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神託少女は今日もテキトーを言う  作者: 絹田屋


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第二十五話 育てた推し作家がやってきた!!!!


 若き作家マリエスが城を訪れたのは、春のことだった。


 三年前、お触れに応じて森の獣の物語を送ってきた子供。見黒様が「蝶のようにかろやか」とお褒めになった子供。今やこの国で最も読まれている物語の作者。


 彼女は十五歳になっていた。


 若い作家は、城の入り口で足が止まっていたという。門番が声をかけて、ようやく中に入ったらしい。


 見黒様のお部屋に通された。

 わたくしは後ろに控えていた。


 マリエスは小柄な少女だった。目がきょろきょろと動いていた。見黒様の部屋の本棚を見て、窓を見て、池の方を見て、それから見黒様を見た。


 手土産を抱えていた。布に包まれた小さな袋。

 見黒様は窓辺の椅子に座っておられた。お茶の用意がしてあった。


「遠かったでしょう。座って」


 マリエスが、おずおずと座った。手土産を差し出した。


「あ、あの……これ、うちの村の干し果物です。大したものではないのですが……」

「あら、ありがとう。いただくわ」


 見黒様がさっそく包みを開けられた。一つ口に入れられた。


 わたくしは凍った。

 毒味をしていない。

 外部の者が持ち込んだ食べ物を、何の検査もなく、見黒様が口にされた。


 見黒様のことだ。おそらくお見通しなのだろう。この少女が害意を持たないことなど、あの目で見ればわかるのだろう。しかし、万が一ということがある。


 後で必ずお伝えせねばならない。お見通しであることは承知しております、しかし臣下の心の安寧のために、どうか毒味だけはお通しください、と。


「おいしい。甘いわね」


 マリエスの肩から、少しだけ力が抜けたのが見えた。



 お茶を飲みながら、見黒様はマリエスと話された。

 物語の話だった。


「七巻まで出たでしょう。全部読んでいるわよ」

「ぜ、全部……?」

「五巻の終わりの、獣が友達と別れる場面。あれは泣いたわ」


 マリエスの顔が、真っ赤になった。


 見黒様が読者として感想を述べられ、マリエスが照れながら裏話を語った。この場面はこういうつもりで書いた、あの場面は勢いで書いた、この登場人物は途中で予定より好きになってしまった。


 見黒様は楽しそうだった。目が輝いておられた。本の話をされるときの、あの目だった。


 やがて、マリエスが少し俯いた。


「あの……実は、最近、次に何を書けばいいかわからなくて……」

「あら」

「みんなが期待しているのはわかるのですが、いままでのお話を超えなければと思うと、手が止まってしまって……」


 見黒様が少し首を傾げられた。


「あなたが最初に送ってくれた手紙。あれは、誰かの期待に応えるために書いたの?」

「いいえ……ただ、書きたくて……」

「でしょう? それでいいのよ」


 見黒様が干し果物をもう一つ取られた。


「その時のあなたの年頃は、十二歳だったと聞いているわ。わたしがこの宮廷に招かれたのと同じ歳。わたし自身、その時と今で大きく変わったことは無いの。好きなものは好きなままよ」


 マリエスが顔を上げた。見黒様が十二歳で神託少女に就いたあの日のことは、わたくしは今でも昨日のように覚えている。マリエスはその時の情景を、想像で描いているのかもしれない。


