薄暮と漣、交わらぬ時代の揺籠・アルヴィス編
*過去編『○○年前』の裏話*
第三葉:隠れ大甘党の起源 〜初めての“糖分”ハッキング〜
過酷な訓練と、反発し合う光と闇のマナの激痛により、アルヴィスの精神の防衛線は限界を迎えていた。
そんなある日の夕暮れ、彼は大長老の目を盗み、誰の立ち入りも許されない世界樹の『最深部の原生林』へと、お忍びで逃げ込んでいた。
「……ハァ、ハァ……。くっ、今日もマナの衝突が酷いな……」
アルヴィスは木陰に座り込み、荒い息を吐きながら胸を押さえた。
完璧な王太子の顔など、もう維持できない。痛みに耐えかねて意識が飛びそうになったその時、彼の鼻腔を、ふわりと『異常なほどに甘く、香ばしい香り』がくすぐった。
見上げれば、世界樹の古い根元に、精霊のマナが数百年かけて凝縮し、自然に発酵してドロリと滴り落ちている、琥珀色の『野生の樹蜜』があった。
アルヴィスは普段の王族としての作法を忘れ、導かれるように指先でその琥珀色の液体をすくい、口へと運んだ。
その瞬間。
彼の脳内システムを、これまでに体験したことのないほどの「至高の衝撃」が突き抜けた。
(――っ!? なんだ、これは……っ!)
強烈な、しかしどこまでも優しい、脳を蕩けさせるような全出力の甘み。それを摂取した瞬間、あれほど彼を苦しめていた体内の光と闇のマナの衝突が、まるで嘘のようにピタリと治まり、脳の疲労がみるみるうちに『完全消去』されていくのが分かった。
「……美味い。美味すぎる……っ」
十数年の人生で、初めて知った本当の「幸福(糖分)」。
アルヴィスは衣服が汚れるのも構わず、大真面目な顔でその野生の樹蜜を指が汚れるまで貪り食った。
この日、過酷な呪縛を生きる少年の胃袋に、絶対の「大甘党システム」が完璧にインストールされたのだ。
これ以降、彼は執務の合間に「マナの融和の確認である」という最高に腹黒い建前を並べ立て、エデンの希少なハチミツや果実を夜な夜な隠れ食いするようになり、それが数年後、レンの作った「プリン」によって完全なる依存へと進化していくことになる。




