17話 黒い噂のムチ
それはいつもどおりに傭兵団の本部の掃除などをして過ごしていたときだった。
「あいかわらずここは獣くさいな。」
依頼人や待機していた野郎どものざわめきのなか、ひときわ鼻につく嫌な声が耳に入った。
声のほうを睨みつけると、案の定顔をしかめご丁寧にもシルクのハンカチで鼻と口を覆った貴族の男がいた。
奴の名はマルゲルス。学生時代から何かと一方的にキースに絡んできたらしい。
キースは特に相手にしなかったがそれが奴のプライドをいたく傷つけたのか、卒業後にキースが傭兵団に入った後も傭兵団にいちゃもんをつけて監察官という立場を利用してせこせこと足を運んでくるケツの穴の小せえお貴族様だ。
キース自身は何で奴がこうまで絡んでくるのかわからないといっていたが、大方キースに頭やら身体能力やらで負けてねちこく逆恨みしてるんじゃないかと俺は思う。
とにかく鼻持ちならねぇ奴で、奴が帰った後はその日の掃除当番が消毒用のアルコールを一瓶入り口にぶちまけるのが決まりだった。
「キーウェルス、君も本当にものずきだねぇ。いいかげん君も野犬じみてきたんじゃないのい。」
さっそくキースを見つけるといちゃもんをつけに近寄っていく。
俺は足早に医務室にいき、消毒用のアルコールの瓶を抱えて広間に戻った。
やっぱりキースの隣でねちねち言い続けている。
キースの奴も片手間に聞き流せばいいのに、律儀に手を止めて相槌をうちながら話を聞いている。
二人の周囲を見回せば、雑談をしているように見えてピリピリしながら二人の会話に注目しているのがよくわかった。
皆キースがボロクソに言われっぱなしのなのが気に食わないのだ。
一度、耐え切れなくなった奴がマルゲルスに殴りかかろうとしたが、とっさにマルゲルスをかばったキースを殴り倒してしまう散々な結果になってしまった。
あのときは誰が殴りかかってもおかしくなく、俺も正直なところ出遅れた!と思ったくらいだったので、倒れたキースを見て頭から水をぶっ掛けられた思いだった。
その後、おやっさんとキースがマルゲルスに謝罪を行う屈辱的な姿を見ることなり、どんなに腹が立っても貴族を平民が殴れば重い刑罰をくらわされ傭兵団も無事ではすまないと説得を受けた。
だから、今もどんなに腹がねじきれて血管がぶちぎれそうな思いをしていても、必死にそれを押さえ込んでただ聞いていることしかできない。
俺もアルコールを今すぐ奴の体にぶちまけたい思いをこらえつつ、掃除をしながら二人の会話に集中していた。
「この黒い子犬はなんだい?見かけないね。」
ん?子犬?
顔を上げるといつの間にかマルゲスの奴が俺の真横に立ち見下ろしていた。
やべっ、キースのほうに気を取られて自分のことに興味をもたれるとは思っていなかった。
今の俺はあまりおおっぴらにできる存在ではないので、奴に興味をもたれるのはとてもまずい。
うつむいて立ち去ろうとすると、顎をつかまれ上を向かされた。
くそっ、香水くせえんだよ!気安くさわんじゃねえよ!!
せめてもの抵抗として俺は奴の顔を睨んで見返した。
「ほう、君のところの躾のなっていない黒い狂犬にそっくりじゃないか。見てごらんよ、この幼さでこの目つき。」
「マルゲルス、小さい子に接する態度としてそれはふさわしくないのでは?」
今まで黙って聞いていたキースが、めずらしく険しい顔をして俺を背後に隠すように間に入ってきた。
「ここはいいから、部屋に戻っていなさい。」
そっとキースに促され、俺は自分のうかつさに舌打ちしたい気分になりながらその場を立ち去ろうとした。
「その子犬はこの野犬の巣で暮らしているのかい?」
キースと俺はハッとして奴の顔をみた。
さらに奴の興味を引いてしまったようで、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべて俺を眺めていた。
それは新しい獲物を検分しているようで冷や汗が背中を伝う。
「ここの野犬どもは金を積めば何でもするんだろ?」
広間にザッと殺気が膨れ上がるのを感じた。
「この私と一日デートをしないかい?」
広間の皆がザッと引くのを感じた。
俺の血の気も音をたてて引いた。おわっ、鳥肌が!!
「5万ルクスでどうだろうか。」
広間にどよめきがはしる。
大の男が一日汗水流して働いて一万ルクスいくかいかないかぐらいだ。
3割の差し引きを考えてもかなり破格の給料といえる。
俺もキースの後ろからちょっと身を乗り出してしまった。
「この子は関係ありません!そのような真似は慎んでください。」
キースが声を荒げその場にいた皆、マルゲルスの奴でさえその剣幕に圧倒されていた。
その後キースがやんわりとマルゲルスを追い返す一部始終を、俺はアルコールをぶちまけるのも忘れてただ見守っていた。
奴が去った後、キースは俺を椅子に座らせると声をひそめて話し出した。
「マルゲルスには良くない噂がありまして…。」
奴には悪い噂しかないだろうよ。
「…恥ずかしい限りですが、貴族には倒錯した趣味を持つものも少なくないんです。彼もそのうちの一人で加虐趣味の持ち主という噂があるんです。」
俺は首をかしげる。噂というよりも見たまんまだと思うのだが。
「彼は幼い使用人を集めては虐待しているらしいのですが、上流貴族のために事実が隠蔽され真実がわからない状態なのです。いつも乗馬用のムチを持ち歩いており、それを人に使用しているらしいのですが…。」
「そりゃ筋金入りの変態じゃねえか。」
それじゃあさっきもムチを隠し持っていたのか?
俺を見ていた奴の目つきを思い出し、背筋に怖気がはしるのを感じた。
「つまり、さっきのはそういうお誘いだったってことか?」
「わかりませんが、彼には絶対に近づかないでください。いいですね?」
「あぁ、言われなくても近づいたりなんかしねえよ!あぁ、忘れてた!」
俺は急いで出入り口に向かうとキースや傭兵団そして俺のために、床にアルコールをぶちまけて念入りに奴の痕跡を残さぬよう消毒を行った。
くそっ、奴に触られた顎も念入りに洗ってやる!!
最後まで読んでいただきありがとうございました。
次回は変態成分が濃くなると思われます…。




