第二十八葉:白霧の伏兵、最果ての獣性
「――ん、ごちそうさまでした。手際だけは認めますよ、レン」
アルヴィスは指先についた最後の砂糖を名残惜しそうに舐めとると、コホンとわざとらしい咳払いをして、完璧な気品ある聲音へと戻った。
口元は満足げに緩んでいるが、その双眸は、結界の向こうに広がる白い霧の深淵を鋭く見据えている。
「はいはい、おそまつさま。……っと、アルヴ。お喋りはここまでだ。美味いもん食ってエネルギー補給した瞬間に、最悪のタイミングで『招かれざる客』のお出ましだわ」
レンはいつの間にか焚き火の前に立ち、刀の柄に手を置いていた。いつもの飄々とした笑みは完全に消え去り、一切の隙がない管理者の目が、白霧の奥で激しく蠢く『巨大な影』を捉えている。
グルルルル……、と、渓谷の岩肌を震わせるような、地鳴りに似た低い唸り声。
霧を割って姿を現したのは、教団の総本山『最果ての地』から漏れ出た狂狂しい魔力によって、肉体を強制的に変異させられた異形の魔獣たちだった。
大狼の姿をしているが、その皮膚は白磁のように硬質化し、瞳からは光の属性を限界まで圧縮した、ぎらついた『純白の殺気』が放たれている。
「……最果ての魔獣、ですか。集積所や霊峰の連中よりも、遥かに純度の高い『世界の歪み』を宿していますね」
アルヴィスは空間から精霊槍を引き抜き、一歩前へ進み出た。彼の衣服の隙間から、胸元の『純白の枷』がドク、ドク、と魔獣たちのマナに呼応して白く明滅し始める。
だが、今のアルヴィスには、その呪いに怯えて立ち止まるような脆弱さは微塵もない。
瞳に灯るのは、害をなす者を根こそぎ駆逐する、冷徹な策士としての輝きだ。
気を抜いた口から、苛烈な声が漏れ出す。
「レン、結界を解いて、奴らの防衛本能を一時的に俺へ集中させろ。あの白磁の装甲、外側から叩くよりも、動きを止めて内側の関節から引き裂いた方が早い」
「了解! お前のそういう、容赦のない効率主義、本当に頼もしいわ!」
レンが不敵に笑った瞬間、彼の刀から創造神の権能による『音響の挑発』が解き放たれた。
空間のシステムを書き換え、魔獣たちの意識を強制的に自分たちへと惹きつける。
「ガルァァァッ!!」
怒り狂った魔獣たちが、地響きを立てて猛然と突進してくる。
だが、その強襲を待っていたのは、アルヴィスの神速の無詠唱精霊術だった。
アルヴィスがただ一瞥しただけで、突進する魔獣たちの『影』がそのまま強固な光と闇の鎖へと変じ、その巨体を物理的に地面へと縫い止めた。
一ミリの予備動作も、詠唱もない。
完璧な絶対の捕縛。
「――そこです、レン。内側の駆動系を断ちなさい!」
「了解!!」
アルヴィスが作り出した一瞬の隙。
レンの刀が、空間をすり抜ける神速の一閃を放ち、魔獣たちの白い装甲の隙間へと滑り込んだ。
世界を支配するバディによる、最果ての魔獣への容厦のない『解体』が、白霧の渓谷の中で激しく炸裂した。




