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36:これがこの学園の日常……だったかなぁ?







 夏休みが終わってから、一か月。

 すっかり残暑もなりを顰め、今日から制服が夏服じゃなく冬服になる。

 久々の学園生活に、戸惑っていたけど、段々慣れてきて以前と同じ様に生活リズムが整ってきた。

 ……のは、いいのだけど私は違和感を覚えていた。

 なぜかというと、例えば、休み時間だ。

 気が付くと休み時間に教室に鶴織がいて、私に話しかけている。そして、その隣には必ず鴉渡もいて、二人は何かと険悪な空気を発しているのだ。喧嘩するなら私を巻き込まず、教室外でやって欲しい。

 それから、時々だが、白鳥先輩に昼食に誘われてたりする。すると、必ず鶴織やら鴉渡がついて来て、私達四人で昼食をするのが多くなった。

 鴉渡はクラスメイトだから、いいとしてなんで気づくと鶴織がいる?

 私を抱き枕として必要なら、休み時間に近づいたとしてもあんまり意味がないだろうに。それに白鳥先輩もなんなんだろう? お礼ならあの至高のプリンアラモードで十分お釣りが来ると思うんだが。

 そんな違和感を覚えつつも、だいぶ体も慣れてきたなぁ、と油断していたら……熱を出しました。

 

「香波濠、もうすぐ保健室だ」


「ああ…」


 授業中に異変に気付いた鴉渡によって、私は保健室に運ばれていた。

 鴉渡はいつかの私にしたようにお姫様だっこをしようとしたんだけど、断固拒否し、肩を貸して貰うので妥協して貰った。なんだか納得してない様子だったが。


「失礼します」


 鴉渡が言いながら、保健室の扉を開く。

 そこには、いつものように梟首がいた。

 が、いつもと違う事があった。


「香波濠くん! どうしたの」


 なんと、梟首が、入って来た生徒を心配するかのように、机から立ち上ったのである。

 え、と驚いていると、鴉渡もちょっと驚いているらしく、目を瞠っていた。が、すぐ我に返り事情を説明してくれた。


「熱か~。じゃあ横になって熱測って。薬はこれと、これと、これがあるけど、アレルギーとかない? 大丈夫?」


 いや、お前が大丈夫か?

 と、私は思わず聞き返してしまいそうになった。

 だって、あの梟首が、普通の保険医みたいだ。しかも親切な保険医って感じで、こちらを覗き込んでくる。

 いつもは本ばっか読んでて、生徒が熱を出してもケガをしてても机から立ち上がりもしない、非常識の塊が、普通の対応をしているだと…?

 これはどういうことだろうか。

 何かこの世界でバグでも起きたのだろうか?

 いや、私が前世の記憶を思い出し、ゲームの主人公がこの学園に来ない、という時点でバグだらけなのだが、私以外の攻略キャラにこんな著しい変化が出たのは初めてだ。

 ……そういえば、この梟首の反応、ちょっとゲーム内の梟首ルートに似てるな。確かあれは、純愛ルートの終盤だったか。

 本や知識以外にも興味を持てるようになり、人に対する接し方が変わるという場面だった。ゲーム内でも彼はやっと保険医として正常に生徒と接するようになり始める…という感じだった。

 あれ、もしかして、夏休み中に梟首を攻略しちゃった人がいるの?

 その割に梟首の純愛ルートで起こる香波濠ハカナの難病発症のちに死亡というシナリオが起こっていない。

 ベッドに横になりながら考えるけど、熱のせいかあんまり思考が回らない。


「大丈夫か?」


 鴉渡が心配そうに私を見下ろし、髪を撫でる。子供じゃないんだから、と思うが心配されていると思うとちょっとくすぐったい気分で、好きなようにさせていた。


「ほら、病人が眠れないでしょ~。鴉渡は授業に戻りなよ~」


 そう言って鴉渡を保健室から追い出す姿は、正しい保険医、といった所でちょっと感動しそう。

 私は二人の視線が逸れている間に、さくっと脇の下に体温計を差し込んだ。ワイシャツの下にある胸を隠しているベストなんて、見られたら怪し過ぎるからね。

しばらくそうしていると、ピピッと体温計が鳴る。


「熱は何度~?」


 こちらに近づいて来る梟首に慌てて、体温計を抜き取って手渡す。


「ああ、七度八分か~。薬はこれでいい? ほら、お水だよ~」


「……ありがとうございます」


 上体を起こして梟首が手渡してくれた水と錠剤を受け取る。薬と一緒に飲んだ水は冷たくて、気持ちがいい。

 

