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創立祭当日は言うほどミュラー商会の仕事はない。それもあって結局フランツは当日に関しては休みを貰い、明日以降返却される服の仕分け作業の方に来て欲しいと請われていた。アルフォンスはとりあえず午前中だけと言われている。
舞踏会は夕方以降であるのだが、朝から倶楽部やサロンの展示物、武芸大会等様々な出し物があるので、舞踏会用の衣装は余程の事情がない限りは前日までに引き取りに来るのだ。なので、当日はどちらかと言えば不備などがあった時用の対応がメインとなる。
創立祭は学園の生徒もだが、保護者等も招待状があれば見学できるようになっているので、恐らく学園の馬車止めは混雑しているだろうとぼんやりとアルフォンスは服の返却時に使用する籠と番号札をセットにしていった。
同じ作業をしていた男にアルフォンスは声をかけられる。
「君は当日出し物はないの?」
「クラスメイトとの自由研究だから、当日は展示だけ」
生徒は何か一つは出し物に関わるように言われているので、アルフォンスは事前準備ですむ自由研究に混ぜてもらうことにした。とはいえ、混ぜてくれと声をかけてくれたのは武芸大会を取りやめたフランツなのだが。
クラス全体でという出し物はないのだが、有志のメンバーでの自由研究は比較的多い。そして女生徒であるなら、刺繍などの手作り品をバザーに出すなど、基本申請を出せばそれなりに自由なのだ。
武芸大会や音楽会等毎年必ずある出し物以外は、屋台が出たり、演劇があったりと年度によって違うので、それを楽しみに来る保護者も多い。
「へぇ」
「来年は武芸大会に出るけど」
「あ、騎士志望?頑張ってね」
武芸大会が騎士団の青田買いの場所だと知っているのだろう、男はそう言うと愛想よく笑う。それにアルフォンスは小さく頷いて自分の手持ちの作業を終えた。
「お疲れ様。今からでも創立祭間に合うんじゃない?」
昼を少し回った所で、男も昼休憩をとるのだろう、入れ替わりでやってきた面々に作業進捗表を渡す。
「あ、ヒルダ様来てたよ」
「ヒルダが?」
「休憩室でお茶飲んでた。君の事学園まで送るって」
恐らく午前中で仕事が終わるとヴォルフ辺りから聞いていたのだろう。わざわざ迎えに来てくれたのかと早足でアルフォンスは休憩室に向かう。
「終わったかしら」
「うん。でも創立祭は別にいかないから」
「そうなの?じゃぁ寮に帰る?」
「昼食食べたら帰る」
「じゃぁ一緒に食べましょうか」
そう言うとヒルダは立ち上がりアルフォンスに視線を送る。小さく頷いたアルフォンスの反応に満足して、彼女はさっさと馬車の方へ歩いていった。
そして馬車に乗り込んでヒルダは御者に指示を出すと、ストンと座り小さなカバンをゴソゴソと漁る。
「はい。当日になっちゃったけど」
「……間に合わせてくれたんだ」
「久しぶりだから捗らなくてね。でもちゃんと間に合わせたわ!」
受け取ったハンカチをアルフォンスが広げれば隅に丸々とした朱雀の図案が入っていて、彼は口元を綻ばす。
赤い色とはこんなに種類があるのかとアルフォンスはぼんやりと考えながらその朱雀をそっと指でなぞった。
「真っ赤だと地味だと思って羽をグラデーションにしようとか思った一週間前の自分を絞め殺したくなったわ」
「綺麗だね」
「アリーセの方が上手よ」
「俺はヒルダの刺繍好きだけど」
「ありがと」
苦労したのもあり褒められれば悪い気はしなかったのだろう、ヒルダは満足そうに瞳を細める。そしてアルフォンスは丁寧にハンカチをたたみ直すと大事そうにポケットにしまった。
「お昼は何でもいいわよね」
「任せる。あんま好き嫌いない」
「いいことね」
そしてたどり着いたのは学生も比較的利用するレストラン。昼はランチなどもやっている上、普段は人気で並ばないと入れないのだが、今日は客が少ないようである。
「……創立祭に人が流れてるのか」
「そうそう。普段は並ばないと駄目だから面倒臭いのよねぇ」
それでも店内に入ればそれなりに客はいる。すみの二人席に案内されたアルフォンスは初めて来たのもありヒルダにおすすめを尋ねた。
「昼は日替わりランチが無難ね。今日は……鶏肉のソテー。デザートがついてくる」
「へぇ」
そして価格も比較的安価である。学生向けの喫茶店含めた店舗の立ち並ぶ区画なのだ。一本北に上がれば高位貴族御用達の高級店舗の立ち並ぶ通りがあるのだが、ヒルダは堅苦しいと余り寄り付かないし、そもそも出歩かないアルフォンスも余程のことがない限り行くことはない。
「あんまり外では食事しない?」
「学園か寮で食べることが多い」
「寮生はその方が安上がりよね。狂犬や赤狼は良いお店いっぱい知ってたけど」
「二人は寮じゃなかったの?」
「辺境伯の屋敷がこっちにあったから。赤狼なんて入学した時は寮に入ったのに、狂犬が入学早々問題起こして急遽辺境伯の屋敷の方にお目付け役として放り込まれたのよ」
「ヒルダは?」
「私はずっとミュラー伯爵邸」
学生時代から居候なのかと思いながら、アルフォンスは店員にランチを二人分注文すると不思議そうな顔をした。
「屋敷、ノイ伯爵家なら買えるんじゃないの」
「お父様が嫌がるのよ。領地に引きこもってたいのに屋敷あったら中央に呼ばれるって。今は私が中央の仕事もミュラー商会の仕事も引き受けてるけど、私もアリーセがいなかったら領地にいたいし」
