30話 傭兵幼女と男装令嬢
「では、今日はクラン殿をお借りしてもよろしいだろうか?」
「クランは今日一日休みでしたね…。待機所で無駄に時間をつぶすより、クラインの代わりにエアリアス殿をエスコートして差し上げたらいかがですか?」
「おまっ!何勝手なこと言ってんの!!」
貴族のお嬢さんや平民街の女たちが黄色い歓声を上げそうな笑顔でキースが俺に微笑む。
エアリアスは…キースの笑顔なんて一切見ずに、俺のほうをガン見している…。
やっぱお前って何かずれてるよな…。
エアリアスは姿勢よく俺のほうにツカツカと歩いてくる。
そのまま俺の隠れる椅子の前でしゃがみこむと、先ほどのキースに負けないくらいの笑顔で俺に手を差し伸べてきた。
「お嬢さん、今日一日、私と一緒にお付き合いねがえませんか?」
…何かかっこよくないか?…、お前…。
俺はエアリアスの笑顔に気おされ、自然に差し出された手をとってしまった。
奴は俺をそっと椅子の下から引き出すと、胸元から絹のハンカチを取り出し俺の身体についたほこりを払ってくれた。
「クラン、デートにその格好ではなんですから、着替えてきてはいかがですか?」
キースがにこやかに俺たちを見ながら声をかけてくる。
お前、わざとなの?天然なの?
「私は今のままでも十分愛らしいと思うが、私と出かけるためにわざわざ準備をしていただけるというなら、この世に私ほど幸せな者はいないでしょうね。」
エアリアスが男前な笑顔でさらっと言いやがる。
お前、わざとなの?天然なの?
そのセリフ、いつか女を口説くときに使わせてもらおう…。
いや、そうじゃなくて。
「…着替えてきます…。」
俺は二人の無駄にキラッキラな笑顔に見送られて、自分の部屋に戻っていった。
「髪は俺に任せろ!」
とぼとぼ歩く俺の背中に、グレンの能天気な声がかけられた。
俺は持っている服の中で一番上等と思えるピンクの生地に控えめなレースの服を選んだ。
もちろん奥さんの特製品だ。
あと、よく貴族のお嬢様がかぶっているような何のためにかぶるのかわからないレースビラビラの帽子を選んだ。
服も帽子も奥さんが、「大事なときに着てちょうだいね!」とウインクしながら手渡してくれたものだ。
なんだかいいとこ貴族のキースとエアリアスに見送られたためか、手抜きの格好じゃいけないような気がして奥さんのお勧めを選んだ。
いつからか知らない間に部屋に置かれていた姿見の前に立ち、おかしなところはないか念入りにチェックした。
「…お待たせしました。」
広間に行きグレンに髪をセットしてもらおうと声をかけたが、「こんなお嬢様の格好にあう髪型なんて、俺にはできねぇよ!」と断られてしまった。
俺なんてもっとできねえよ!
二人でうんうん悩んでいると、俺が来たことに気付いたエアリアスがやってきた。
「すばらしい!まるで花の妖精のようだ。」
うぅ、お前の笑顔がまぶしすぎて平民の俺には直視できないぜ…。
グレンのバカがエアリアスに、髪型が決まらないことを相談しやがった。
エアリアスは甘い笑顔を俺に向けると、俺の髪をひとすくいしてあろうことかそのまま髪に口付けしてきやがった!
何でそんなサマになってんだよ、お前!
「この夜の漆黒のような髪は、ただそれだけで美しい。どのような飾りもこの髪の前ではくすんでしまうだろう。ありのままにたゆたう姿が私は美しいと思うよ。」
周りの連中から「すげぇ…」という声とため息がほうぼうから聞こえてくる。
俺たちがやっても寒いだけだもんな…。
だけど俺にも注目が集まっちゃてるんだよ!
俺は集まる視線にいたたまれなくなり、俺を微笑みながら見つめるエアリアスの手をつかんでさっさと傭兵団の本部をあとにした。
何かヒューッという声と「うまくやれよ!」という声が後ろから聞こえたような気がした。
いや、何をうまくやるんだよ!
「んで?どこに行くんだ?」
「ふふっ、そうだね。こんな素敵な妖精さんを連れていくのはどこがいいかな。」
「…もう、そんなまわりくどいのはいらないんです。私は貴族のお嬢様じゃありません!」
お貴族様のめんどくせぇ話し方にイライラしていた俺は、率直に苛立ちを隠しもせず言った。
エアリアスは一瞬きょとんとして、そしてすぐに笑った。
それはさっきまでの気障な笑い方ではなくて、何か…その…素朴な女の子のような笑い方で、俺は不覚にもドキッとしてしまった。
「そうだな、クラインも何も飾らずにありのままの魅力を見せてくれる男だ。その妹であるあなたにこの接し方は失礼だったね。謝罪しよう。」
そう言うなりエアリアスの奴は俺に頭を下げてきた。
「ちょっと!そこまで言ってないでしょうが!頭を上げてください!!」
周りから見たら、貴族の男が小さな女の子に頭を下げているのだ、どんだけ異様な光景だよ!
「そうだね、せっかくのデートなんだからここまでにしよう。」
あぁ、そこはそのままなんだな…。
「この先に少し気になるカフェがあってね。私ひとりで入るには勇気がいるから、君に付き合ってもらいたいんだ。いいかな?」
エアリアスはいたずら気な笑顔でウインクしてきた。
俺がうなずくと、エアリアスは俺に手を差し伸べてきた。
あれだ、貴族のお嬢様にするエスコートってやつだ。
俺はお上品に手を重ねることはせず、グッと奴の手を握った。
エアリアスは嬉しそうに握った俺の手を見て、そっと握り返してきた。
俺とエアリアスはそのまま馬車に乗らずに、手をつないだまま歩いて移動した。




