第二章 【康時】
「ねぇ、ちょっと待ってよ。オイッ!」
僕は息を切らしながら、ラケットを持って外に出ようとする彼女の元に駆け寄った。
「…何よ。はぁはぁ息を切らして…気持ち悪い」
気持ち悪い…振り向いたと同時に彼女の口から出たその一言でボキリと心が折れそうになったが、何とか堪えて言った。
「…テニス部の…岬るみさんだよね?」
顔には厚い化粧が施しており、頭髪は金色、耳たぶにはピアスの穴が開いている。それが僕と同じ高校一年生、岬るみの風貌だった。伊藤とは違う意味であまり真っ当そうな子ではなさそうである。
「ええ、あんたは霜田康時っていうんでしょ?竜一先輩から聞いてるわ。仲山先輩が殺された事件を調査してるそうね」
やはり、別れ際に言った様に彼はちゃんと岬に言っていてくれたようだ。ありがとうございます。小野寺先輩。
「ああ、話が早いや。小野寺先輩の話では事件があった時刻、君は彼と一緒に練習をしていたそうだけど、それは本当かい?」
「ええ、七時くらいまでやった。七月に大きな大会があるから」
「それで、何か変わった事はある?」
「変わった事って言えば…竜一先輩が練習の途中でトイレに立った事くらいかしら?五分ほど」
「中山さんについては?誰かに恨まれていたとか…」
僕がそれを聞くと、彼女はどっと笑い出した。
「そりゃあ私だって、あの女の事を恨んでたわよ。人が毎日キツい練習に励んでるのに、家の用事があるだの何だの言ってほとんど部活に顔を出さない。それでいて、いざ久しぶりに部活に顔をだしたと思ったら、私や小野寺先輩のやり方に文句を言って…自分自身も大した腕を持っていないくせに…でも」
岬は澄んだ顔で、少し上の方を見上げた。
「そんな人でも、いざ居なくなってみたら、何だか寂しいものね…」
「…最後に二年前、中山さん達にいじめを受けて、自殺した女の子の話を聞いた事はあるかい?どうやら、今回の事件と、何やら関係がありそうな感じなんだけど…」
「ああ、噂ではチラッて聞いたことがある程度で、その子がどんないじめを受けていたかまでは…でも、自殺をするくらいだから、相当酷ないじめを受けてたんじゃない?話はもうこれで済んだかしら」
「ああ、感謝するよ」
部活に行く岬を見送ると、僕も昌子先輩が待っているであろう図書室へと向かった。
これでもう、材料はそろったはずである。