「だからあなたも、あなたらしく物語を綴ってほしいの」


 マリエスの目が潤んだ。二人とも、不思議と十二歳の年頃の、同い年の友人のように見えた。



 しばらくして、見黒様が仰った。


「ねぇ。何日かいられるの?」

「三日ほどは……」

「じゃあ、書庫を見ていくといいわ。エル、案内してあげて」


 マリエスが目を輝かせた。


「あと、ガルドから来た作家の方々がいるの。紹介するわ。話が合うかもしれないわよ」


 マリエスが椅子から身を乗り出した。


「作家の方々に……お会いできるのですか」

「ええ。あの人たちも若い書き手に会えたら喜ぶと思うわ」


 見黒様がふと、声の調子を変えられた。


「他にもあったら言って。あなたが見たいもの、聞きたいこと、何でも。せっかく三日あるんだもの」

「え、あの、何でも……?」

「ええ。どんなことを見聞きしたいか教えて?」


 マリエスが少し考えて、おずおずと口を開いた。


「あの……見黒様の池も見てみたいです。見黒様が水鏡をお使いになっているとずっと聞いておりまして、一度見てみたいと思っておりました」

「いいわ、一緒に見に行きましょう」


 三日間、マリエスは城に滞在した。


 書庫で本に埋もれた。ガルドから来た年配の詩人と語り合った。庭師のヨルグに花の名前を教わった。池の前で見黒様と並んで水面を覗き込んだ。


 見黒様は朝と夕方にお茶を一緒に飲まれた。マリエスがその日に見聞きしたことを話すのを、楽しそうに聞いておられた。



 三日目の夕方。マリエスが帰る前に、見黒様に言った。


「見黒様。わたし、書きたいものが見つかりました」

「そう。よかったわ」

「あの……一つだけ。見黒様にお聞きしたいことがあるのですが」

「何かしら」

「見黒様は……なぜ、わたしのような者に、こんなによくしてくださるのですか」


 見黒様が少し首を傾げられた。


「あなたの紡ぎ出す物語が、どこまでも自由だからよ」


 見黒様がさも当然のように答えられた。

 マリエスの目から大粒の涙が溢れ、抑えきれなかったのかとうとう声を出して泣いた。


 見黒様は少し困った顔をされたが、マリエスの頭にそっと手を置かれた。



 マリエスを城門まで見送ったのは、わたくしだった。

 見黒様は部屋に残られた。「またね」と一言だけ仰った。


 城門までの道を歩きながら、マリエスは目を赤くしたまま、ぽつりぽつりと話してくれた。


「わたし、農家の娘なんです」

「……ええ」

「田舎の、小さな村の。本当なら、畑に出て、そのうちお嫁に行って、それだけの人生だったと思います」


 わたくしは黙って聞いていた。


「物語を書いていたのは、夜、一人のときだけでした。紙も貴重だったので、土間に棒で書いて、朝には消えてしまう。でも、心の中では自由にどこにでも行けました。森にも、海にも、知らない国にも」


 マリエスが鼻をすすった。


「見黒様のお触れを聞いて、初めて紙に書いたんです。母が少しだけ紙を分けてくれて。あの手紙が、わたしの人生で初めて、紙に書いた物語でした」


 わたくしの足が、一瞬止まった。


「お返事をいただいたとき、母が泣いて、父が喜んで、村中が大騒ぎで。それからは……物語のおかげで、暮らしがずいぶん変わりました。両親に楽をさせてあげられるようになって。祖父母は田舎が好きだからって出てこないのですが、それでも、前よりずっと……」


 マリエスが立ち止まった。城門の前だった。


「見黒様に、『なぜよくしてくださるのですか』とお聞きしたとき——」

「ええ」

「『あなたの紡ぎ出す物語が、どこまでも自由だから』と仰ったでしょう」

「……はい」

「わたし、土間に棒で書いていた頃から、物語の中でだけは自由だったんです。どこにでも行けた。見黒様はそれを、わかってくださった」


 マリエスが深く頭を下げた。


「エルさん。見黒様のお傍にいてくださって、ありがとうございます」


 わたくしは何も言えなかった。頭を下げ返すのが精一杯だった。


 マリエスの姿が街道の向こうに小さくなっていくのを、わたくしはしばらく見ていた。


 日誌に書いた。


「若き作家マリエスが城を去った。見送りの際に聞いた話を、ここに記す。マリエスは農家の娘だった。土間に棒で物語を書いていた少女だった。紙に書いた最初の物語が、見黒様へのあの手紙だったという。見黒様のお触れとお返事が、あの子の人生を変えた。しかし見黒様はそのことをご存じない。見黒様はただ、面白い物語を読みたかっただけだ。それだけのことが、一人の少女の人生を変えた。見黒様は身分に関係なく、有能な方を見出す目をお持ちだ。子供の手紙一つから国民的な作家を見出されたように。その目を、その存在を、万が一にでも失うことがどれほどの損失か。わたくしは今日、改めてそれを思い知った」


 筆を置いてから、もう一つだけ書き足した。


「見黒様は、マリエスの物語を『どこまでも自由だから』とお褒めになった。見黒様ご自身は、十二歳でこの宮廷に招かれてから、一度もこの城を出ておられない。見黒様が物語をあれほどお好みになるのは、物語の中に自由を感じておられるからではないか。——これは、わたくしの勝手な推察であり、日誌に記すべきことではないかもしれない。しかし、書かずにはいられなかった」


-----


 マリエスが!!!!来た!!!!


 あの子だ。三年前に手紙をくれた子。森の獣の話を書いた子。十五歳になっていた。


(来た来た来た来た!!! 本物だ!!! マリエス先生が! うちの城に!!!)


 心の中で絶叫していた。顔には出さない。出さないけど心臓はばくばくしている。


(落ち着け落ち着け。わたしは見黒様だ。神託者だ。キャーキャー言うわけにはいかない。でも推し作家が目の前にいる。生きてる。呼吸してる。リアルに存在してる)


 部屋に通した。お茶を用意しておいた。

 小柄な女の子だった。目がきょろきょろしていた。手土産を持っていた。


「あ、あの……これ、うちの村の干し果物です。大したものではないのですが……」


 推し作家からお手土産もらってる……わたし今、推し作家からお手土産もらってる。ウオォォ……額縁に入れて飾りたい!食べるけど!


