06
気が付くと、私は布団に包まれていました。
しかし身体が動きません。
なぜなら、布団で簀巻きにされ、縄で縛られていたからです。
「って、なんじゃこりゃあ~っ!」
布団から食み出た頭とつま先を動かして辺りを見渡してみる命世。
物が一杯有る小さい物置みたいな所に自分は寝かされている。
窓も無くて薄暗く、世界が不規則に揺れている。
布団を簀巻きにしている縄は左右の壁に伸び、そこで結ばれている。
縄で固定されていなければ、布団に包まれている自分はコロコロと転がっていただろう。
と、小屋の外で人の話し声がした。
何を話しているんだろうと耳を澄ませたら、なぜか小屋の揺れが収まった。
意味が分からない。
暫くすると正面の小屋の壁が開き、日の光が小屋の中に差し込んで来た。
眩しさに目を細める命世。
「命世ちゃん?目が覚めた?」
光を背負いながら小屋に上がり込んで来る声の主。
「絶対に逃げないって約束してくれるなら縄を解いても良いんだけど」
光に目が慣れると、話し掛けている人は郵便屋のお兄さんだと言う事が分かった。
兄がしている中央の仕事の仲介役の人で、命世も良く知っている。
「もし逃げたら、野犬に襲われて死ぬか、盗賊に浚われて奴隷になるかのニ択だからね。約束出来る?」
「う、うん」
逃げるも何も、自分が置かれている状況自体が飲み込めていない。
だから、取敢えず頷いた。
知り合いだから信用も出来るし。
郵便屋は慎重に縄を解き、布団を広げる。
息苦しさから解放された命世は、身体を起こしながら溜息をひとつ吐いた。
その拍子で細かい粒が布団の上に落ちる。
これは、土?
訳も分からず自分の身体を見ると、オレンジ色の着物に大きな泥染みが付いていた。
泥が乾き、土塊となって落ちた様だ。
それを見たら記憶が蘇った。
色々有って領主の家に乗り込み、色々有って気絶させられたんだっけ。
あれからどれくらいの時間が経ったんだろう。
「さ、外に出よう。ここは元々荷物用の荷台だから」
郵便屋に手を引かれて小屋から出る命世。
外には馬に乗った男が二十人程居て、全員がこちらを窺っている。
威圧感に押されて顎を引く命世。
「大丈夫。みんなは郵便隊の護衛の達人だから怖い事は無いよ。先を急ぐから馬に乗ってくれるかな」
命世の肩に手を置いた郵便屋は、誰も跨っていない馬を指差した。
「え?馬なんか乗った事無いんだけど…」
「そうなの?命世ちゃんは村の馬を乗り回してそうなイメージだったんだけど」
「どう言うイメージよ」
ジト目になった美少女の扱いに困って頭を掻く郵便屋。
「しょうがないなぁ。じゃ、こうしよう」
屈んだ郵便屋は、命世を左肩に座らせた。
そして立ち上がり、ここから馬の背に乗り移れと言う。
「うぇ?マジで?」
「うん、マジで」
肩の上で困惑する命世に真剣な声で応える郵便屋。
「うぅ~ん…。怖いけど、やってみる」
郵便屋の左肩に座ったまま前屈みになり、馬の鞍を掴む命世。
そして腕の力を使って鞍に飛び移り、腹這いの形になる。
そこから身体を90度回し、何とか鞍に跨る事が出来た。
普段から男の子の様なズボンを穿いていて良かった。
普通の着物だったらアクロバティックな大股開きのせいで下着が丸見えになっている所だ。
郵便屋は軽々と命世の後ろに跨り、片手を上げて仲間達に合図を送った。
すると二十頭以上の馬の行進が始まり、蹄の音が地鳴りみたいになって響く。
「えっと、これはどこに行くんですか?」
簀巻きにされた自分が乗っていたのは、かなり大きな馬車だった様だ。
