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四方紀集  作者: 宗園やや
旅が始まった話
12/48

05

雨振りで家の仕事が無くなったり、外で遊べなくなった時は、命世の家に子供達が集まって来る。

そして一定の人数以上が集まれば兄が勉強会を始める。

この勉強会は、中央に就職したエリート様が村に帰って来た時、ある村人が自分の子供に勉強を教えてやってくれとお願いしたのが始まり。

人の良い兄は二つ返事でそれを受け、気が付いたら村の殆どの子供が勉強会に参加する様になっていた。

参加しないのは千角一味くらいだ。

何らかの事情で集まる子供の人数が少なかった場合は、ただのお喋り会になる。


「あれ?命世、どこかに行くの?もうすぐ勉強会が始まるのに」


子供達が雨避けに使っていた傘や布が散らかっている土間でフード付きの皮製マントを被っている命世。

それに気付いた美花が土間に来る。


「役場に。今日は年金が貰える日だからさ。すぐ戻って来るよ」


「そっか。行ってらっしゃい」


「行って来ます」


木の引き戸を身体全体を使って開け、外に出てから気合を入れて閉める。

最近、玄関の開け閉めが辛くなって来た。

この家も古いので、歪んで来たのかな。

まぁ良いか。

病気で身体が弱っているとは言え、成人男性である兄の方が命世より力が強いから、兄が開け閉めに困る事は無いだろう。

自力で直せるなら直してみるが、お金を使ってまで修繕する必要は無いな。

そんな事を考えながら、霧雨で白く煙る村道を一人走る命世。


「こんにちはー」


年三回、決まった日に年金が届く村役場に着いた命世は、愛想良く挨拶をしながら中に入った。

だが、何だか様子がおかしい。

役場内の空気が重い。

水滴を出来るだけ払ってからマントを脱いだ命世の顔から笑顔が引いて行く。


「…どうしたんですか?」


「えっとね、命世ちゃん」


カウンターに座っていた顔馴染みの役場のおじさんが命世の側に歩み出た。

気まずそうに眼鏡を直している。


「今回は、風弥さんの年金が出ないんだ」


「はぁっ?!どうして??」


思わず大声を出す命世。


「うん。命世ちゃんのお兄さんの事はおじさんも分かってるから理由を訊いたんだけど…」


数秒間を置く。

言っても良い物か悩んだが、言う事にした。


「命世ちゃん、領主の息子に怪我をさせたんだって?」


「…っ!」


「心当たりが有る表情だね。それが原因らしい。領主が年金の差し止めを指示したんだそうだ」


命世の整った顔が怒りで歪む。


「ちょっと、文句言って来る」


「待った待った!」


マントを羽織った命世の肩を掴む役場のおじさん。

年金差し止めの通知を上司に押し付けた役場のお兄さんお姉さんがハラハラしながら様子を窺っている。


「領主の所に行くつもりかい?駄目だよ、行っても状況が良くなる事は無い。止めときな。差し止めは今回だけだし」


「…今回だけ?一回でも薬が買えなかったら、兄さんはどうなると思う?」


美少女に力強い視線を向けられ、たじろぐ役場のおじさん。

言葉を返せない役場のおじさんの手を振り払い、役場から飛び出して行く命世。

役場と領主の家は近い。

村で唯一の二階建ての住宅がそれだ。

その目立つ建物の隣りには、領主直営の孤児院みたいな物が有る。

兄が中央に働きに行っている間、命世はそこで暮らしていた。

その孤児院には千角も居た。

暇になると領主の家から遊びに来ていたのだ。

そして、お菓子やおもちゃを無意味に見せびらかしていた。

孤児院で暮らしているのではないかと錯覚するくらい顔を出していたので、好い加減ウザくなった命世が千角を追っ払った。

二人の戦いは、その頃に始まったと言える。

そんな思い出が有る大きな平屋の建物を横目にしながら走ると、すぐに領主の家の門の前に着いた。

雨のせいか門番は居なかった。


「ごめんください!ごめんくださーい!」


何度も大声を出し、骨が軋む程門を叩く命世。

暫く騒いでいると、中から門が開かれた。


「来ちゃったか」


村の有名人である命世を見て残念そうな顔をする門番の青年。

彼は普通の村人なので質素な着物を着ているが、手には自身の身長程の木の棒を持っている。

不審者を撃退する武器。

しかし命世は怯まずに胸を張る。


「事情を知っているみたいね。なら通して?」


「ダメだ」


門番の背後に傘を差した千角が居た。

口元に張られた絆創膏が痛々しい。


「…あんた…」


命世の怒りの視線を受け流し、見下す様に口を開く千角。


「これに懲りたら、反省して大人しくすれば良い。もうお互いに子供じゃないんだから、身分の上下を心得ないとな」


鼻で笑う命世。


「年金は領主から貰う物じゃないわ。中央の偉い人から貰える物よ。身分を言うなら、それこそあんた達がどうこう出来る物じゃない筈よ!」


正論を言われ、言葉に詰まる千角。


