20話 隠さないとブルンブルン
「…ぎ…」
「ぎ?」
「ぎぃぃぃやぁぁぁぁぁあぁぁああああああああっ!!」
俺は光の速さで扉の鍵を開けると、そのまま部屋を飛び出した。
俺だって男だ、ムチを使うのは別として相手を屈服させ支配することに興奮を感じるのは共感できる。
傭兵団の中には気の強い女に踏まれたいとか命令されたいって男もいる。
俺も奉仕させるほうが好きだが、気の強い巨乳美女なら極まれに奉仕しちゃってもいいかもしれないと思うときもある。
だけど、だけどっ!ちいせぇ子ども相手にムチでしばかれて喜ぶなんて到底理解できねぇぇ!!
サルバン以上の究極のド変態じゃねぇのか!?
俺はそのまま走ってエントランスホールにたどり着く。
「お客様、いかがなされましたか!? 」
外へとつながる扉に手をかけたとき、どこからか仮面の男が現われ焦ったように声をかけてきた。
「へ、へ、へ、変態が…。」
俺は肩で息をしながら答えつつも、必死で扉をこじ開けようともがく。
くそっ、重くてビクともしねぇ!
「…もしやプレイが過激すぎて重症を負われたのか…?」
ボソッと仮面の男がつぶやく。
そんなことお構いなしになおも扉にかじりつく俺の腕を、仮面の男は強い力でつかんだ。
「どのような状況であろうと、同伴された方を置いてお客様だけをお返しするわけには参りません。」
必死に暴れて抵抗するもむなしく、男に扉から引きはがされ強引にひき寄せられた。
「その子を離しなさい!!」
男に引き寄せられた瞬間、扉が勢いよく開きそこに長い髪を振り乱したキースの姿があった。
「キース!? 」
「クライン!無事ですか!? 」
キースは駆け寄ると、驚いて力の緩んだ男から俺を奪い返し全身を傷がないか確認した。
「あなたがマルゲルスの馬車に乗せられ、『薔薇の館』に連れ込まれたと聞いたので駆けつけたのです!」
後で聞いた話だがあの使用人の少年が、俺とマルゲルスが建物に入った直後に傭兵団まで必死に走って知らせてくれたようだ。
あの被虐趣味のド変態とはいえ、主人に逆らえば厳しい懲罰を受けるだろうに、幼くても大した男だよ!
「いかに貴公といえど、この会員制の『薔薇の館』で無体な真似は許されませぬぞ。そもそも、会員でもないあなたがこの館に入る資格はございません。」
せまってくる仮面の男から、俺をかばうようにキースは対峙した。
「貴族御用達の店であっても、こんな幼い子供を連れ込んだとあっては公になった場合、立場が悪くなるのは私ではないと思うが?」
それは言外に「店自体も店を利用している貴族も公にされればまずいだろ?」という脅しが含まれていることが俺にもわかった。
というか、それをそのまま口に出して脅しちまえばいいのに、お貴族様ってやつはなんでこう回りくどい言い方しかできねんだろうな。
キースという見知った顔のおかげで、俺はいつもの調子をすこしずつ戻しかけていた。
対峙する二人の間の緊迫感が最高に達した、そのときだった。
「ぼくの奇跡ぃぃぃ、置いていかないでくぅれぇぇぇえええ!!」
このとき、敵対しているはずの俺・キースと、仮面の男の考えることが一致したのは奇跡なのだろうか。それとも必然だったのだろうか。
廊下を叫びながら全裸で走ってくる男を目にした瞬間、キースは俺を片手で抱え仮面の男と瞬時にアイコンタクトした。
『これ以上騒ぎにならないよう、私たちは退散します!私やこの子が来たことは内密に。この騒ぎの収束はお任せします!!』
『どうか、どの機関にもご報告なされませんようお願いいたします!ご無事に逃げ切ってください!』
仮面の男は叫ぶマルゲルスに飛び掛り、それ以上俺たちに近づかないように羽交い絞めにした。
「マルゲ…ッつ!お客様、他のお客さまのご迷惑になりますので、騒ぎを起こされるのはおやめくださいッ!!」
キースが俺を抱えたまま扉から出て行く直前に、騒ぎに気付いた人たちが廊下にわらわらと出て来るのが見えた。
おい、おっさん…縄で後ろ手に縛られたまま出てくんなよ…。
別の部屋から出てきた、蝶みたいな仮面をつけたおっさんはムチを持って…あぁ、あんたは責める側かい…。
「…うっ、カルレウス卿…。」
キースの知り合いがいたようだ。…お前の気持ち、察するぜ!
