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神託少女は今日もテキトーを言う  作者: 絹田屋


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第二十九話 健やかなれ、選ばれし子よ


 その赤子のことが報告に上がったのは、冬の初めだった。


 東方の小さな領地で、尋常ではない魔力を持った子供が生まれた。産声を上げた瞬間に部屋中の蝋燭が一斉に燃え上がり、揺り籠に触れた水が凍り、壁の石に罅が入った。


 産婆が腰を抜かし、父親が領主に駆け込み、領主が宮廷に早馬を飛ばした。


 グレン殿が見黒様に報告した。


「生まれつきの魔力としては、記録にある限り最も高い数値が出ています。鑑定師が測定したところ、成人の宮廷魔術師の三倍を超えていたとのことです」

「赤ちゃんが?」


 グレン殿が頷いた。


「はい。生後二ヶ月です」


 見黒様が少し考えておられた。


「それで、その子のご両親は?」

「怯えておられるようです。子供が何かの災いをもたらすのではないか、あるいは、国に取り上げられるのではないかと」


 見黒様の目が、わずかに翳った。一瞬のことだった。わたくしにしか見えなかっただろう。


「……ご両親に、会いたいわ」



 数日後、赤子の両親が城を訪れた。


 若い夫婦だった。二十代の半ばだろうか。夫は職人風の男で、手が大きかった。妻はおとなしそうな女で、赤子を抱いていた。赤子は眠っていた。


 二人とも、震えていた。

 見黒様の部屋に通されたとき、妻が赤子を抱き直した。守るように。

 見黒様は窓辺の椅子に座っておられた。いつも通りだった。


「遠くからありがとう。座って。お茶をどうぞ」


 夫婦が、おずおずと腰を下ろした。妻は赤子を抱いたままだった。


「……見黒様。この子は……この子は、どうなるのでしょうか」


 夫が声を絞り出した。


「生まれたときから、何もかもが壊れるのです。この子が泣くと、窓が震える。笑うと、花瓶の水が波立つ。悪い子ではないのです。ただ……力が、強すぎて……」


 妻が赤子を抱く手に力を込めた。


「わたしたちは……この子を、普通に育てたいのです。でも、周りが怖がるのです。村の人たちが……」


 見黒様は黙って聞いておられた。

 しばらくの間があった。


「……その子を、見せてもらっていい?」


 妻がためらった。それから、そっと赤子を差し出した。

 見黒様が、赤子を抱かれた。


 赤子が目を開けた。見黒様の黒い髪を見上げた。小さな手が伸びて、黒い一房を掴んだ。両親はぎょっとした表情だったが、見黒様は穏やかに微笑まれた。


「あら、気に入った?」


 部屋の蝋燭が、ちりちりと揺れた。魔力が漏れたのだろう。しかし見黒様は動じなかった。


「元気な子ね」


 それだけ仰った。


「力が強いのは、この子のせいではないわ。生まれ持ったものだもの。この子が何になるかは、この子が決めることよ」


 夫婦が顔を見合わせた。


「力があるかないかより、何が好きかの方が大事だわ。この子が何を好きになるか。何に笑うか。何に手を伸ばすか。それを見守ってあげるのが、親のできることではないかしら」


 妻の目から、涙がこぼれた。


「でも……悪い道に……力があるばかりに……」


 見黒様が少し黙られた。

 それから、何かを思い出されたような顔をされた。


「……ねぇ。よかったら、わたしの両親に会ってみない?」


 夫婦が顔を上げた。


「わたしも……結構変わった子供だったの。黒い髪で生まれて、周りは気が気でなかったと思う。両親はわたしを十二年間、隠して育ててくれたわ」


 わたくしは息を呑んだ。見黒様がご自身の幼少期のことを、他人にお話しになるのを聞いたのは初めてだった。


「両親は怖かったと思うわ。でも、わたしを普通に育ててくれた。本を持ってきてくれて、お菓子を持ってきてくれて、髪を梳いてくれた。少なくともわたしに対しては、特別な子だからって変な顔をしなかった」