「う、うるさい!うるさい!平民のくせに!女のくせに生意気なんだよ!」


「何ーっ!頭の悪い事を言うわね!バカは大人しくお部屋で勉強してなさいよっ!」


千角と命世の強烈な罵り合いが始まり、困惑する門番。

今までで一番激しい言い合いは十分以上続き、二人共肩で息を切らす。


「んっ、もう!あんたじゃバカ過ぎて話になんないわ!領主!出て来なさい!」


ずんずんと住宅に向かう命世の行く手を慌てて塞ぐ門番。


「待て!さすがにそれはまずい。勝手に領主様の家に入ったらただじゃ済まなくなる」


「良いから!どいて!」


頭に血が上っている命世は門番を突き飛ばす。

が、少女の力では不審者と戦う為に身体を鍛えた若者をピクリとも動かす事は出来なかった。


「何事だ、騒々しい」


派手な刺繍で彩られた着物を着た痩せぎすの男が邸宅の玄関先に現れた。

始めて見る顔だが、無意味に偉そうなので、彼が千角の父親だろうと直感する命世。


「領主ね!」


「そうだが?」


千角との口喧嘩の勢いで捲くし立てそうになり、慌てて口を噤む命世。

その勢いでゴクリと音を立てて空気を飲み込んでしまう。

仮にも相手は村で一番偉い人だ。

無礼な態度を取るのは損にしかならない。

冷静に、冷静に。

美少女は深呼吸をひとつする。


「年金差し止めを撤回してください!薬が買えないと、兄さんが…」


その先が言えなかった。

薬が買えないと、兄さんが死んでしまうかも知れない。

それを言葉にすると現実にそうなりそうで怖かった。


「命世。少なくとも、お前は傷害事件を起こした。それは事実だ。ワシがそれを知った以上、放って置く訳にはいかん」


「…領主の息子に暴力を振ったから?」


兄の死を意識した恐怖で気持ちが落ち込んだ命世は、静かにそう言った。

が、無表情で頷く領主を見た命世の頭に血が上る。

もう冷静ではいられない。


「子供のケンカじゃない!ちょっとした事故だったの!謝れと言うのなら謝るわ!だから…」


「相手が誰か等は問題ではない。事件が起こった事が問題なのだ。そして、その処分はもう決まった。以上だ」


そう言って早々に家の中に戻ろうとする領主。


「待ってください!」


命世は門番を振り切って領主に駆け寄る。


「兄さんの、私の兄の命が掛かっているんです!差し止めを撤回してください!お願いします!」


「決定は変わらん」


振り向きもせずに家の中に消えようとする領主の着物を掴んで縋る命世。


「お願いですからってうわ!」


命世が袖を掴んだせいで、領主の着物がビリビリと音を立てて肩から裂けた。


「…」


命世、千角、領主、門番の時間が凍り付く。

領主の破れた左袖は、糸一本で辛うじて着物に残っている。

雨を含んだ風に揺れているのが妙に間抜けに感じる。


「…これは、領主に対する暴行だな」


「あ、あの、ごめんなさい」


着物から手を離す命世。

とんでもない事をしてしまったと、顔が青褪めている。


「それに、不法侵入だ。門番、この娘を牢に入れろ」


「は。し、しかし…」


もたつく門番にイラっとする領主。

村の者を警備に就けるのは問題が有るか。

こんな時に二の足を踏む。


「お前も罰が必要か?賊を捕らえられぬ役立たずの門番め」


命世に向き直る領主。

その右手が白く光り出した。


「!?」


次の瞬間、命世の身体が宙を舞う。

そして雨に濡れる泥の地面に背中から落ちる少女。


「い、今の何…?」


身体を起こそうにも、骨が軋んで力が入らない。

全身の痛みに呷く少女。

謎の力が当たった部分が一番痛く、そしてなぜか妙に臭い。

遊び捲って汗だくになった後の様な酸っぱい匂いがする。


「これがワシの蛮族殺しの力よ。さぁ、連れて行け」


仕方無くオレンジ色の着物を泥で汚した少女を抱き上げる門番。

門番の腕の中で悔しそうに歯噛みしながら門の外に連れて行かれる命世を見送った千角は、すでに家に上がっている父親に駆け寄った。


「父上、命世はどうなるんですか?」


ライバルとは言え、幼馴染みの必死な姿を見て良心の呵責を感じている息子を冷たい目で見る領主。


「罪を償う為、中央に送られる」


「中央に?」


「こんな田舎の村には裁判所も無いからな。良いか、千角。肝に命じておけ。どんな事情が有ろうと、罪は罰せねばならん。それが領主の勤めなのだ」


厳しい声の父親に緊張する息子。


「例えば、お前が罪を犯したとしても、ワシは毅然とお前を罰するだろう。それが領主なのだ。分かったか」


「は、はい」


渋々頷いた息子に頷きを返してから自室に戻った領主は、完全に一人になった事を確認してからニヤリと笑う。


「…これで良い。介護する者が居なくなれば、あの男は長く持ちはすまい」


こんな事もあろうかと繋ぎ目の糸を半分程切っておいた着物を脱ぎ捨てた領主は、半裸のまま美味しそうに煙草を燻らせた。

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