16話 添い寝の相手
シモネタ続きですいません。
「クランです。」
俺は団長室の扉をノックした。
この部屋に呼ばれるときはほとんどがおやっさんに怒られるときなので、この扉の前に立つのは憂鬱だった。
「おう、入れ。」
けっこう重たい扉を、両手と全体重を使って体を滑り込ませるようにして部屋に入る。
団長室は装飾品など一切なく、でかい本棚とおやっさんの仕事用の道具が細々と整理された棚で占められており、まさに実用的のひとことだ。
部屋の奥に書類が高く積み上げられた机があり、おやっさんは椅子に腰掛けて書類の整理をしているようだった。
おやっさんは顔を上げて俺を確認すると、書類を山に戻し俺に椅子に腰掛けるようすすめた。
俺が部屋のすみにあった椅子をおやっさんと向かい合うように持ってくると、おやっさんは頬杖をして俺を眺めた。
その砕けた姿勢に叱責される前の緊張感はなく、俺は知らずに入っていた体の力を抜いた。
「…お前よぉ。」
「はい。」
「…溜まってんのか?」
ナニが?とは俺も聞き返さない。
「溜まるモノがないっす。」
「だよなぁ…。」
そこで俺とおやっさんは同時にため息をついた。
たとえ今クラインの姿でだとしてもこんな会話ねえよ…。
「お前、何で娼館に用事があんだよ。」
「一人寝が身にしみるんすよ。女の柔肌が恋しいんです。」
「…その姿で言うことじゃねえよ…。」
おやっさんが頭を抱える。
さっきの質問をしてきたおやっさんに言われたかねぇな…。
「わかってると思うが、その年恰好のお前が娼館に行くことはできねぇぞ。」
「わかってますよ…。」
「誰かに添い寝してもらうか?」
「野郎の添い寝なんざ勘弁です。」
「……。」
団長室を沈黙が支配した。
「…なんて残念な幼女なんだ…。」
おやっさん、独り言がしっかり聞こえてるぜ。
「俺も無いものねだりするつもりはないです。今の現状だって破格の扱いだし、そもそもキースの奴がなんか勘違いして騒いだだけですし…。」
俺の一言がきっかけだが間違ってはいない、ここはキースに全責任を押し付けてやれ。
「わかった、くれぐれも騒ぎはおこさないようにな。」
「了解っす。」
そして俺は団長室を出た。
なんかやるせなさに深くため息をついていると、こちらを窺うキースの姿が眼に入った。
「キース!お前、なんちゅうことをおやっさんに話してくれてんだよ!人に話すようなことじゃねえだろ!? 」
キースの襟首をつかみたかったが、背が届かないので脛を何度も軽く蹴った。
「あなたが変なところで切り上げて逃げるからでしょう!? あのまま勢いで、娼館まで走っていったのではないかと、心配して娼館まで確認しに行ったのですよ!? 」
おう、娼館に行くキースか、それは見てみたかった。じゃ、なくて!
「それは心配かけたな…。悪かった。」
しおらしく謝る俺の姿に、キースもすぐに落ち着いた。
「おう、クラン坊。キースママに叱られてんのか?ちゃんと言うこと聞かないと駄目だぜぇ。」
通りかかる奴らが笑い混じりに野次っていく。
ちなみに傭兵団の連中は俺のことを「お前に『お嬢ちゃん』じゃ悪いな、坊主だな。」という、認められてんのか馬鹿にされてのかわからない理由で「クラン坊」と呼ばれていた。
キースがママでおやっさんがパパなのだそうだ。
ここは廊下でふつうに横を連中が通り過ぎていく。
内容も内容だ、聞かれて気持ちのいいもんじゃねえ。
「おやっさんにも言ったが、俺がこの姿のうちは娼館に行くことはねぇよ。」
そう言ってキースが納得したのを確認し、俺とキースは別れた。
人前で娼館を連呼するって…、勘弁してくれぇぇぇ…。
「ほれ、受け取れ。」
次の日、俺は再び団長室に呼び出された。
「おやっさん、これ何すか…。」
いや、その物体が何かはわかる。
ふかふかの茶色い毛並み、つぶらな瞳、赤ん坊くらいの大きさ。
「ハニー特製のベティちゃんだ。」
「…いや、それを俺にどうしろと…?」
おやっさんは、熊の人形の手を振りながらいい笑顔で答えた。
「人肌恋しくて眠れねぇお前のための抱き枕だ。」
「うぅっ、勘弁してく…。」
「ハニーの好意を、無駄になんか、しねえよな?」
「……ありがたく、いただきます…。」
おやっさんの凄みに負け、俺はうやうやしくベティちゃんを押し頂いた。
そのままベティちゃんを抱えて団長室を出ると、「クラン坊、よく似合ってるぜ!」「はじめてお前がお嬢ちゃんに見えたぜ!」などの大量の野次を浴び、俺は涙目になりながら自室に逃げ込んだ。
扉の向こうからそんな俺の姿を笑う声も聞こえたが、俺は何も聞こえないようにベティちゃんに顔をうずめベッドに飛び込んだ。
くそっ、てめぇら覚えとけよっっっ!!
そんなささくれだった俺の心を、ベティちゃんのやわらかい毛並みが癒してくれる。
「……ベティちゃん、マジ癒し…。」
それ以来ベティちゃんは俺の相棒となり、毎晩添い寝をして俺に安眠を与えてくれることになった。
そしてベティちゃんを抱きしめて毎日熟睡している俺は、扉の外からニヤニヤと覗いている連中がいたことを知る由もなかった…。




