プロローグ : 魂が立ち止まる場所
初めまして、あるいはこんにちは。
本作を開いていただき、本当にありがとうございます!
地獄の代わりに神から提示されたのは、101層の過酷な迷宮。
手札はスキルもチートもなく、わずか18回の命だけ。
※本作は『死に戻り(デスペナルティ)』を繰り返しながら、泥臭く這い上がる少年のダークサバイバルファンタジーです。一部、残酷な描写や重い展開が含まれますのでご注意ください。
それでは、過酷な試練の幕開けをお楽しみください!
痛みがなかった。
それが、カイルが最初に気づいたことだった。
胸の疼きもない。目の奥の熱さもない。いくら数えても足りなかった硬貨を数えながら過ごした夜の、あの手の重みもない。
ただ、白があった。
果てしない、静寂の白。足元に床はなく、頭上に天井もない。
(……死ぬって、こういう感覚なのか)
どうやってここへ辿り着いたのか思い出そうとしたが、濡れたガラスから手が滑り落ちるように、記憶の核心がすり抜けていく。
代わりに思い出したのは、治癒術師の家だった。
苦い薬草の匂いと、獣脂の蝋燭から立ち上る煙。色褪せた黄色い星の模様がついた、薄い毛布。自分の手の中にあった小さな手は、最初は温かく、そして――冷たくなっていった。
(ユニ)
「ユニ……」
声を出してみると、妙に違和感があった。記憶よりも若い。十八歳のはずなのに、まるで子供のような声だった。
「彼女には、ここでの声は届かないよ」
カイルは勢いよく振り返った。
白の世界の中に、誰かが立っていた。
その姿を直視するのは難しかった。光がどんな形をとるべきか迷っているかのように、輪郭が常に揺らめき、変化している。背の高い男、老人、そして若者。だが、そのどれもが穏やかな瞳をしていた。
「……あんた、誰だ?」 カイルは尋ねた。
その影は微笑んだ。
「私がいったい誰なのか、君は知っているはずだ。すべての命の終わりには、誰もが知ることになる」
カイルの喉が引き締まった。
「じゃあ、ここは……審判の場、なのか」
「そうだ」
「俺は……取り返しのつかないことをした」
「そうだね」
返答は穏やかだった。残酷でもなく、慈悲深くもない。ただ、厳然たる事実として。
カイルは自分の手を見下ろした。震えていた。
「俺は、地獄に落ちるんだな」
「自ら命を絶った魂がどうなるか、帳簿にはそう記されている」
カイルは足元の床が開くのを身構えた。
だが、何も起きない。
「しかし、私は君の帳簿を注意深く読んだよ、カイル・レンファル」その影は言った。「十八年の生涯。去っていった父親。身を粉にして働いた母親。そして、短い生涯のほとんどを病床で過ごした妹」
「……」
「売れるものはすべて売り、売るものがなくなれば乞い、三つの仕事を掛け持ちして働いた。君は悪人ではない。ただ、……壊れてしまったのだ」
カイルの視界が滲んだ。
「そんなの、関係ない」彼は呟いた。「必死でやった。なのに、あいつは、ユニは結局……」
「知っているとも」
光の影が近づいてきた。温かく、重さを感じさせない手が、カイルの肩に置かれた。
「だからこそ、私は君を地獄へは送らない」
カイルは顔を上げた。
「君に、『試練』を授けよう」
――白の世界に、見えない手によって書かれるように、一行ずつ文字が浮かび上がった。
【神の試練 — カイル・レンファルの魂への通知】
【場所:再生の迷宮(二度目のチャンスのダンジョン)】
【階層:全101層】
「よく聞きなさい」神は言った。「一度しか言わない。あるいは、その一言一言が君の命綱になる」
「そこには、百一層からなるダンジョンがある。各階層にはそれぞれの世界があり、モンスターがあり、守護者がいる」
「君は何も持たずにそこへ行く。能力も、武器も、恩恵もない。私は何も与えない」
カイルは瞬きをした。
「……何もない?」
「手に入れるものはすべて、自分で稼ぐか、見つけるか、あるいはそこに棲む生得のクリーチャーから奪い取るしかない」
【初期装備:なし】
【初期能力:なし】
「君に与えられるのは、十八回の命だ」
「君が生きてきた、一年に一回分の命をね」
カイルの心臓が跳ね上がった。
「ダンジョンで死ぬたびに、命が一つ消費される。君は最初に目覚めた場所へと戻され、獲得したものはすべて失われる。また最初からやり直しだ」
「命が、全部なくなったら?」
神の微笑みは変わらなかった。
「その時、君の試練は終わる」
【残機:18 / 18】
カイルはその数字を見つめた。
十八。
思ったよりも、ずっと心許ない数字に感じられた。
「ダンジョン内には他にも人間がいる」神は続けた。「君と同じような魂だ。中には『青』の刻印を持つ者がいる。彼らは君と同じように、私の慈悲によってそこにいる。あるいは『赤』の刻印を持つ者がいる。彼らは罰を受けるため、そして最後の一度のチャンスを与えられた者たちだ」
「赤……」カイルは繰り返した。
「見ようとしなければ、誰の刻印も目には映らない。その見方は『システム』が教えてくれる」
【識別アイコン:青(BLUE)】
「システム?」
