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神託少女は今日もテキトーを言う  作者: 絹田屋


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第二十四話 それはムダ会議ってやつよ


 その日、大臣たちの議論は深夜に及んでいた。

 議題は、北方の交易路の変更だった。


 山間部の街道が土砂崩れで通行不能になり、復旧には数ヶ月かかる見込みだった。迂回路を設けるか、復旧を待つか。迂回路を通すなら東側の谷を使うか、西側の峠を使うか。


 東側の谷を推す派と、西側の峠を推す派が真っ向からぶつかっていた。


「東の谷は距離が短い。商人たちの負担が少ない」

「しかし谷には盗賊の巣がある。護衛をつけねばならず、結局費用がかさむ」

「西の峠は安全だが、高地を通るため荷馬車の通行に制限がかかる。重い荷は運べない」

「ならば荷を分割すればよい」

「分割すれば輸送回数が増えて時間がかかる。時間がかかれば生鮮品が傷む」

「そもそも復旧を急ぐべきでは——」

「復旧の費用は何処から捻出するのだ」


 深夜になっても結論は出なかった。大臣たちの声が次第に荒くなっていた。机を叩く者もいた。


 わたくしは会議室の外の廊下に控えていた。見黒様のお部屋に夜食をお持ちする途中で、会議の騒がしさに気づいて足を止めていた。


 声が漏れていた。壁が薄いわけではなかったが、それだけ声が大きかったのだ。



 見黒様が、廊下に現れた。


 わたくしは驚いた。見黒様がこの時間にお部屋を出られるのは珍しい。


「見黒様。こんな時間にどうなさいました」

「お茶菓子がなくなったの。厨房に行こうと思って」

「お待ちいただければ、お聞きいたしましたのに……」

「いいのよ、気分転換ってやつ」


 見黒様は寝間着のままだった。髪もおろしたままで、少し乱れていた。しかし、その姿がまた——月明かりの廊下で、乱れた黒髪が、まるで計算されたかのように美しく見えた。


 会議室の前を通りかかった。

 中からまた声が聞こえた。


「だから東の谷だと言っているだろう!」

「西の峠の方が確実だ!」


 見黒様が足を止められた。


「……何してるの、こんな夜中に」

「大臣たちが、交易路の件で議論をされておりまして……」

「ああ。ここの声だったのね。うっすらと部屋まで聞こえるのよ」


 見黒様がため息をつかれた。

 わたくしが何か申し上げる前に、見黒様は会議室の扉を勢いよく開けてしまわれた。



 大臣たちが凍った。


 深夜の会議室に、寝間着姿の見黒様が立っておられた。黒髪がおろしたまま、月明かりを背負って。


「み、見黒様……!」

「こんな夜更けに、何事でございましょう……!」


 見黒様は、ゆったりと室内を見渡された。


「お話は聞かせてもらったわ」


 全員が石になった。


 見黒様は、この議論を最初から聞いておられたのだ。部屋にいながら、壁越しに、全てを。大臣たちの顔から血の気が引いた。


 見黒様が卓の上の地図を覗き込まれた。


「東の谷と、西の峠ね」

「は、はい……」

「両方使えばいいじゃない」


 沈黙。


「軽い荷は峠を越えさせて、重い荷は谷を通す。谷の護衛は、峠を越えた先の駐屯所から人を回せるでしょう? 峠と谷の合流地点はここよね」


 見黒様が地図の一点を指された。


「ここに簡易でも拠点を設けるのがいいわ。歩き通しで護衛をつけるよりも、中継の拠点があった方が食糧や装備の心配がないもの」


 大臣たちが地図を覗き込んだ。

 長い沈黙のあと、一人の大臣が呟いた。


「……なぜ、我々はこの案を考えなかったのか」

「谷派と峠派に分かれて争っていたから、両方使うという発想が出なかったのだ……」

「しかも中間拠点とは……。確かに、護衛の交代や荷の積み替えを一箇所で行えれば、どちらのルートも格段に安全になる」

「拠点があれば、復旧工事の前線基地にもなる。街道の復旧も早まるのではないか」


 見黒様は満足そうに頷かれた。


「では、その後の委細は任せるわ」


 そのまま廊下に出ていかれた。

 残された大臣たちは、しばらく動けなかった。


 やがて、一人が声を絞り出した。


