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第四の魔女:消えた痕跡  作者: Test No. 55
第3卷下 - 政変編
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追記 幸運と知恵は反比例する(2)

挿絵(By みてみん)


 翌朝、淡い陽光がカーテンの隙間から差し込み、散らかった大きなベッドの上に斜めの光を落としていた 。

 エフェウェンは眉をひそめながら枕の山の中で目を覚ました。頭をハンマーで叩かれたような重苦しさがある 。二日酔いの苦痛に顔を歪め、指でこめかみを揉みながら、ゆっくりと身体を起こした 。

「ううっ……」彼女は低く唸った。世界がまだ揺れているような感覚だった 。

 彼女は無意識に周囲を走査した。動きは鈍いが、警戒心は十分だ 。壁の絵画は自分で選んだもの、窓辺のソファもオークションで競り落とした代物だ 。

 間違いない、ここは自分の部屋だ 。

 彼女の視線はベッドの反対側へ向いた。からだ。彼女は安堵のため息をついた 。見知らぬ男もおらず、一夜限りの過ちの後遺症もない。それは彼女にとって、頭痛よりも重要なことだった 。

「あんなに飲むなんて……」

 独り言を漏らし、疲れ切ったあくびをした 。

 ふと気づくと、身につけている服はシルクのパジャマに変わっていた。昨日のぴっちりとしたワンピースではなく、肌を滑るような柔らかな感触 。

「……どうやって帰ってきたのかしら?」

 彼女はまだ乾いた瞳を瞬かせた。記憶がすっぽりと抜け落ちている 。


 その時、ドアの外から聞き慣れたノックの音が響いた 。

「コンコンコン! 起きた?」

 甘く元気な声に、エフェウェンは肩の力を抜いた 。猫のように背筋を伸ばし、気怠げな声を漏らす。「んんん~~~」 。

 ドアが静かに開き、同年代の女性が水を入れたコップを手に、風のように軽やかな足取りで入ってきた 。

「エフェウェン様、やっとお目覚めですね」

 彼女は笑いながら、コップを差し出した 。

「頭が……痛いわ……」

 エフェウェンは額を押さえ、枕に寄りかかって顔をしかめた 。

「あれだけ飲めば当然ですよ。ほら、まずお水を」

 相手は呆れた様子で水を渡した 。

 彼女はそれを受け取り、一気に飲み干した 。冷たい水が身体に染み渡り、完全ではないものの、意識が少しずつはっきりとしてくる 。

「あなたが泥酔するなんて珍しいわね。昨日、一体何があったの?」

 エフェウェンは枕を抱え込み、吸い込まれるような柔らかいベッドに顔を埋めた。シーツに顔を押し付けながらも、その口角には隠しきれない笑みが浮かんでいた 。

「昨日は最高の気分だったのよ~」

 彼女は甘えるように言葉の語尾を伸ばした 。

 エプロン姿の女性は一瞬呆気に取られ、困惑から呆れ顔へと変わり、ため息をついた。

「……昨日、カジノで大儲けしたからってみんなを呼びつけて飲んだのはあなたでしょう」 。

 エフェウェンはガバッと起き上がり、朝露を浴びた猫の瞳のように目を輝かせた。その得意げな様子を隠そうともしない 。

「そうよ! 人生で初めてカジノで財を成したんだから! 考えてもみてよ、いつもは2回も勝てない私が、昨日はディーラーが絶望するくらい勝ち続けたのよ! お金を稼いで、気分がいい。なら、あなたたちを招待して一緒に祝うのは当然じゃない~」 。

 女性は無力そうに首を振った。

「あなたって人は……その浪費癖だけは本当に直らないわね」 。

「ちょっと、奢ってもらっておいて文句を言うなんて失礼しちゃうわ」

 エフェウェンは唇を尖らせ、いかにも自分が不当な扱いを受けているかのように理路整然(?)と言い返した 。

 言うが早いか、彼女は猫のように相手に飛びかかり、その腰元をくすぐった 。

「きゃあ! やめて、くすぐったい!」

 相手は不意を突かれ、笑いながら後退して彼女の手を振り払った 。 ベッドの上で笑い声が交差し、空気には温かく親密な気配が漂った 。


 昨夜のカジノが終わった後、エフェウェンは高揚感冷めやらぬまま、すぐに親友や仲間たちを呼び寄せて祝宴を開いた。次々とボトルが空き、笑い声が個室いっぱいに響き渡る。彼女自身も前後不覚になるまで飲み、最後には誰かに担がれて帰宅したのだった。

