前編
凛子さんの周りでは、たまに奇妙なことが起きる。
あおり運転をしてきた車がトンネルの壁に激突したり、職場いじめを受けていた会社が大地震で全壊したり。
ある意味では「天罰」なのかもしれない。
けれど、どの場合も必ず誰かが命を落とすのだ。
夫の翔太郎さんに相談しても「気にしすぎ」と軽くあしらわれるだけだったが、凛子さんの心の中には漠然とした黒い不安が広がっていったという。
三十五歳を過ぎたころ、体調を崩した翔太郎さんに肺ガンが見つかった。
高校生のころから翔太郎さんは丈夫さが取り柄で、どちらかと言えば凛子さんの方が病弱だった。
女癖が悪いのが玉に瑕だが、優しい人だ。凛子さんは、毎日欠かさず病院を訪れ、回復を祈った。しかし、その甲斐なく、診断から二か月後に亡くなってしまったのだった。
葬儀の後、入院生活を回顧していると、こんな会話が蘇ってきた。
「そのピアス、大事にしてくれているんだね」
「あなたからの初めてのプレゼントだもの。このモチーフの花、知っていたの? 」
「いや。分からないな」
「なんだ。『カランコエ』って言うのよ。花言葉は『あなたを守る』」
「そうか」
その時の翔太郎さんの愁い帯びた瞳を思い出すと、急に胸が締め付けられた。
「最近、体調が良いのは彼が身代わりになってくれたから? これまでの出来事も私を守ろうとして…」と。
翔太郎さんの死からしばらくして、怪異はぴたりとやんだ。