 見黒様が赤子を妻に返された。


「わたしの両親に手紙を書くわ。あなたたちと話してもらえるように。同じ思いをした人の言葉が、一番届くと思うから」



 見黒様のお手紙が、ご両親のもとに届けられた。

 ご両親からの返事は早かった。二日後に届いた。


 手紙の文面を見黒様が読まれたとき、目が潤んだのをわたくしは見た。しかし見黒様は何も仰らず、「来てくださるって」とだけ仰った。



 見黒様のお母様がいらしたのは、それから一週間後のことだった。お父様は体の具合が良くないとのことで、お母様だけだった。


 小柄な方だった。丸い字を書く方だと知っていたが、笑顔もどこか丸い方だった。


 見黒様のお部屋に入られたとき、見黒様が椅子から立ち上がられた。


「お母様!」


 お母様が微笑まれた。


「ああ、アカリ。元気そうね」


 見黒様が一歩近づかれた。


「ええ。お父様は?」

「あなたに会いたがっていたわ。でも、ちょっと腰がね。手紙を預かっているわ」


 見黒様が手紙を受け取られた。封を開けずに胸に当てた。



 赤子の両親との面会は、見黒様の部屋で行われた。


 見黒様のお母様と、赤子の母親が向かい合って座った。赤子はその間で眠っていた。見黒様は少し離れた窓辺にいた。


 わたくしは後ろで控えていた。

 最初に口を開いたのは、赤子の母親だった。


「見黒様のお母様に……このようなことをお聞きするのは失礼かもしれません。でも……お教えいただきたいのです。特別な子を、どう育てればよいのか」


 見黒様のお母様は、少し微笑まれた。


「特別な子、ね。……わたしも、そう思ったことがあるわ」


 お母様が、赤子を見られた。


「あの子が生まれたとき、髪が黒くて。あの時の産婆の表情は今でも忘れていないわ。この国で黒髪が何を意味するか、知っていた。夫と二人で、どうしようかと話し合った。何日も、何日も」


 赤子の母親が、身を乗り出した。


「それで……どうなさったのですか」


 お母様がしばらく黙られた。それから、静かに仰った。


「隠したの。十二年間。忌み子だと嘘をついて、座敷牢に閉じ込めて。……ひどい親だと思うでしょう?」


 赤子の母親が首を振った。


「そんな……」


 お母様の声が、少し震えた。


「でもね、毎日会いに行ったわ。本を持って、お菓子を持って。髪を梳いてあげた。あの子は、座敷牢の中で笑っていたわ。わたしたちが来ると、嬉しそうにして」


 お母様が目を伏せられた。


「特別な育て方なんて、できなかった。わたしたちは普通の人間だもの。できたのは、毎日会いに行くこと。あの子の好きな本を探すこと。髪を梳いてあげること。それだけだったわ」


 赤子の母親が泣いていた。


「でも、それでよかったんだと思う。あの子は今、ここにいる。笑っている。お茶を飲んで、本を読んで、たくさんの人に囲まれて。……あの子はあの子のまま、大きくなった」


 お母様が赤子の母親の手を取られた。


「あなたのお子さんも、きっとそう。力が強くても、あの子はあの子よ。泣いて、笑って、お腹が空いて、眠くなる。そこは変わらないでしょう?」


 赤子の母親が、何度も頷いた。


「怖いのは、わかるわ。わたしもずっと怖かった。毎日抱きしめて、美味しいご飯やお菓子を食べさせて。一緒に笑い合う。それだけで、十分だったのよ」



 面会が終わった後、見黒様がお母様と二人でお茶を飲まれた。わたくしは席を外そうとしたが、見黒様が「エルもいて」と仰ったので、部屋の隅に控えていた。


「お母様。ありがとう。来てくれて」

「いいのよ。あなたの頼みだもの」


 見黒様がお茶を一口飲まれた。


「あのご夫婦、少し楽になった顔をしていたわ」


 お母様も杯を傾けた。


「そうだといいわね」


 しばらく、二人で黙ってお茶を飲んでおられた。


「お母様」

「何?」


 見黒様が少し間を置かれた。


「……わたし、ちゃんと大きくなれた?」


 お母様が、少し驚いた顔をされた。それから、笑われた。


「あなたは昔からそうね。急に変なことを聞くの」


 見黒様が唇を尖らせた。


「変なことじゃないわよ」

「大きくなれたわよ。立派に。……お父様が見たら泣くわね。また」


 見黒様がほんの少し照れくさそうに、小さく笑われた。



 翌日、見黒様はグレン殿を呼ばれた。


「あの赤子のご一家のために、住まいを用意してほしいの」


 グレン殿が頷いた。


「どのような住まいがよろしいでしょうか」

「広い土地があって、周囲に建物がないところ。家は頑丈に作ってほしいの。あの子が泣くたびに壁に罅が入るのでは、暮らしが成り立たないでしょう。それと、修繕の費用も見ておいて」


 グレン殿がしばらく考えて、仰った。


「北の台地に、王室の所有地がございます。更地で、周囲に集落はありません。そこに石造りの家を建てるのであれば」

「いいわね。お願いするわ」


 グレン殿は深く頭を下げた。


 後で聞いたところ、グレン殿は「見黒様はあの赤子の成長を見越して、力が周囲に害を及ぼさぬよう環境を整えられた。しかも王室の所有地を与えることで、あの一家を王室の庇護下に置かれた」と分析していたという。