 今思い返せば、記憶は少し曖昧だが、その幸福感はまだ顔に張り付いている――幸運に選ばれ、そしてその喜びを友人と分かち合えたことへの満足感だ。

 ひとしきり騒いだ後、エフェウェンはようやくベッドから這い出し、パジャマの裾を掴んで裸足で木製の床に降り立った。洗面所へ向かい、無造作に冷水で顔を洗うと、歯を磨き、髪を梳かし、手短に身なりを整えた。

 裸足のまま、気怠げな足取りでリビングへやってきたエフェウェンは、あくびをしながら手近な椅子を引いて腰を下ろした。

 テーブルの上には、出来立ての朝食が並んでいた。トースト、スクランブルエッグ、ソーセージ、カットフルーツ、そして彼女の大好物である温かいミルク。その香りが部屋中に漂い、昨夜の二日酔いの残滓さえも追い払ってくれるかのようだった。

 彼女がカップを持ち上げ、最初の一口を味わおうとしたその時――。

「ドンドンドン!ドンドンドン!」

 ドアの外から、誰かが逃げ惑っているかのような、激しく切迫したノックの音が響いた。

 彼女が立ち上がるよりも早く、ドアが開け放たれた。簡素なジャケットを羽織り、鋭い眼差しをした若い女性が、息を切らしながら飛び込んできた。走り込んできたせいか、髪の毛が頬に張り付いている。

「はぁ……はぁ……大ニュースです!」

 彼女は息も絶え絶えに、驚愕に満ちた表情で叫んだ。

 エフェウェンは依然として悠々とホットミルクを啜りながら、軽やかな口調で言った。

「あなたも昨日、相当飲んだでしょう?こんな朝早くから報告に来るなんて、昇給でもしてあげたほうがいいかしら?」

 相手は言葉を返す余裕もなく、必死に呼吸を整えながら、急いで口を開いた。

「マーキス城で……政変が起きました!」

 その声は室内に石を投げ込んだかのように、漂っていたバターの香りと穏やかな空気を一瞬にして沈ませた。

 エフェウェンの持つ手がわずかに止まった。瞳に明らかな変化は見られなかったが、カップをテーブルに戻す動作には、先ほどまでの無造作さは消えていた。

「まずは一息つきなさい。」

 彼女の口調は、まるで朝食の塩を忘れたという知らせを聞いたかのように平穏だった。

 しかし、部下はもはや抑えきれない様子で、語気を強めて言葉を重ねた。

「クーデターを起こしたのは――裏で最強の勢力を持つマルコムです。彼は旧城主の統治を覆し、マーキス城全域を制圧しました。」

「マルコム……」キッチンにいた女性がエプロンを脱ぎながら、思案深げに呟いた。

「マーキス城の元の城主は……オットー・トムリンよね?息子は確か『サウスハンター』とか呼ばれている坊やじゃなかった?」

 エフェウェンはそれを聞きながら、一口大に切ったバターパンをゆっくりと口に運び、咀嚼した。口角にはわずかにミルクの跡がついている。

「ええ、その通りよ」彼女は淡々と応じた。

「サウスハンター……名前は何だったかしら?ラファエル?」

「はい、オットー・ラファエルです。」

 部下の女性が言葉を補った。

 エフェウェンは口の中のものを飲み込むと、微かな、しかし捉えどころのない惜別の念を込めて言った。

「彼は今不在なのよね。残念だわ、最近ようやくあの坊やといい『コンビ』になってきたところだったのに。」

 彼女の声は優しく、口調も穏やかだったが、その瞳には波紋ひとつなく、眉ひとつ動かなかった。その底知れぬ冷静さは、知らせそのものよりも背筋を凍らせるものがあった。


 三人はリビングに座り、朝食の香りがまだ漂っていたが、話題はすでに遠く離れたマーキス城の政変へと移っていた。エプロン姿の女性は真剣な面持ちで語り、ソファの端に座る部下は緊張した面持ちで、二人は断片的な情報を繋ぎ合わせ、まだ全貌の見えない陰謀のパズルを解き明かそうとしていた。

