大長老の異世界ハッキング3 〜劇物スパイスの全域テロ〜
*平和な日々編『現在』の話*
「――レン。てめえ、筋肉痛が治った途端に、また大長老に劇物を売りつけましたね。根こそぎ灰にしなさい、今すぐにだ」
新緑がきらめく玉座の間。
アルヴィスは、これまでにないほど顔を真っ赤にして机を両手で叩き、完璧な「表の顔」の声のまま、怒りと羞恥心で激しく声を震わせていた。
彼の前に直立不動で立つ生真面目な大長老は、頭から大量の汗を流し、目をらんらんと血走らせながら、巨大な寸胴鍋を誇らしげに掲げている。
そこからは、かつてないほど狂暴で、脳の防衛システムを物理的にハッキングしてくる『黄色い激辛スープカレー』の波動がブワブワと噴き出していた。
事の始まりは今朝、レンが「フレンチトースト作ってくれたお礼にさ、大長老。親父のデータベースから抽出した『人族の理を破壊する黄色い魔術薬』のデータ、また格安で譲ってあげるよ」と、大長老に売りつけたことだった。
先の『タピオカ』でレンの神託に完全洗脳されている大長老は、宮廷の備蓄予算をすべて投入してスパイスを一括購入、完全再現。
大樹のハーブと劇物スパイスを調合し、異世界の最終兵器――【激辛スープカレー】を、国を挙げて大量錬成してしまったのだ。
「何を仰いますか、アルヴィス様! これはレン殿から『マナの代謝を極限まで引き上げる黄色の洗礼』として授かった、神聖なるスープにございます! ひと口啜れば魔力が沸騰し、体から高貴な香りが放たれるのです!」
「放たれる香りが『カレーの激辛臭』なのが最悪だと言っているでしょう! 宮廷の気品が根こそぎ灰になります、全員万死に値しますよ!」
完全に「裏」の素のパニックに陥るアルヴィス。
だが、時すでに遅し。大長老の「これは全精霊の肉体を肉体改造する聖水である」という大真面目な全域インストールにより、宮廷の至る所から、「ハ、ハァーッ!! 辛い、だが魔力が燃え盛る……っ!」「ズゾゾゾッ、カハッ……! 聖なるナンが止まらん……っ!」という、近衛騎士や小精霊たちの悲鳴と咀嚼音が響き渡り、エデンは未曾有のスパイスパニックに陥っていた。
「よお、カレーの王様。大長老の再現度、今回も100点満点だわ。おかげで俺の小遣い稼ぎも限界突破だね」
玉座の隣の特等席で、レンがこれ以上ないほど意地の悪いニヤニヤ顔でナンを齧りながら煽りを入れてくる。
「レン……っ、てめえ! お前の小遣い稼ぎのせいで、我がエデンの廊下がすべて激辛カレーの匂いで物理的汚染されているではないか……っ! ――あ、いや、私は絶対に食べませんよ! あんな不審な黄色い汁、口に――」
ツンと激しく顔を背けるアルヴィス。
だが、彼の胃袋は、強烈なスパイスの刺激的な香りに完璧にロックオンされていた。
レンはニヤリと笑うと、特製スープカレーに、大樹のミルクを混ぜて少しマイルドにした『特製スープカレー(チキン&ベジタブル)』をアルヴィスの目の前へと滑らせた。
「ほら、お前専用の甘口寄り。フレンチトーストのお返し。食いなよ、アルヴ」
「……っ、お、お返しなら仕方がありませんね……。王として、お前の誠意を受け取ってあげます」
アルヴィスは猛烈に顔を赤くしたままスプーンを掴むと、スープをごくりと口へ運んだ。
ゴクン……。
口の中に広がる、鶏肉の圧倒的な旨味と、脳のクロックを限界まで加速させる極上のスパイシー。
(――っ!? 辛い、だが……美味すぎる……っ!)
アルヴィスの金と黒の瞳が一瞬でとろけるように見開かれ、我を忘れてナンをスープに浸して狂暴に貪り食い始めた。
「――っ、美味い! 美味すぎるぞレン……っ! 体内の光と闇のマナが、スパイスによって完璧に調和していく……っ!」
「あはは! だからただのカレーだって! 服に黄色いシミ作んなよ、王様?」
「……フン、この手際、万死を免ずるに値します。……ですが、この『なん』という平たいパンは、スープの侵食速度が早すぎて少々、見通しが甘いですね。……モグモグ。美味い、です……」
結局、誰よりも高貴な姿勢で、額に汗を浮かべながらカレーを完食し、完璧にマナの侵食を許してふにゃりと緩んでいるアルヴィス。
レンの小遣い稼ぎと大長老のハッキングによって、宮廷中が「スパイシーな熱狂」に包まれるという、教団の再襲来よりも最高に美味しくて騒がしい、翡翠の揺籠の日常の一幕だった。




