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58話 おやすみ、また明日



「はっはっは! お前も物好きだね。いいよ、おいで。」

アネスト卿は笑って手招きしてくれたので、お言葉に甘えてベッド脇のいい位置に陣取った。


 アネスト卿の体はその歳を刻むようにしわや血管が浮き出ていたが、たるみなんて一切なくそこらの若い奴よりも綺麗な筋肉が盛り上がっていた。

体のところどころについている傷痕がまた色っぽい。

俺はため息をつきながら惚れ惚れと見とれた。

それは、若い奴にはけっして作り上げることのできない、深い年月をかけてこそ出来上がった芸術だった。

「あぁ…、俺もこんなふうに歳をとりたい…。じぃちゃ…アネスト卿は着やせするタイプなんですね。」

ついうっとりとした声が出てしまう。


「はっはっはっは。あんまり人前でそんなこと言ってると、じいちゃん泣いてしまうぞ。」

「はふぅ~、じいちゃ…アネスト卿が人前で脱がなきゃこんなこと言いませんよ…、いや、いっそのこといつも脱いでそのすばらしい肉体を拝ませてもらえたら…。いやいや、こんな芸術品を惜しげもなくさらしちゃいかんか…。二人きりのときだけ、常に脱いでおくとか…」


「はっはっはっは。じいちゃん、ほんとに泣くぞ…」

あれ、アネスト卿の顔がじゃっかん引きつってるか?

俺、なんか変なこと言ったかな?

使用人は気にせずにもくもくと体を拭き続けているので、気のせいだろう。



 全てを終えた使用人は、桶と布を持って退室した。

アネスト卿が就寝用の白いシルクのローブに腕を通し、ボタンを留めるたびに隠れていく筋肉を名残惜しく見送った。



「さ、待たせたね。おいで。」

「えへへ、お邪魔します。」

俺はなんだか照れ笑いをしながらベッドによじのぼった。


 大きいベッドなので、大人が3人は余裕で寝れる大きさだ。

なんだか柄にもなく緊張して、アネスト卿と少し間をあけて横になった。

アネスト卿はそんな俺をみて、ふっと笑いながら手をのばして俺の頭を軽く撫でた。

「おや、いい匂いがするね。…これはバラか、ずいぶん質のよい香りだ。」

「えへへ、なんか持ってきた荷物の中にたまたま紛れ込んでたので、ちょっと使ってみました。」

「ほぅ、これはロイス邸のかな? さすが、王都はしゃれているね。」


 俺は頭を撫でられる気持ちよさに、しぜんまぶたが閉じてしまう。

「…クランとして傭兵団で働いたときに、もらったものなんです。」

「そうか、お前はこの小さな体になってもしっかり働いているんだな…。えらいね。」

「えへへ…」


 頭を撫でる手が気持ちよくて、そのまままぶたが開かなくなる。

まだ起きてアネスト卿と話がしたくて、アネスト卿のほうに寄ってみる。

アネスト卿もなにか香水をつけているのか、爽やかないい匂いがした。

「…わしはね、娘夫婦の息子は、野盗になったと思っているんだ。」

「ふぇ?」

アネスト卿は俺の長い髪をゆっくりと梳きながら、独り言のようにささやいた。

俺は半分ゆめの中だったので、間の抜けた声で訊きなおす。


「馬車が転落したのはただの事故だが、発見までに死体荒らしにあったようでな。金品が無くなっていた。赤子は生きていて、そのもの達に連れて行かれたのではないかと思っている。」

一生懸命アネスト卿の顔を見ようとするが、もう自分の目が開いているのか閉まっているのかすらわからない…。


「…だから…まえが……で見つか……きせきも…………」

アネスト卿の声がよく聞き取れない。

あぁ、…まだ…はなしが、したいのに…。



 そこで俺は眠ってしまった。

頬をなでるアネスト卿の手を感じながら…。




 眼を覚ますと、俺はアネスト卿にしがみついていた。

見上げると俺を見つめるアネスト卿と目があう。

「…おはようございます…。なにを見てたんですか?」

「おはよう。お前の寝顔を見ていたんだよ。」


 ぐふっ、なんか甘いな…。

なんだか顔が熱くなるのを感じながら、アネスト卿を見る。

いつもキチッとまとめている髪がほつれ、ローブの胸元が少しはだけており、大人の色気が漂っていた。

少し目元が赤いような気がしたが、気のせいだろうか。



 少し身支度をして、給仕つきの朝食をふたりでとる。

昨夜も狼の襲撃はなかったそうで、今日の昼過ぎにここを出発することが決まったそうだ。

俺はもそもそと食べながら、アネスト卿ととうとう別れるのだと寂しい思いでいっぱいだった。


「クラン、食欲がないのかね?」

いつのまにか手が止まっていた俺に、声がかけられる。


「…今日の昼で…アネスト卿と…お別れなんですね…」

思ったより沈んだ声になってしまった。

こんなつもりじゃなかったのに。


「クラン…」

あぁ、こんな声じゃ心配するよな。

くそっ、アネスト卿と一緒なんだ、楽しく食べたいのに。



「……クラン、お前さえよければ、一緒に暮らさないか?」

アネスト卿のためらうような声が耳に届いた。


 俺はうつむき、即座に首を横にふった。



 実はアネスト卿と一緒に暮らすことを、ちっとも考えなかったわけじゃない。

正直今の言葉にもかなり心が揺れた。


 だけど俺の拠点は王都だ。

俺は王都の傭兵のクラインだ。

ここを譲ってしまうと俺は、自分がなんなのかわからなくなってしまう。

だからこそ、迷いをふっきるようにすぐに返事をした。


「…そうだな、お前に失礼だったな。悪かった。」

アネスト卿の顔を見るのが怖くて顔をあげることができない。

俺は顔を伏せたまま、アネスト卿は悪くないのだとさっきよりも激しく首をふった。


 ふっと息を吐く音が聞こえた。


「お前には悪いが、こんなジジィとそんなにわかれたくないと悲しんでもらえるとは、嬉しいもんだな!」

俺の思いが伝わったのか、アネスト卿は口調を一転して明るく言った。


「なぁ、クライン。」


 聞こえるか聞こえないくらいの小声で囁かれ、俺はおもわず顔を上げてアネスト卿の顔を見た。

アネスト卿は、いたずらが成功したとばかりに笑って俺を見ていた。


「クラン、昼までわしと散歩しようか。」

「え? でも…まだ動き回っては…」


「大丈夫! 準備ができたら玄関で待ち合わせしようかね。」




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