 しかし、そんな中、エフェウェンだけはまだ昨夜の余韻に浸っていた。

 彼女は背筋を伸ばして座り、サクサクのトーストを頬張り、ふんわりとしたオムレツを口に運び、さらにフォークでドレッシングのかかった生菜を刺した。テーブルの上の朝食は色鮮やかでボリュームたっぷり。それは今の彼女の心――満たされ、満足しきった状態――そのものだった。

 たとえ話題が「政変」であっても、彼女にとっては劇場の背景音に過ぎず、舞台の奥から聞こえてくる微かな喧騒のようなものだった。関心がないわけではない。ただ、彼女には彼女なりの深刻さの判断基準があった。「目の前に火が回っていないのなら、今すぐ井戸に飛び込む必要はない」というわけだ。

 豪華な朝食をすべて平らげると、彼女は気怠げに立ち上がり、長々とあくびをした。そして、空になった陶器のカップを手に、キッチンの方へ歩き出した。


 しかし、その時――。

「ちょっと!エフェウェン」エプロン姿の女性が突然声をかけた。その語気には、拭いきれない懸念が混じっていた。

「あなたの実家の商売、確かオットー家と関係があったわよね?」

 その言葉が発せられた瞬間、エフェウェンはまるでその場で一時停止ボタンを押されたかのように動きを止めた。

 足が止まり、瞳から光が消えて空白になる。手元の力が抜け、「ガシャンッ」という音とともにカップが絨毯の上に落ちた。陶器の破片が四散し、残っていたミルクが床を濡らす。温かかったリビングの空気は、一瞬にして凍りついた。

「大丈夫!?」

「足元に気をつけて!」 二人は同時に驚きの声を上げ、すぐに彼女の側に駆け寄った。

 だが、エフェウェンは床の惨状など目に入っていなかった。眉間に深い皺を寄せ、その瞳には鋭い光が宿っていた。深い眠りから突然叩き起こされたかのような豹変ぶりだった。

 彼女は数歩下がり、窓辺に立った。何事かをぶつぶつと呟きながら、指先で空中に見えない地図を描く。

「マーキス城……オットー家……ラファエルの出城……デューク城……父さんの商売……」

 彼女は目まぐるしい速さで断片的な情報を繋ぎ合わせ、呼吸は次第に荒くなっていった。目に見えない巨大な危機が、自分を飲み込もうとしているのを感じていた。


 二人が床の破片とミルクを片付け終えると、エフェウェンは突如として振り返り、二人の腕を掴んだ。その表情はかつてないほど厳粛だった。

「不味いわ……この件、私の方まで飛び火するかもしれない」

「お嬢様、何を仰っているんですか?どうして……」

 エフェウェンは答えず、部屋へと駆け込んだ。紙の上をペンが激しく走る音が響く。十秒も経たぬうちに彼女は戻り、エプロン姿の女性にメモを押し付けた。

「何としてでもこの人を見つけ出して。手段は問わないわ」

 そして、まだ呆然としている部下に向き直った。

「あなたは――金をかき集めて。商売の全リソースを現金化しなさい」

「どれくらい必要ですか?」

「分からないわ……とにかく、多ければ多いほどいい!駆動石ドライバー・ストーンに変えられるならそれでもいいわ!」

 彼女はまくしたてながら、二人を急かすように玄関へと押し出した。

「早く動いて、お願い!」

「バン!」と大きな音を立ててドアが閉まり、エフェウェンは一人、静まり返ったリビングに取り残された。

 彼女は割れたカップと、まだ乾かぬミルクの跡を見つめ、心に忍び寄る冷気を感じていた。

  「まさか……こんなに早く影響が出るなんて、あり得ないわよね?」

 彼女は自分を説得するように低く呟いた。

 彼女はソファに戻って腰を下ろした。両手を組み、指関節が白くなるほど強く握りしめる。窓の外の、遠く離れた空をじっと見つめながら。

「どうか、家の方が……無事でありますように」


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