「中央は嫌?」
「中央の魔具研究所が面倒臭いのよ。もういっそアイツら十年位ウチの工房に放り込めばいいのに。指導面倒臭い」
「ノイ伯爵家は天才肌だから指導に向いていないって工房の人言ってた」
「魔術刻印なんて必要なものがパッと浮かぶのよ!!子供の頃から人の刻印見て覚えるの!!わざわざリストなんかにしてないのよ!!」
言われてみればアルフォンスが討伐部隊で刻印を教えてもらう時も例えば授業で使うような教科書はなかった。皆その場で刻んで見せてくれるのだ。
映像記憶の魔眼持ちであるアルフォンスはそれを見て覚える事自体難しいと思ったことはなかったのだが、ヴォルフ等は比較的単純な形のものしか覚えていないと言っていたので、中央の魔具研究所の人間は苦労しているのだろう。
この様子では中央研究所が独自の魔具を作るのはまだ先だろうとアルフォンスは考える。となれば暫く魔具市場はノイ伯爵家・ミュラー商会の独断場となるだろう。それが何年続くかわからないが、天才フレムデ・ノイ伯爵は量産しないだけで新型の魔具は気まぐれに作っているらしいことはヴォルフから聞いていたので、彼が存命中はノイ伯爵家の地位は盤石であろう。
「ヒルダは忙しいね」
「まぁ、アリーセ程じゃないわね」
運ばれてきた食事をとるように促されたので遠慮なくアルフォンスは口をつける。それを眺めてヒルダは瞳を細めた。
「お腹いっぱい食べなさい」
「割と食べてる方だけど」
「赤狼のほうが食べるわ」
「あの人栄養全部筋肉に回してるんじゃないの」
高身長の上にがっしりしているのでひっそりとアルフォンスは羨ましいと思っていたのだ。アルフォンスは身長こそまだ伸びているのだが、筋肉のつき方がヴォルフとは違うようで、がっしりとした体型にはどう頑張ってもなれなさそうである。どちらかと言えば着痩せするグラナートの方が近い。しっかりと筋肉はついているのだが、どうしてもヴォルフと比べると細身に見える。
「貴方も大きくなるといいわね」
ヒルダの身長は女性の平均よりやや高い位なのだが、余りヒールのある靴を履かないので平均程度に見える。
「そう言えば来年も商会の手伝いするの?」
「多分。武芸大会には出るつもりだから当日は外すかもしれないけど」
「騎士団に入るならそうした方がいいわよね。最高学年でぶっつけ本番とか緊張しちゃうかもしれないし」
「グラナート様は最高学年だけ出て優勝したって聞いたけど」
「あの男は神経太いのよ。緊張してるところなんて見たことないわ」
呆れたようにヒルダが言うと、確かに、というようにアルフォンスは小さく頷く。ヴォルフほど接点はないのだが、組手の相手をする時やヴォルフの話を聞けば基本的に神経が太いのはわかる。元辺境伯令息という肩書もそれを後押ししているのだろう。
「来年も刺繍して欲しいんだけど」
「応援代わりに?」
「そう。知ってるんだ」
「アリーセがせっせと狂犬の為に刺繍してたわ。そんなの渡さなくても優勝しただろうけど」
「くれる?」
「そうね。貴方に婚約者ができなかったらね。できたらそっちに頼みなさい」
「その予定ないから。朱雀がいい」
「よっぽど好きなのね。来年なら時間あるし、貴方の家紋もできるわよ。多分」
多分、と言った事が可笑しかったのかアルフォンスは思わず口元を緩める。初めて縫う為に自信がないのだろう事を察して彼は口を開いた。
「朱雀の加護がいい」
「そう?」
小さく首を傾げるヒルダを眺め、アルフォンスは嬉しそうに笑った。
そして最後にテーブルに出されたのはデザート。
「あら、季節外れね」
「試験的に栽培しているものでして、余り多くは流通しておりません。小ぶりなものばかりですが」
驚いたようにヒルダが声を上げたのは、この季節には珍しいいちごのデザートだったからである。
それに店員は愛想よく返事をすると頭を下げてテーブルを離れた。
「確かに小さいわね」
ゼリーの中に閉じ込められているいちごは旬の時期に流通しているものより一回り小さいと感じてヒルダはじっとゼリーに視線を落とす。
「……通年で食べたいわ」
「魔具作れば?」
「え?」
「詳しくは知らないけど、王城には温室あるって聞いた。よその気候でしか咲かない花を咲かせる為に温度調整してるって。いちごが取れる温度調整してやれば通年で食べれるんじゃないの?魔具の素材によっては今の温室よりはコストマシになるかもよ」
温室は完全に貴族の道楽である。コストがかかるのでとてもではないが農作物に使えば割に合わないのだ。
けれど魔具であれば。そんな提案を聞いてヒルダはじっとゼリーを眺めたまま動かなくなる。
「……個人で食べる分だけならいけるかしら……大規模の温室になったら、壁全体に温度調節素材を張り巡らせるから割高になるし……そもそも普通の温室ってどうやって温度調整してるのかしら……狂犬なら知ってるかもしれないわね……」
「もしかしていちご好きなの?」
余りにも真剣にヒルダが魔具を作ろうとしだしたのでアルフォンスが問うと、彼女は大きく頷いた。
「かわいいし美味しいわ」
「……これも食べる?」
「いいの?」
「いいよ。割とお腹ふくれた」
嬉しそうに笑うヒルダを眺め、アルフォンスは己のゼリーとヒルダの前にさしだす。
「温室用魔具ができたらいちごを育てて貴方に一番最初に食べさせてあげるわ!」
「……楽しみにしてる」
アリーセ様より先なのか。それに少しだけ驚いたアルフォンスは、嬉しそうに瞳を細めた。