 わたくしは日誌に書いた。


「見黒様のお母様がお越しになり、魔力の強い赤子のご両親と面会された。お母様は、ご自身の十二年間をお話しになった。特別な子を育てた親の言葉は、同じ不安を抱える親にまっすぐ届いた。見黒様がご自身の幼少期について語られたのは、わたくしの知る限り初めてのことだった。見黒様は、あの赤子に自分を重ねておられたのかもしれない。力があるというだけで周囲が震える子。しかし中身はただの子供。見黒様もかつてそうだった。——わたくしはあの日、改めて思い知った。見黒様は最初から、特別だったのではない。特別だと周囲が決めただけだ」


-----


 魔力がめちゃくちゃ強い赤ちゃんが生まれたらしい。


(チート赤ちゃん。前世のなろうで山ほど見た設定だ。「生まれながらに最強」系。産声で蝋燭が燃え上がるとか、完全にそれ)


 両親が怯えて相談に来るって。


(まあそうよね。普通の親だったら怖いわよ。赤ちゃんが泣くたびに家が揺れるんだもの。でもこの手のテンプレ、大事なのは「力の大きさ」じゃなくて「周囲の対応」なのよ。チートキャラが闇落ちするかしないかは、育った環境で決まる。親が怖がって遠ざけたら闇落ちルート、普通に愛して育てたら英雄ルート。それはもう前世の漫画で百回証明されてる)


 両親が来た。若い夫婦だった。赤ちゃんを抱いた奥さんが、守るように抱き直したのが見えた。


 ああ……あの抱き方。取り上げられると思ってるんだ。前世の漫画でもあったな。特別な力を持つ子が国に連れていかれる話。


 ……あれ。それ、わたしのことでは?


「……その子を、見せてもらっていい?」


 赤ちゃんを抱いた。

 目を開けた。わたしの黒い髪を見上げて、小さな手で一房掴んだ。蝋燭がちらっと揺れた。魔力が漏れたんだろう。


「元気な子ね」


 この子、わたしの髪が気に入ったのかな。きれいなものに思えたのかな。力の加減がまだできないから、ちょっと痛い。でもこの手は、何かを壊そうとして伸ばされた手じゃない。ただ、きれいなものに触りたかっただけだ。


「力が強いのは、この子のせいではないわ。生まれ持ったものだもの。この子が何になるかは、この子が決めることよ」


 前世の漫画で一番好きだった台詞の一つ。「お前が何になるかは、お前が決めろ」。師匠ポジのキャラがよく言うやつ。……だけど、今回みたいなパターンだとちょっと文脈違うな。


「力があるかないかより、何が好きかの方が大事だわ」


 奥さんが泣いた。「悪い道に進まないか」と言った。


(悪い道に進まないように願うのは、親として当然のことだよね〜)


 ふと、思い出した。

 わたしの両親のことを。


 十二年間、黒髪の娘を隠して育てた人たち。「忌み子」と嘘をついて守ってくれた人たち。毎日本を持ってきて、お菓子を持ってきて、髪を梳いてくれた人たち。


 わたしも「特別」だった。黒い髪が生えているというだけで、国中が騒ぐ存在だった。両親は怖かっただろう。でも、普通に育ててくれた。


(……そうだわ)


「ねぇ。わたしの両親に、会ってみない?」


 夫婦が顔を上げた。


「わたしも……結構変わった子供だったの。黒い髪で生まれて、周りは気が気でなかったと思う。両親はわたしを十二年間、隠して育ててくれたわ」


 そういえば宮廷に来てから初めて人に話したかもしれない。自分の幼少期のこと。でも今はこの人たちに言うべきだと思った。同じ思いをしている人に、同じ思いをした人の言葉を届けたい。


「わたしの両親に手紙を書くわ。あなたたちと話してもらえるように」



 手紙を書いた。お母様宛に。


『お元気ですか。お父様の腰は大丈夫かしら。

 お願いがあります。特別な力を持つ赤ちゃんが生まれて、ご両親が怖がっています。お母様が、あのご夫婦と話してくれないかしら。

 わたしを育ててくれたときのこと、話してあげてほしいの。

 お母様の言葉が、一番届くと思うから。』


(短い手紙になった。でもお母様なら、これで全部伝わる)


 返事は二日で届いた。お母様の丸い字で「すぐ行きます」と書いてあった。


(……お母様、相変わらず行動が速い。ふふ、この人の娘だから、わたしも即断即決なのかもしれない)



