不器用な王の厨房(キッチン)、黄金色のレシピの記憶
*平和な日々編『現在』の話*
「――お粗末な男ですね、レン。あの程度の手合わせで全身筋肉痛など、神の仔の鍛錬も随分と見通しが甘い」
翌朝、レンの部屋の扉を押し開け、高貴な声音で入ってきたのは、白銀の上着を美しく纏った王アルヴィスだった。
ベッドの上で、レンは「……お前がタピオカの糖分を全部ゴリラ並みの筋力に変えて殴ってきたからだろ……」とうめき声を上げ、シーツにくるまったまま一ミリも動けずに白目を剥いていた。
数千年の寿命の中で初めて経験する、肉体の完全フリーズである。
アルヴィスはフッと冷たく鼻で笑ったが、その金と黒の瞳には、相棒を本気で心配する不器用な優しさが灯っていた。
彼は持ってきたトレイをベッド脇の机に置く。そこにあったのは、少々形は不格好だが、じっくりと黄金色に焼き上げられ、蜂蜜がたっぷりと塗られた異世界の菓子――『フレンチトースト』であった。
「……え? アルヴ、お前これ、自分で調理したの?」
レンが驚いて目を瞬かせる。
アルヴィスは猛烈に顔を赤くし、ふいと顔を隠すように背を向けた。
照れ隠しだ。
「……お前の部屋の片隅にあったお袋さんのレシピノートに、これが載っていたから作ったまでです。お前が事あるごとに要求するから、どれほどのものかと思ってな。……火加減の計算が難しく、少し焦げましたが」
アルヴィスは慣れない手つきでスプーンを使い、クタクタに柔らかくなったフレンチトーストを一口大に切ると、レンの口元へと乱暴に突きつけた。
「ほら、食べなよ。糖分を補給して、早くその筋肉痛を治しなさい」
レンは苦笑しながら、その黄金色の甘味を口へと運んだ。
ふわっ、じゅわっ。卵とミルクがパンの芯まで完璧に侵食した、優しくてどこか懐かしい至高の味。
アルヴィスが自分のために、不器用な手で一生懸命に火を操って作ってくれたのだと思うと、胸の奥が熱くなる。
「……美味い。美味すぎるわ、アルヴ。お袋の味と、完璧に適合してる」
レンは天井を見上げ、いつもの軽薄さを消した「裏の顔」で静かに笑った。
「あのさ、アルヴ。これね、お袋が親父と一緒に異世界へ還る最後の日の朝、俺に『お留守番頑張ってね』って言って作ってくれた、最後のメニューなんだわ」
「……お袋さんの、最後の料理?」
アルヴィスが金と黒の双眸を小さく見開く。
「そう。だから俺、この数千年間、寂しくなるといつもこれのデータを脳内で再生してたんだよね。でも、自分でクリエイトしても、お袋の味にはどうしても届かなくてさ。……だけど、お前が作ってくれたこれ、お袋のやつと同じくらい、めちゃくちゃ温かいわ」
レンは少しだけ目元を緩ませ、最高の相棒へ向けて、心からの感謝を込めて微笑んだ。
アルヴィスは驚愕に息を呑み、それから、レンのその切なすぎる数千年の孤独の理由を知り、胸を締め付けられるような愛おしさを覚えた。
彼は声音を完全に苛烈だが優しい「裏」へと切り替えた。
「……フン、当たり前だ。俺はお前をあの緑の王座へ『ハッピーエンドで還す』と誓い合った相棒だからな。お前のお袋の味がそれなら、これから数千年の未来、何度だって俺がその黄金色を再現してやるよ、レン」
「っ……ははっ… 言うねえ王様! じゃあお言葉に甘えて、明日は『フレンチトースト・ハチミツ乗せ』でよろしく!」
「……てめえ、病人のくせに調子に乗るな! 炭水化物の過剰摂取でリバウンドのバグを引き起こして万死しろ!!」
結局、いつものようにキレキレのボケとツッコミを響かせ合いながら、フレンチトーストを分け合う二人の最強のバディ。
母親の温かい思い出の味は、不器用な王の優しい手によって最高の修復を施され、二人の果てない未来をどこまでも甘く、賑やかに満たしていくのだった。