「薬を飲んだら、大人しく寝てなさいね~」


 空になったコップを返して、横たわる。

 怠い。体も熱くて気持ち悪い。

 小さく唸っていたら、額に冷たい感触があった。

 うっすらと目を開けると、氷嚢が当てられていた。

 

「気持ちいいでしょ?」


 頷くと梟首が菫色の瞳をうっそりと細めている。なんだか、機嫌がいい様子だ。

 

「しばらくこうして着いていてあげるから、安心して寝てていいよ」


 甘やかすような囁きが遠ざかっていく。

 薬が効いて来たみたいだ。私は訪れた眠気に再び瞼を閉じた。





「あ、起きたね~。熱、だいぶ下がったよ」


 私が目を覚ますと、明るかった保健室には明かりが点いていた。

 ベッドの右脇には、椅子に座った梟首がいて氷嚢を持っている。


「先生……僕どのくらい寝てたんですか」


「そうやなぁ。まぁ三時間くらいやろか」


「! いたのか」


 ベッドの左脇には、鶴織が椅子に座っていた。

 どうやら二人とも私に着いていてくれたらしい。……けどちょっと大袈裟過ぎやしないか? ありがたいけど。


「ずっと着いててくれたのか?」


「まぁ…そうやな」


「鶴織はまた授業サボりに来たんだよ~。危うくまた香波濠くんを抱き枕にするんじゃないかって気が気でなかったよぉ」


「……香波濠ちゃん、なんでジト目なん」


 サボりの鶴織+保健室、とくれば自然と身の危険を感じない訳がない。私の冷たい視線に鶴織が情けない表情になる。いつものはんなりチャラ男っぷりが台無しだぞ。

 

「俺かて眠くて香波濠ちゃんを抱き枕にしよかとも思ったんやけど……我慢したんよ? それに、一人で寮に帰らせるんも心配やったし」


 グズグズと鶴織が零す。

 いやいや寝てる人を抱き枕にしないのは、我慢でなく普通の事だからね。


「別に鶴織が残ってなくても、いざとなったらボクが寮まで運んでいけるからいいのにねぇ」


 ケラケラと梟首が笑う。何がおかしいのか、ちょっと解らない。

 

「まぁ、でも熱が下がって……「触らんといて」…ちょっとひどくない? 熱を測ろうとしただけなのにぃ」


 私の額に伸びた梟首の手を、鶴織が叩き落とした。


「そもそも何なん? いつもは病人が来ても全然気にせぇへんあんたが、香波濠ちゃんにはなんで、普通の保険医みたいになっとるん?」


「ボクだってたまにはちゃんと仕事します~。理事長が怖いからねぇ」


「……はぁ。もうええわ。俺、香波濠ちゃんと帰るわ」


 なんだかギスギスした空気の中、鶴織に促されて立ち上がる。

 

「じゃあね、香波濠くん。無理しないでね~」


 ひらひらと梟首が手を振って笑っている。胡散臭い笑顔に見送られながら、保健室を出ようとした私は、確かに見た。

 ……梟首がいつも座っている机の上に、携帯ゲーム機があるのを。

 おいおい、仕事中にゲームしてたのかよ。しかも、あれ、夏休み中に会った時に私が熱く語ったちゃったゲーム機じゃないか。てっきり引かれたと思ったけど、布教に成功しちゃったよ。はははは。でも、仕事中はダメ、絶対。

 そんな事を考えながら薄暗い廊下を鶴織と歩く。

 ちょっとニヤけそうな私とは対照的に鶴織はなんか不機嫌だ。そういえば、夏休み前からなんか、学校で会うとこういう事が多い。寝不足でストレスでも溜まってるんだろうか。はっ! そうなると、いよいよ禽を使った実力行使での抱き枕にされる!?


