましたな」
身体の緊張を解きながら言う筋肉男。
壁の穴も最初から開いていなかった。
サウグタはホッと胸を撫で下ろす。
「え?何?幻って、どう言う事?」
混乱し、自分の頭を撫で捲る命世。
黒髪の存在が愛おしい。
これからは髪の手入れは真面目にしよう。
「閙にはこんな使い方も有るのだ。その二人も閙の使い手だ」
大王に指差され、姿勢を正す優男。
筋肉男はドアの前で微動だにしない。
「ここに居る者で使えないのはサウグタだけだな。だからその力で暴れても逃げられないぞ。落ち付いて話を聞くのだ」
奥の手が通じないのなら仕方ない。
観念し、細い袖で涙を拭いながら椅子に戻る命世。
その途中、大笑いした優男をきつく一睨みする。
こいつマジで嫌い。
当の優男は思い出し笑いをしている。
「通常なら命世は中央内で暴れた罪人となる。トラに被害はなかったが、地面に大穴を開けたからな。しかし、それを回避する方法がひとつある」
大王が背凭れに身を任せると、椅子の骨組みが悲鳴を上げた。