大勢の護衛達がその馬車の周りを囲んでいる。
そう言えば、さっき野犬や盗賊がどうとかと注意されたな。
良く分からないが、それらに気を付けているのだろう。
事の重大さを理解していない命世は、その緊張感溢れる陣形を暢気に見渡した。
「中央だよ。命世ちゃんは、俺達郵便隊に連れられて、中央裁判所に送られるんだ」
「中央裁判所?」
聞き慣れない言葉に首を傾げる命世。
郵便隊は比較的早足で見晴らしの良い草原を進む。
「うーん、何と言ったら良いのかな」
郵便屋は手綱から片手を離し、頭を掻く。
「訴えを、法律で処理する場所、だよね。分かり難いか」
「さっぱり分かんない。法律って何?」
苦笑いする郵便屋。
小難しい説明は苦手だ。
「えっと、命世ちゃん。華瞭村で何かしたよね?それの罪を問われるんだよ」
「罪?…ああ、そうか…」
領主の袖を引き千切った事か。
子供同士のケンカをしたら親や兄に叱られる様に、偉い人とケンカをしたら偉い人に叱られないといけないんだろう。
中央に居るのは偉い人だと聞いているから、そこに行くって事はそう言う事なんだろう。
「何が有ったかは、一応聞いている。大丈夫、すぐに家に帰れるよ」
「そうなの?」
「大人しくしてればね。重大な事件じゃないから、調書を取って終わりだと思う」
命世の元気な素顔を知っている郵便屋は笑いながら言った。
今はしおらしいが、状況に慣れたらきっと騒がしくなるだろう。
不意に涼しい風が郵便隊を撫でて行き、そこでポニーテールが解かれている事に気付く命世。
長い黒髪が背中を摩っている。
何気に頭に手をやると、前髪を留めている髪留めに指が当たった。
兄から貰った誕生日プレゼント。
「兄さん、大丈夫かな…」
葡萄の房の形になっている六個の石を指でなぞりながら消え入りそうな声で呟く少女。
郵便屋は思い直す。
とても元気な少女だと言っても、ここは村の外。
年端も行かない子供が不安になるのは当然だ。
だから安心させようと落ち付いた低い声で応える郵便屋。
「大丈夫さ。村の薬師が風弥さんの友達なんでしょ?あの薬師は、病気の人を放って置く人じゃない」
「…。うん、そうだね」
「元気出して。いつもの命世ちゃんは無駄に走り回ってるじゃない」
「無駄って何よ。必要だから走ってるのよ」
真後ろの男を睨もうと一生懸命身体を捻っている命世に微笑む郵便屋。
少女に元気が戻って来た。
「一応、もう一度言って置くよ。絶対に俺達から逃げない事。もし逃げたら、死のうが生きようが絶対に風弥さんの所には帰れないからね」
郵便屋の厳しい声。
やり場の無くなった視線を馬のたてがみに落とす命世。
「大人しく裁判所に行って、ちゃんとしてから帰るのが、一番早く帰れるんだからね。良いね?」
「…分かった」
頷いた命世は、オレンジの着物に広がっている泥染みを抓んだ。
洗濯したいな。
兄さん、ちゃんと自分の服が洗えるかな。
食事をちゃんと取るかな。
物を食べるのが嫌いだから、きっと朝食を抜くんだろうな。
中央時代は一人暮らしをしていたそうだから妹が居なくても大丈夫だとは思うけど、どうしても心配だ。
何度も逃げるなと釘を刺されると、逆に逃げ出して村に帰りたくなる。
が、どっちに行けば村に着けるかが分からない。
郵便屋は他の村の郵便も扱っている事を兄から聞いて知っているので、隊が向いている方の逆に行けば村、って訳でもないだろうし。
白い雲を見上げて兄の顔を思い浮かべる命世。
どうしてこんな事になっちゃんだろうなぁ。