「……香波濠ちゃん」


 内心怯えている私に気付いたのか、鶴織が歩みを止めた。

 ヤバイ。そろそろ奴の眠気の限界か、と構えた所、鶴織は踵を返して走り出した。


「すぐ戻るから! ちょお待っててな!!」


 そう言って走り去ってしまう。廊下に響くのは荒々しい足音と、ピシャリと響いたどこかの部屋の扉の音。

 …なんだろうか。

 熱は下がったけど、ちょっと気怠いので壁に寄り掛かって鶴織を待っている。

 が、五分程しても戻ってこない。

 どうしたものか。もう先に帰ってしまおうか、そう迷い始めた時、「香波濠くん…?」と誰かに呼び掛けられた。

 振り向くと、薄暗い廊下に、白鳥先輩が立っていた。右手に鞄、左手にヴァイオリンケースを持っている。


「先輩……こんな時間まで部活ですか」


「香波濠くんはどうしたんだい?」


「ちょっと熱があって、さっきまで保健室で寝てたんです。今帰る所で……」


「それはいけない。ほら、僕に捕まって」


「え? はい」


 白鳥先輩が右手に鞄とヴァイオリンケースを持って、左肩を貸してくれる。先輩に寄り掛かったまま歩き出そうすれば、背後から荒々しい足音がした。


「はぁはぁ…待っとってて言うたやん」


 肩で息をする鶴織の手には、二つの鞄が握られていた。

 ああ、私と自分の荷物を取りに行ってくれていたのか。


「悪かった。その、なかなか戻ってこないから」


「先輩もそれ、俺が代わりますわ」


「いや、せっかく通りがかった舟だからね。君も鞄を二つも持っているし」


「先輩やて、二つ持ってますやろ」


「僕は慣れているから、平気だよ」


 それ、とは肩を貸す行為の事だろうか。

 しかし意外だ。鶴織が先輩後輩の上下関係をこんなに気にするとは。

 確かにここは、先輩に肩を借りるより、同級生の鶴織に肩を借りた方がいいのかもしれない。


「先輩、ありがとうございました。鶴織、僕の鞄を寄こせ」


「大丈夫か? 思ったより長く待たせて堪忍なぁ……ほら、掴まったって」


「じゃあ、先輩、さようなら」


「ほな」


「あ、ああ。……気を付けてね」


 そうして私達と白鳥先輩は廊下で別れた。

天翼学園の寮は男女はもちろんの事、学年ごとにも分かれている。私達が向かうのは南の昇降口で、寮に向かうのはそこからが一番近い。しかし、先輩が向かうのは東の昇降口だ。二年の寮はそちらが一番近いのだ。だから、わざわざ先輩を遠回りさせるより、同じ学年の鶴織を頼った方が効率的だ。


「鞄取りに行くにしては、遅かったな」


「んー? ちょいと野暮用があったんよ」


「野暮用って…?」


「あ、香波濠ちゃん、そろそろ寮に着くで」


「そうだな」


 こうして鶴織に寮の部屋の前まで送って貰った私は、翌日も微熱の為、大人しくベッドの住人となった。まぁ片手にゲーム機を持ってだけど。

 その次の日、寮の部屋を出るなり、朝練を終えた鴉渡と、鶴織に一緒に教室まで行こうと誘われて三人で登校した。

 昼休みには気付くと白鳥先輩がいたり、体調が悪い訳でもないのに梟首がちょくちょく顔を見に来てくれるようになった。

 ……あれ?

 私って、ボッチで毒舌な男装キャラでしたよね?

 学園生活ってこんな、騒がしい物だったけ?

 私は自分の置かれた状況にようやく気が付き、愕然とした。




夏休みという安心期間?があった為、

かなり楽観的な性格に磨きがかかっているハカナですが

ようやく、今の状況の異様さに気が付きました…!(おそい)





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