第十葉:霧の宿場町、集積所の純白
雨は霧へと変わり、街道の終着点である宿場町を白く包み込んでいた。
かつては精霊と人族の交易で栄えたというその町は、今や活気を失い、奇妙なほど静まり返っている。
アルヴィスはフードの隙間から、町の中心部にそびえる巨大な石造りの建物を睨みつけた。
『精霊の集積所』
本来は行き場を失った精霊たちを保護し、自然へと還すための聖域だった場所だ。
しかし今、その建物の周囲には、あの忌々しい『エクリプス・アルビオン』の白い紋章が刻まれた旗が幾本も翻っている。
「……間違いない。教団の出先機関です。周辺のマナが不自然に歪み、光の属性だけに偏っている。……中に、多くの精霊が囚われている証拠です」
アルヴィスは「表の顔」の低い声で言い、無意識に右手を握り込んだ。
かつて自分の国を滅茶苦茶にし、民を傷つけた連中の気配が、すぐそこにある。
アルヴィスの瞳の奥に、冷徹な怒りの炎が灯る。
「へえ、これが精霊の集積所か。建物全体を覆ってる結界、結構エグいね。中のマナを外に出さないように、システムを隔離してる」
レンは刀の柄に手を置いたまま、建物の構造を瞬時に分析していた。その計算高い頭脳は、すでに潜入のための最適ルートを弾き出している。
「どうする、アルヴ。正面から突っ込んで『元・王太子様の無詠唱魔術ショー』でも始める? それとも、俺の権能で裏口のセキュリティを書き換えて、スマートに忍び込む?」
「……後者です。騒ぎを大きくすれば、中にいる精霊たちが人質にされる恐れがある。まずは潜入し、精霊たちを解放するのが先決です。それに――」
アルヴィスは、ふっと不敵な笑みを浮かべた。
「敵の不意を突き、何もさせずに根こそぎ叩き潰す方が、結果的に被害が少なくて済みますからね」
「あはは、言うねえ! さすが腹黒王太子。優しい顔して一番エグい作戦選ぶじゃん」
「失礼ですね、誰が腹黒ですか」
「あはは!」
レンは嬉しそうに笑うと、アルヴィスの前に立って霧の影へと滑り込んだ。
建物の裏手、強固な術式で封印された鉄扉の前。レンが扉にそっと手を触れる。彼の指先から、この世界の理ではない、純粋な青い光の紋様が鉄扉へと流れ込んでいく。創造神の権能による、世界のシステムの強制書き換え。
カチリ、と、どんな熟練の魔導師でも解けないはずの封印が、呆気なく解除された。
「よし、開いた。お立ち台へどうぞ、アルヴ」
「手際が良すぎて恐ろしい男ですね、貴方は」
アルヴィスは苦笑しながらも、音もなく鉄扉を押し開け、精霊の集積所の暗がりのへと足を踏み入れた。
冷たい空気の奥から、無数の精霊たちの、悲痛な、物憂げな泣き声が聞こえてくる。
アルヴィスの胸に襲撃の日の出来事が蘇り、心が小さく疼いた。
一人では民全員を護りきることが出来ず、その身に呪いを刻んだ日――
成す術なく、禁忌を犯したあの日、アルヴィスは一人で戦うことを決意し国を出た。
だが、今の彼の隣には、不敵に笑う相棒がいる。