 お母様が来た。


「アカリ。元気そうね」


 お母様。小さい。こんなに小さかったかしら。それともわたしが大きくなったのかしら。


「ええ。お父様は?」

「あなたに会いたがっていたわ。でも、ちょっと腰がね。手紙を預かっているわ」


 お父様からの手紙を受け取った。封を開けずに胸に当てた。


(……あとで読もう。今は絶対、泣きそうになるから)



 お母様と赤ちゃんのお母さんが向かい合って座った。わたしは窓辺にいた。


 お母様が、十二年間の話をしてくれた。


 黒髪で生まれた子供。忌み子と嘘をついて隠した日々。毎日会いに行ったこと。本を持って、お菓子を持って、髪を梳いたこと。


(……お母様、泣きそうになってる。でも笑ってる。この人は強い人だ。わたしが知らないところで、ずっと怖がりながら、ずっと笑ってくれていた人だ)


「特別な育て方なんて、できなかった。わたしたちは普通の人間だもの。できたのは、毎日会いに行くこと。あの子の好きな本を探すこと。髪を梳いてあげること。それだけだったわ」


 それだけ。お母様はそう言うけど、その「それだけ」が全部だったのよ。わたしの世界は、あの部屋と、お母様とお父様と、本と、お菓子と、鏡。世間では座敷牢と呼ばれていたらしいけど、わたしにとってはあそこがお城だった。足りないものなんてなかった。


「あの子はあの子のまま、大きくなった」


 大きくなった。うん。前世の記憶を持ったまま、テキトーなことを言い続けて、こうしてここにいる。お母様の言う通りだ。わたしはわたしのまま、大きくなった。


 赤ちゃんのお母さんが泣いていた。お母様が手を取っていた。


「怖くても、毎日会いに行ったの。それだけで、十分だったのよ」


(うう、……お母様。それを聞いて、わたしが泣かないと思ってるの)


 窓の外を見た。泣いてない。泣いてない。目が潤んでるのは、冬の風のせいだ。



 お母様と二人でお茶を飲んだ。


「お母様。ありがとう。来てくれて」

「いいのよ。あなたの頼みだもの」


 お茶を一口飲んだ。温かかった。


「あのご夫婦、少し楽になった顔をしていたわ」


 お母様がうなずいた。


「そうだといいわね」


 しばらく、二人で黙ってお茶を飲んだ。


「お母様」

「何?」


 お茶を置いた。


「……わたし、ちゃんと大きくなれた?」


 なんでこんなこと聞いたんだろう。前世の記憶もあって、神託者として城にいて、それなりにうまくやっている。ちゃんと大きくなれたかなんて、聞くまでもないことだ。でも、聞きたかった。お母様に、聞きたかった。


 お母様が少し驚いた顔をして、それから笑った。


「あなたは昔からそうね。急に変なことを聞くの」

「変なことじゃないわよ」

「大きくなれたわよ。立派に」


 お母様がお茶を一口飲んだ。


「お父様が見たら泣くわね。また」


 また、って言った。前にも泣いたことがあるんだ。わたしが宮廷に行くときかな。お父様、泣いてたのかな。見てなかったけど。


 二人で顔を見合わせて、小さく笑いあった。


 お母様が帰った後、お父様の手紙を開けた。


(……短い。お父様らしい)


 読んだ。

 読み終わって、しばらく手紙を膝に置いて、黙って座っていた。


 エルがお茶を淹れ直してくれた。エルは何も聞かなかった。ただ、温かいお茶を置いてくれた。


(……ありがとう、エル)


 鼻をすすった。冬の風のせいだ。



 翌朝、頭が冴えていた。なんかこう、ビビッと広く色んなものが見渡せるような感じ。


 あの赤ちゃん、泣くたびに壁が震えるんでしょ。普通の家じゃ暮らせないわよ。壁に罅が入る、窓が割れる、家具が倒れる。生活として無理がある。親がどれだけ愛情を持って育てても、家が壊れ続けたら心が折れちゃうわ。


(住居だ。住居を何とかしないと)


 グレンを呼んだ。


「あの赤子のご一家のために、住まいを用意してほしいの。広い土地があって、周囲に建物がないところ。家は頑丈に作って。石造りくらいがいいわ。それと修繕の費用も見ておいてちょうだい」

(前世のゲームでも、チートキャラの拠点は郊外の頑丈な家って相場が決まってる。周りに何もなければ被害も出ない。シンプルな話よ)


 グレンと二、三会話して、「かしこまりました」と頭を下げて去っていった。優秀すぎる。話をすごくきれいにまとめてくれるから助かってしまう。


(あと、あの子が大きくなったら庭で走り回れるくらいの広さがいいわね。子供は外で遊ぶものだし。……わたしは出なかったけど、あの子には外を走ってほしいな)

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