「それは君の進行状況や装備、命の数を記録するものだ。何かがおかしい時には警告を発し、モンスターに引き裂かれる前に、それが何者であるかを君に教えてくれるだろう」
一拍おいて。
「ただし、何が『正しい』かまでは教えてくれないがね」
カイルは眉をひそめたが、文字は次へと進んでいった。
「各階層には三つの入り口がある。前へ進めるのは一つだけだ。選択を誤れば、背後の扉は閉ざされ、二度と開くことはない」
「それは……」
「残酷だね。だが、必要なことだ」
カイルは反論したかった。しかし、言葉が見つからなかった。
「どうしてだ?」彼は代わりに尋ねた。「どうして、そんな場所を作ったんだ?」
初めて、揺らめいていた影の顔が静止した。
ほんの一瞬、その表情は酷く悲しげに見えた。
「魂というものは、言葉で教えられたところで、己の形を知ることはできないからだ」神は言った。「落ちて、立ち上がり、また落ちる。その繰り返しによってのみ、教訓は骨の髄まで染み渡るのだよ」
「……」
「私は愛を以てこれを行っている、カイル。それを忘れないでほしい。その中で何を見ようと。何を感じようと」
なぜだろうか、その言葉を聞いた瞬間、カイルの肌に粟が立った。
「もし最後まで辿り着いたなら」神は言った。「君の願いを、何でも一つ叶えよう」
カイルの身体が凍りついた。
「……どんな願いでも?」
「どんな願いでもだ。次の人生の在り方を選ぶこともできる。自分が誰になり、どこから始めるかもね」
(どんな願いでも――)
その言葉が、頭の中でリフレインした。
(ユニ)
彼の両手が拳へと握りしめられる。
「ただし、一つだけ制限がある」神が付け加えた。「私が何者であるか――つまり、私自身になることを望むのは、無しだ」
「……神になんてなりたくない」
「結構」
間。
「ならば、選択は君の自由だ。上を目指して登るのもいい。あるいは『青』である以上、ただ生き延びて、モンスターを避け、平穏に休むことも許されている。どちらの道を選んでも構わない」
カイルは白い空間に浮かぶ数字を見つめた。
18。
十八回の命。手には何もなし。そして百一層のダンジョン。
「もし、俺が登って……最後まで辿り着いたら」彼はぽつりぽつりと言葉を紡いだ。「本当に、何でも頼めるんだな?」
「……」
「あいつを、ユニを生き返らせることも?」
神は何も答えなかった。
沈黙が、長く引き延ばされる。
「最後まで辿り着けば、自ずと分かることだよ」
ようやく返ってきたのは、そんな言葉だった。
それは『イエス』ではなかった。
だが、『ノー』でもなかった。
カイルの胸の奥が疼いた。
(一分前の俺が持ってたものよりは、ずっとマシだ)
彼は顔を上げた。
「……やってやる」
「本気かね?」
「いいや」カイルは自嘲気味に笑いそうになった。「でも、やるよ」
神の微笑みが、さらに深くなった。
「それが、正解だ」
――白の世界に、亀裂が走り始めた。
光を放ちながら、虚空を割るように細い線が広がっていく。
【試練を開始します……】
【ようこそ、試練の者(Trialbound)】
「カイル」
彼は顔を上げた。
光の影は、すでに薄れかけていた。
「私は見守っているよ」神の声が響いた。「君の一歩一歩を。君のすべての死を」
「……」
「『そのすべて』をね」
世界が激しく砕け散った。
カイルの身体は、真っ逆さまに落ちていった。
――彼は激しく石の床へと叩きつけられた。
強烈な衝撃。
肺から一気に空気が押し出される。服の隙間から、冷気がじわりと染み込んできた。どこか近くで、時を刻む時計のように、静かに、規則正しく水滴が滴る音がする。
カイルは激しく咳き込み、目を開けた。
目に映ったのは、荒々しく湿った石の天井。壁に打ち付けられた一本の鉄の鎖。クローゼットほどの広さしかない、狭い石造りの小部屋。
そして正面の壁には、細い針金に吊るされた、何列ものガラスの薬瓶が並んでいた。
そのすべてが、空っぽだった。
【現在地:第1層・城壁(Rampart)】
【残機:18 / 18】
【装備:なし】
【言語障壁が解除されました。すべての『試練の者』との意思疎通が可能です】
【今後の進行状況に応じて、随時情報が提供されます】
カイルは震える腕で、何とか身体を起こした。
(俺は、生きてる……)
(いや、俺は……何なんだ?)
通路の奥から、何かが石の床を重々しく引きずるような音が聞こえた。
その直後、遥か遠くから――悲鳴が響き渡る。
それは、途中で無残に掻き消された。
カイルの身体が、完全に硬直する。
【警告:敵対存在を感知しました】
【ミッション:生存せよ】
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
本作は、18回の命だけを武器に過酷な101層の迷宮に挑む、
少しダークで、ハラハラするサバイバルファンタジーです。
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次回から、いよいよ第1層の過酷な試練が始まります。
お楽しみに!




