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奴隷から始まる異世界マネーウォーズ   作者: 鷹司鷹我
帝都騒乱編
52/110

昔の話

 舞台は変わって、帝都の路地裏。そこには、銀白色の鎧を着た筋骨隆々の剣士と、その足下に二人のボロボロの冒険者達が倒れていた。



 倒れている冒険者の名前はエヴィルとレイモンド。二人とも金等級冒険者だ。そして本来なら彼らはいま、エヴォルダ教の本部に突入していなければならない。


 しかしこの通り、二人は本部に突入してダーラーンを無力化するどころか、たった一人の剣士によって逆に無力化されていた。





「・・・所詮この程度か。冒険者の実力など」


 銀白色の鎧を着た男は、足下に倒れる二人を見て言った。


 彼の名前はウェルゴーナス。元帝国戦士長であり、『銀牙』の二つ名で恐れられる帝国最強の剣士だ。





「・・・っ、がはっ!」


 倒れていたレイモンドは、口から血を吐き出した。そして、手を震わせながら立ち上がろうとする。


――――ゴッ!


しかしウェルゴーナスは無情にも、レイモンドの横腹に蹴りを入れ、彼が立ち上がるのを許さなかった。


レイモンドは再び地面に伏す。



「・・・・・・何故キサマらが負けたのか。それがわかるか?」


 ウェルゴーナスは地面に倒れた二人に尋ねる。しかし、気を失っている二人は当然答えない。



「・・・・・・わからんだろう? いや、わかるはずがない。己のためにしか戦わないキサマら冒険者に、わかるべくがないのだ」


 ウェルゴーナスはまるで、始めからそれがわかっていたかのように言った。その表情には、彼ら冒険者を見下していることが色濃く表れていた。



「金、名声・・・そんな物ばかりだ。冒険者が欲する物は。そんな薄汚れた心の持ち主が、俺のように正義感でのみ戦う人間に勝てる道理など無い」


ウェルゴーナスは「例え2対1だとしてもな」と付け加えた。







 前述したように、ウェルゴーナスは元帝国戦士長である。では何故、彼は今こうして帝国を混沌に突き落とすような事をしているのか?




 彼が帝国軍に入隊したのは、今からおよそ25年前のことだ。そのときの彼は、正義感に燃える若者だった。


『自分の力で、帝国に住む人々を救いたい』そんな純粋な正義感から、帝国軍に入隊したのだ。


 敵国と戦い、時には国民を脅かす犯罪者達と戦う帝国軍人。それはまさに、彼が持っていた『正義の執行人』の姿そのものだった。



 しかしそんな彼の幻想は、入隊するとすぐに打ち砕かれた。


横行する賄賂。犯罪の黙認。反逆罪と称した、無実の者達の処刑。


『腐敗組織』。その言葉がぴったりなほどに、彼にとって帝国軍は悪の巣窟だった。



 帝国軍に対する『正義の執行人』という彼のイメージはこうして打ち砕かれた。しかしそれでも、彼は帝国軍に居続けた。


 それは単に『自分が変えるしかない』という使命感からのことだった。そしてその使命感は徐々に『自分にしか変えられない』という、いわゆる『選民意識』へと変わりはじめる。



 なんとも運の良いことに、彼には恐るべき程の才能があった。彼はその才能と、惜しむことのない努力により瞬く間に地位を上げ、5年前、最年少で帝国軍戦士長となった。


ついに腐敗した帝国軍を変えられる。彼はそのことに歓喜した。


しかし、現実は甘くなかった。





『やってくれたな戦士長。まさか、我々の小遣い稼ぎを潰してしまうとは』


 彼が戦士長となって初めて行った麻薬組織の一斉検挙。その報告を国王におこなったとき、『よくやった』とお褒めになるに違いないと考えていたウェルゴーナスに与えられたのは、そんな予想だにもしない言葉だった。


わけがわからずに国王に聞き返したウェルゴーナスに、国王はため息交じりに答えた。


『そこの装飾も、そこに掛けられた絵画も、そのどれもが麻薬によって手に入れた金で得たもの。豪奢(ごうしゃ)な暮らしを行うには、金がいる。当然だろう? その金の調達先を、お主は潰してしまったのだ』


『なっ・・・そんな、ただ『豪奢な生活を送る』という事のためだけに麻薬を売り、国民達に不幸をばらまいていたのですか!?』


『国民は帝国の所有物。そして、帝国は我の所有物。それならば、我が自分の所有物をどうしようと問題なかろう?』


『・・・っ!』


『それとも、なにか不満でもあるのかウェルゴーナス? 戦士長でありながら、この国の王たる我に逆らうつもりなのか?』






 彼は勘違いしていたのだ。自分が帝国軍を統べる存在たる帝国戦士長にさえなれば、この腐敗した帝国軍を変えることが出来ると。


 しかし、それは違った。例え帝国戦士長となったとしても、その上にはまだ腐敗の根源があった。王という、この国の頂点にして、最たる悪が存在していたのだ。


 そしてその高みへと登ることは、どうやったとしても彼には出来ない。王になれるのは、王族だけなのだから。平民出身の彼には、決してこの国を変えることが出来ない。



 それまで『自分にしか変えられない』と考えていた彼にとって、それは何よりもショッキングな事だった。


 それまでに抱いていた『選民意識』が、大きな反動として彼の心にのしかかった。



 そうして全てに絶望した彼は、戦士長をやめた。


 自分には何も変えられない。自分には何も出来ない。その事実に、彼は耐えられなかったのだ。彼は引きこもり、ただ世界と自分を呪うようになった。



 しかしそんな彼の元に、その男が現れた。







『君は、自分が無力だと思うかい?』


『・・・・・・ああ』


『なんでそう思う?』


『・・・俺には力が無い。世界を変えられるだけの力が』


『そりゃそうだよ。世界を変える力がある人間なんて、この世界には一人もいないんだからね。君も、そして俺も、王様だって結局の所は世界を変える力なんて持ってない。僕らが持ち得る力、それは結局『世界に変わるよう促す力』だけだよ』


『・・・何が言いたい?』


『君は『自分には世界を変える力が無い』と言った。それはつまり、少なくとも君は『世界を変えたい』と思っていると言うことだ』


『・・・・・・』


『なら、変えようよ。世界を』


『・・・なに?』


『世界を変えたいなら、変えれば良い。直接でだめなら間接的に。世界自身が自ら変わるように促せば良い。それは、世界を直接変えることが出来ない君にも、そして俺にも出来るはずだ』


『・・・・・・』


『俺はこの世界を一度、メチャクチャにぶっ壊すつもりだ』


『・・・!』


『この世界に張った悪の根は、もう焼き払う以外にない。焼き払って、一度全てをリセットする以外には。リセットされた世界に新しく種を植える以外には、もう世界を良くする方法はない』


『・・・正気か? 本気でそんなことができるとでも?』


『狂ってるよ。バッチリね。でも、それがどうした? 狂っている奴にそんなことが出来ないなんて、誰が決めた?』


『・・・・・・』


『どうだい? 俺と一緒に、世界をぶっ壊さないかい?』


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