「邪魔するなぁぁぁぁ、待ってくれ、僕の奇跡ぃぃぃぃ!!」
「お客さまぁぁ……!!」
扉を閉めてもなお聞こえる喧騒を後に、キースの手配した馬車に乗り込み俺とキースは傭兵団へと帰っていったのだった。
結局その後キースから聞いた話では、あまりに大騒ぎになったため今まで絶対不可侵だった『薔薇の館』に衛兵がなだれこむ事態となった。
幼女である俺を連れ込んだことやその場にいた客などは一切触れず、騒ぎを起こした問題人としてマルゲルスだけが事情聴取を受けたらしい。
しかし「僕の奇跡に会わせてくれ!」とか「僕の女王様はどこだ!」とかしか言わなくて話にならなかったため、上流貴族だしもう触らんとこ、という方針で無罪放免になったそうな。
監査官としては使い物にならないため、元に戻るまで長期静養というかたちで田舎の静養地に送られることになったらしい。
奴が雇っていた幼い使用人たちは、違法ではないもののまだ教育を受けたほうがいいだろうということで他の職場で働きながら学校に通う。
「でもよぉ、あの日俺に声をかけてきた少年はムチで打たれたような傷があったぞ?あれがあったから俺は付いていったんだけど。」
傭兵団の待機所で俺とキースはこそこそと話していた。
「あれはムチでマルゲルスを叩くように無理やり命令され、こわごわムチを振ったら自分の首をかすめてできた傷だそうです。」
「マジかよ…。」
俺は思わず脱力して椅子からずり落ちそうになった。
虐げられている不幸な子どもはいなかったのだ、良しとしよう。
「あの少年は、あなたが身体的な苦痛を受けることはないと知っていたから主人の命令に従ったそうです。しかし自分より幼い少女の心の傷になるのではと思い、いても立ってもいられずに傭兵団に駆け込んだそうです。」
「あいつはいつか大物になるだろうな。」
と、以上がことの顛末だった。
ちなみに俺とキースでおやっさんに一部始終を報告したが、おやっさんはずっと爆笑しながら聞いていた。
あんたも変態に迫られたら気持ちがわかるさ!!
「あ、思い出しました。」
しばらく経ったある日、唐突にキースが執務室から出てきて声をあげた。
俺は雑巾で床を磨いていた手をとめ、しきりにうなずいているキースを眺めた。
「何を思い出したって?」
「彼が私に執着するようになったきっかけです。」
キースは懐かしむように目を閉じ語りだした。
「学生時代に剣術の授業でマルゲルスと組んだことがあるんです。剣といっても細い木の板のような簡単なもので。」
「んで?」
「私は当時女の子に間違われるような貧弱な容姿で、彼に馬鹿にされていました。それを見返したくて加減を間違えた私は、寸止めしなければいけないところを思い切り打ち据えてしまったのです。あのときマルゲルスには必死に謝ったのですが、あれ以来彼が常にそばにいたような気がします!」
「ほうほう。」
つまり…。
「つまり奴が被虐趣味のド変態に目覚めたのは、お前がきっかけじゃねぇかぁぁぁぁ!!」
叫びながらキースの脛をどつく俺を見て、広間の連中は「キースママとクラン坊は仲がいいなぁ。」と微笑ましく見守っていた。
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