助け
瞬時に状況を理解できたのは、シャルーナだけだった。そして、シャルーナはすぐに目と耳を塞いだ。
今から約一週間以上前のこと。フォート、レイ、シャルーナの三人が、トロールを退治し終わった帰路でのことだ。
帰り道を歩いている最中、シャルーナは前を歩いていたフォートの矢筒の中に、見慣れない形をした矢がある事に気がついた。
休憩の最中に、フォートが確認のために取り出したその矢を見てみると、その矢の先には鉄の矢尻ではなく、何かの機械のような物が取り付けられていた。
ちょうど話すこともなかったので「暇つぶしに」とシャルーナはフォートに『その矢はなんなのか?』と尋ねた。
フォートは最初は教えるのを渋っていたが、それでも聞き続けるシャルーナに根負けして、それについて教えてくれた。
「これは、最新の魔法道具です。電気魔法を応用して、強烈な光と音を発生させる、閃光弾ですよ」
「閃光弾?」
「あ、わからないなら気にしないでください。まあ、相手の視覚と聴覚を奪う爆弾って所ですよ」
シャルーナは「面白そうだから、一回使ってみてよ」とフォートに頼んだのだが「高いからダメです」と断られた。
まさに、その閃光弾が取り付けられた矢が、いきなり部屋の中に飛び込んで来たのだ。
『視覚と聴覚を奪う』という発言を思い出したおかげで、シャルーナはとっさに目と耳を塞いだ。そして、そのおかげで彼女だけが部屋の中で唯一、目も見えたまま、耳も聞こえたままでいられたのだ。
「・・・っ! ダーラーン様!」
突然に周囲が認識不能の状態に陥り、リャンフィーネはとっさに叫んだ。彼女にとって最も大事なもの。それは自分ではなく、神であるダーラーンなのだから。
彼女は慌てて、近くにいるはずのダーラーンの姿を手探りに探した。
しかし、聴覚を奪われているダーラーンにはそんなリャンフィーネの心配は聞こえないし、そしてリャンフィーネも、ダーラーンの安全を確かめることは出来なかった。
ただ、シャルーナだけが全てを知覚できていた。
(今が・・・好機!)
シャルーナは力を振るう。立ち上がろうと足に力を入れた。しかし無情にも、足が動かなかった。ここまでのダメージの蓄積が、限界まで来ていたのだ。
千載一遇のチャンスを前に動かない体を、それでもシャルーナは動かそうと懸命に力を加える。拳を握りしめ、足の筋肉をこわばらせる。
しかしそれでも足は動かず、立ち上がれない。
「・・・っ、あああああああ!」
シャルーナは力を振り絞り、咆哮した。そして、
――――ドガシャァァァ!
いきなりに、部屋の扉が蹴り破られた。そして、
「私が来たんだよ!」
ドレス姿の女が飛び込んできた。しかし、シャルーナはその女の方を見て、目を疑った。
なんせ女は“目をつむっていた”から。
「光はもうない! 目を開けても大丈夫よ!」
シャルーナは、飛び込んできた女が『まだ閃光弾の効果が残っている』と考えて、わざと目をつむっているのだと判断して叫んだ。
しかし、ドレス姿の女はそれでも目を開けなかった。
「心配はいらないんだよ! ボクは目をつむって戦うのが好きなのさ!」
女はそう言って、前に向かって走り始めた。
「・・・!」
シャルーナは驚く。飛び込んできた女が、目をつむっているにもかかわらず、まるで見えているかのように、二人の敵の元へと直進していったから。そして、
「とりゃああ!」
――――ドガアアアア!
女は、リャンフィーネを強力なキックで吹っ飛ばした。あまりの威力に、リャンフィーネは
――――ドガッ! ドガッ! ドガッ!
と、数枚の壁をぶち破って、退場していった。
しかし、女の攻撃はそれだけでは終わらなかった。女はそのまま、体を『クルリ』と回転させて、ダーラーンにもリャンフィーネと同じく、攻撃をお見舞いしようとしたのだ。
しかし、
「竜王の息吹!」
――――ゴオオッ!
ダーラーンの詠唱の直後、彼の周囲から強烈な熱風が発せられた。あまりの熱に、女は攻撃をやめてすぐさま間合いをとる。
「あちちち、危なかったね。あともう少し近かったら、焼き肉になっていたんだよ」
女は僅かに火のついたドレスをはたいて鎮火すると、焼け焦げたスカート部分の先を、
――――ビリリ
と破りとった。女の白く、美しい生足が露わとなる。
「あーあ、気に入ってたのになあこのドレス。ま、借り物だから良いんだよ」
そんな、ドレスの貸し主のことを微塵も考えない発言をすると、女は破りとった布きれを『ポイ』と捨てつつ、後ろのシャルーナの方を振り返る。このときようやく、女の青い瞳が見えた。
「君がシャルーナだね? ボクはウラウ。金等級冒険者のかわいい女の子だよ」
「な・・・」
シャルーナは息を飲み込む。記憶が正しければ、このウラウという女は“突入班”ではなく、“捜索班”だったはずだ。にもかかわらず、彼女は今ここにいる。
「なんで助けに・・・? なんで・・・」
「君の仲間が、君たちのピンチに気がついたんだよ」
「仲間・・・フォート君が!?」
シャルーナの問いに、ウラウは頷いた。
「君は良い仲間を持っているんだよ。君がピンチとわかると彼はすぐに、僕たちに助けを求めたんだ。金等級冒険者なのに、他人に助けを求めることが出来るなんて、彼はよっぽど仲間思いの奴なんだね」
「・・・・・・」
「『仲間が死にそうなんです!』って、彼はあたふたしていたんだよ。君にも見せてあげたかったよ」
「・・・はは」
シャルーナは、依然として不利な状況であるにもかかわらず、思わず吹きだしてしまった。
自分の心配をして慌てふためくフォートの姿。その様子を想像すると、とてもうれしく、そしてむずがゆかった。
「・・・なるほど、どうやら一筋縄ではいかないようだ」
ようやく視覚と聴覚を取り戻したダーラーンは、そうつぶやいた。
2対1という圧倒的に有利な状況から、一瞬のうちにリャンフィーネと分断され、そして逆に1対2の不利な状況に陥ってしまった。
かろうじて『竜王の息吹』によって、致命的なダメージを避けることは出来たが、それでも問題はまだあった。
ダーラーンは『竜王の息吹』の使用によって、体温の急激な低下を起こしていたのだ。
全盛期の彼ならば問題なく使用できたこの技も、年老いて廃熱と吸熱を上手く制御できなくなっていた今の彼では、とても連続での使用など出来ない。
そして、今の低温状態で使用できる魔法は限られている。そのため彼は今、かなり不利な戦いをしなければならなくなっていたのだ。
しかし、それはシャルーナも同じだった。かろうじて魔法を使うことは出来るが、それでも蓄積されたダメージは大きく、少し動くのがやっとだった。
そしてウラウがいるとは言っても、ウラウの戦闘型は先ほどの攻撃を見る限り物理型。そうなると、魔法による遠距離攻撃を得意とするダーラーンの相手は、相性的に不利だった。
以上の点を総合すると、勝敗は五分と五分。少しの運次第で、どちらが勝っても不思議ではない。
しかしそんな状況で、シャルーナは顔に笑みを浮かべた。そして、フラフラと立ち上がる。
「大丈夫なのかな? そんなにフラフラして。なんなら、ボク一人で戦っても良いんだよ?」
ウラウの心配に、しかしシャルーナは笑って言った。
「大丈夫よ。これだけ心配されてそれなのに戦わないなんて、フォート君に顔向けできないもの」