「あら、ありがとう。いただくわ」


 食べた。甘くて素朴な味で癒される。なんかエルがものすごい顔してたけどよく分からなかった。


(おいしい。推しが持ってきたというだけで三割増しおいしい)

「おいしい。甘いわね」


 マリエスの肩が少し下がった。緊張がほどけたらしい。



 お茶を飲みながら物語の話をした。


「七巻まで出たでしょう。全部読んでいるわよ」


 なんたってわたし、ブクマ一号ですから。新刊出るたびにエルに「届いた?」って聞いてる。


「五巻の終わりの、獣が友達と別れる場面。あれは泣いたわ」

(マジで泣いた。あの別れの描写は天才。まじ天才よ)


 マリエスが裏話をしてくれた。この場面はこう書いた、あれは勢いだった、このキャラは予定より好きになった。


(やばいやばいやばい。独占インタビューだこれ。前世だったら有料コンテンツよ。作家本人から直接裏話聞けるとか、ファンクラブ限定イベントじゃん。しかも参加者わたし一人。贅沢すぎる)


 しばらく話していたら、マリエスが少し俯いた。


「あの……最近、次に何を書けばいいかわからなくて……」

(あー。もっといいものを書かなきゃ、って思っちゃってるのか)


「あなたが最初に送ってくれた手紙。あれは、誰かの期待に応えるために書いたの?」

「いいえ……ただ、書きたくて……」

「でしょう? それでいいのよ」


 干し果物をもう一つ食べた。


「その時のあなたの年頃は、十二歳だったと聞いているわ。わたしがこの宮廷に招かれたのと同じ歳。わたし自身、その時と今で大きく変わったことは無いの。好きなものは好きなままよ」

(ガチでそう。本読んでお茶飲んで鏡の前でかっこいいセリフ練習してるだけだし)

「だからあなたも、あなたらしく物語を綴ってほしいの」


 マリエスの目が潤んだ。なんだか分かり合えたような気がして、胸の中が温かくなった。



「ねぇ。何日かいられるの?」

「三日ほどは……」

「じゃあ書庫見ていきなさいよ。あとガルドから来た作家さんたちも紹介するわ」


 マリエスの目がぱっと変わった。書庫のときとは違う光り方をしていた。


「作家の方々に……お会いできるのですか」 


 おお、食いついた。やっぱり同業者に会いたいんだ。


(いや、そらそう。書き手にはインプットが大事よね。前世でも推し作家が取材旅行から帰ってきた後の新作、明らかにディテールの厚みが違ったもの)

「他にもあったら言って。あなたが見たいもの、聞きたいこと、何でも。せっかく三日あるんだもの」

「え、あの、何でも……?」

「ええ。どんなことを見聞きしたいか教えて?」


 面白い話を書いてもらうためのインプットは惜しまないわよ。だってわたしがその出力を読むんだから。投資みたいなものよね!


「あの……見黒様の池も見てみたいです。見黒様が水鏡をお使いになっていると聞いて、ずっと見てみたくて」

「いいわ、一緒に行きましょう」


 三日間、マリエスは城にいた。書庫に埋もれて、詩人と語って、ヨルグに花の名前を教わって、池を覗き込んだ。


 朝と夕方にお茶を一緒に飲んだ。マリエスがその日あったことを話してくれるのが楽しかった。



 三日目の夕方。帰る前にマリエスが聞いてきた。


「見黒様は……なぜ、わたしのような者に、こんなによくしてくださるのですか」

(え? なんで?)

「あなたの紡ぎ出す物語が、どこまでも自由だからよ」


 だってそうじゃない。マリエスの書くものには、柵がない。書きたいから書いている。それが全部伝わってくる。だから読んでて気持ちいいのよ。会話のテンポも描写もスッと入ってきて、まるで自分が体感してるような読み応えだもの。


 マリエスがわんわん泣いた。声を出して。


(え、ちょ、なんで泣くの。そんな泣くこと言った?)


 なんで泣いているのかわからなかったが、泣いている子の前でおろおろしているのも変なので、頭にそっと手を置いた。


(お母様がわたしにしてくれた仕草だ。泣いている人には、これ。……ああどうしよう、前世含めて人を慰めたり励ましたりした経験が!!!無さすぎる!!!)



 マリエスが帰ることになった。わたしは自室からは出ずに、「またね」と言って見送った。


 部屋に一人になった。窓の外を見ると、マリエスが城門を出ていくのが小さく見えた。


(あの子、なんであんなに泣いたんだろう。「あなたの物語は自由だ」って、思ったことを言っただけなんだけどな)


 干し果物がまだ残っていた。もう一つ食べた。素朴でおいしかった。


(マリエスの村の干し果物。今度エルに頼んでたくさん取り寄せてもらおうかしら)


 本を開いた。七巻を、もう一回読み直そうと思った。


(……やっぱり作家にとって、あなたの物語は自由だって言われるのは、嬉しいことなのかな)


 ページをめくった。軽やかなワンシーンがそこに広がっていた。

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