29話 デートのお誘い
「クラインッ!!今日の私はひさしぶりの非番なのです!さぁ、今すぐ、私とデートしましょう!!」
傭兵団の本部に、低めの女の声が響き渡る。
広場にいた野郎どもや依頼に来た一般市民が、残らず声の主に注目した。
その女は貴族の男物の服を着ていたが違和感は無く、引き締まった長身の身体にはよく似合っていた。
なぜか顔が赤いが、すっきりとした切れ長の瑠璃色の眼、年頃の女性がするような紅もつけていない薄い唇、ダークグレーの髪は簡素な紐で固く結い上げている。
飾り気の無い女だが、身にまとう硬質な雰囲気と内面から滲み出す華やかさが不思議な魅力をだしていた。
そして特に目をひくのが、男物の服をこれでもかと押し上げる胸である!
貴族の子息として十分通用するのに、その部分だけが女であることをこれでもかと主張している。
それはそこ以外が全て禁欲的に統一されたことで、むしろ女の魅力を解放したらどんだけ凄いんだろうと想像させてしまう色気があった。
つまり、けっこう俺の好みの女なのだが、俺は声が聞こえた瞬間反射的に椅子の下に隠れていた。
「クライン?どこですか!」
女は人目も気にせずえらく通る声で俺を探し回っている。
「おや、エアリアス殿。確か軍の演習で遠方に行軍中と聞いていましたが、最近戻られたのですか?お疲れ様でした。」
騒ぎに気付いたキースが執務室から出てきた。
「おぉ、これはキーウェルス殿!お久しぶりです。あぁ、これは演習先で入手しました羊の燻製肉です。傭兵団の皆様でどうぞお召し上がりください。」
そう言うとエアリアスはかなりの大きさの肉の塊を片手で軽々とキースに渡した。
待機所の連中が期待にどよめく。
エアリアスは貴族のくせに、平民である俺たちへの気遣いができる良い奴だ。
キースが両手で燻製肉の塊を抱えたのを見届け、エアリアスは急にまた顔を赤らめモジモジとしはじめた。
「それで、その…キース殿、…クラインはどこにいるのだろうか…。」
「あぁ、クラインですね。せっかく足を運んでいたのに申し訳ないのですが、彼は今所要で王都外に出ていまして、いつ戻るか予定はわかっていません。」
それを聞いてエアリアスは目に見えて気を落としている。
俺の近くにいた野郎から「クラインの奴、罪作りなやつだな。」などと、のんきな野次の声が聞こえる。
客観的に見ればエアリアスは顔は綺麗で胸も巨乳、性格も良くていいとこづくしの良い女なのだ。
そもそもアイツは上流貴族のいいとこのお嬢様だ。
キースに聞いた話ではアイツの親父さんは軍の総督らしくて、アイツ自身も小部隊の隊長をしているらしい。
つまり平民街や傭兵団をふらふらと歩いていていい身分ではない。
そんな奴と俺がどうして知り合ったのか、それは俺が『The 巨乳 愛蔵版』を買いに本屋に行ったときのことだ。
俺は『The 巨乳 愛蔵版』を胸に抱きしめ、溢れる期待に頭がいっぱいになっていたため回りへの注意がおろそかになっていた。
「あっ!」
本屋を出てすぐに誰かとぶつかった。
俺はすぐに胸に抱いた本を確認する。よし、傷はついていない。
そのまま目線を前にやると、地べたに座り込んだ貴族の男…いや胸が、結構な胸があるから女か?がいた。
いつもの俺ならその健康的な胸に注目するのだが、今は早く自室にこもって半年かけてやっと手に入れることができた『The 巨乳 愛蔵版』をじっくりと堪能したかった。
目の前の女はまだ立ち上がる様子が無い。
俺はどんくせぇ奴だなと思いながら早くその場を去るために、片手でしっかりと本を抱きしめ、残りの手で女の手を力任せに引っ張り上げた。
「えっ!?」
呆けていた女はそのまま立ち上がると思いきや、よろけて俺の胸に倒れ掛かってきた。
「あぶねぇ!!」
俺は必死で『The 巨乳 愛蔵版』を守るため、女が倒れこんでくる直前に本を頭上に上げる。
女はそのまま俺にもたれかかり確かな胸の感触が伝わるが、俺の意識は本が無事なのか頭上が気になって仕方なかった。
女を引き剥がし『The 巨乳 愛蔵版』を確認する。
「よし、大丈夫だな!」
その声で女はやっと我に返ったようだ。
「す、すいませんでした!」
その声をきき、あとは何も確認せずに傭兵団の本部へと駆け込んだ。
それが俺とエアリアスとの出会いだった。
その後、アイツがいきなり傭兵団の広場で俺を指名して決闘を申し込んできて大騒ぎになった。
アイツの格好が貴族の男だったものだから「三角関係の痴情のもつれ」だとか「女に見向きもされないから男に走った」とかかなり不名誉な噂が流れた。
アイツが実は女で、決闘ではなくデートの申し込みをしたかったことがわかると「貴族の箱入り娘をたぶらかした」だの「貴族のヒモになった」だのやっぱり不名誉な噂が流れたため、噂をしていた連中を片っ端から文字通り締め上げてやった。
その後、おかしな勘違いは解けたもののちょくちょくアイツが突撃してくるようになった。
エアリアスは顔もいい、性格もいい、胸も押さえ込んだのしか見ていないがたぶん上級だ。
だけどアイツはいつも顔を真っ赤にさせてあわあわ言って何かと暴走して一度もまともに話をできたことがない。
いろんな意味で残念な女だった…。
「それでは…」
エアリアスの沈んだ声で俺は我に返った。
どんな顔をしているのか気になって、椅子の下からそっと様子をうかがうために顔をのぞかせた。
「あそこの椅子の下で、ウサギのようにこちらを見ている愛らしい少女はどなただろうか?」
「うはっ!」
バッチリ奴と目が合った。
いや、アイツは部隊を率いているだけあって目がきく。
たぶん傭兵団の本部に入った瞬間に広間の全てを見渡し、とっさに動いた俺を把握していたんだろう。
「あぁ、あれはクラインの妹のクランです。訳あって今は傭兵団に身をおいているのです。」
キースも椅子の下の俺に気が付いて、エアリアスに当たり障りの無い説明をしている。
俺はなんとなく椅子の下から出る機会をのがし、椅子の下から二人の会話を聞いていた。