「……見黒様は、深夜に我々の議論をお聞きになり、結論を出してくださった」

「しかも我々が何時間も出せなかった答えを、一目で……」

「いや、見黒様はお聞きになっていたのだ。……そして、我々が自力で答えにたどり着くことを待っておられた。しかしたどり着けなかったから、やむを得ずいらしたのだ……」

「恐ろしいお方だ……」


 わたくしは日誌に書いた。


「深夜、見黒様が大臣たちの議論にお越しになった。『お話は聞こえていた』と仰せられた。東の谷と西の峠の争いを、『両方使えばいい』の一言で収められ、さらに中間拠点の設置まで指示された。見黒様は常に全体を見ておられる。派閥や立場に囚われず、最も単純で最も正しい答えを示される。我々がお互いの意見を打ち負かそうとしているとき、見黒様はお互いの意見を活かそうとしておられた」


-----


 夜中に小腹が減ったので、エルに夜食をお願いしてたのだけれども。口の中が甘いものを欲していた。


(お茶菓子……あ、切れてた。厨房に行くか)


 部屋を出た。廊下は暗かったが、月が出ていたので足元は見えた。


 歩いていたら、どこかから声が聞こえてきた。


(なんか騒がしいな。こんな夜中に)


 声がだんだんはっきりしてきた。大臣たちの声だった。


「だから東の谷だと言っているだろう!」

「西の峠の方が確実だ!」


 会議室の前に、夜食をお盆に載せたエルがいた。


「見黒様。こんな時間にどうなさいました」

「お茶菓子がなくなったの。厨房に行こうと思って」

「お待ちいただければ、お聞きいたしましたのに……」

「いいのよ、気分転換ってやつ」


 エルってば本当にいい子〜!とか思ってたら会議室からまた声が聞こえた。

 部屋にいるときからうっすらと声は聞こえていた。けっこう長い時間やっていた。読書の邪魔になるほどではなかったが、BGMとしてはうるさかった。


(前世の職場の会議を思い出すわ。結論出ないまま深夜までやるやつ。あれ一番生産性が低いのよね)


 扉を勢いよく開けた。


(正直に言うと、通りがかりに解決できたら格好いいな〜と思った。漫画でよくあるじゃない。主人公が扉を開けて「話は聞かせてもらった」って入ってくるシーン。あれ、一回やってみたかった)



 大臣たちが固まっていた。


(お、固まった。やっぱりこの時間に寝間着で入ってきたらびっくりするわよね)

「み、見黒様……!」

「お話は聞かせてもらったわ」


 だって本当に聞こえてたし。声大きいのよあなたたち。


「東の谷と、西の峠ね」

(ふんわり聞こえてた内容だけで概要は把握してる。ってかそれくらい単純な話なのよ。東派と西派で割れてるのよね。東は近いけど危ない、西は安全だけど不便。そこまでは聞こえていた)


 卓の上に地図が広げてあった。


(お、地図だ。ファンタジーの地図。前世のRPGの地図を思い出す。……ふむふむ、東の谷と西の峠。こう見ると、両方使えばよくない?)


 RPGだと複数ルートを使い分けるの当たり前だし。重い荷物は谷ルート、軽い荷物は峠ルート。物流の基本でしょ。


「両方使えばいいじゃない」


 大臣たちが目を見開いた。


(あれ、そんなに驚くこと?)

「軽い荷は峠を越えさせて、重い荷は谷を通す。谷の護衛は、峠を越えた先の駐屯所から人を回せるでしょう? 峠と谷の合流地点はここよね」


 地図で見るとこの辺。二つのルートが合流する地点がある。ここに中継拠点を置けば効率的だと思うんだけど。


「ここに簡易でも拠点を設けるのがいいわ。歩き通しで護衛をつけるよりも、中継の拠点があった方が食糧や装備の心配がないもの」


 RPGだったらセーブポイント兼宿屋がある場所ね。回復ポイントなしでダンジョンを歩き通すのは効率が悪い。拠点で装備を整えて、護衛を交代して、次の区間に進む。ゲームの基本よ。


 大臣たちが地図をじっと見ていた。誰も何も言わなかった。


(……もしかしてこの人たち、東か西かの二択で考えてた? 両方って選択肢がそもそもなかったのかな。前世の会議でもあったな、AかBかで揉めてるけど、AもBもやればいいじゃんっていう)


「では、その後の委細は任せるわ」

(本来の目的を忘れてはいけない。お茶菓子とり行こう〜!)



 厨房で夜番の人にお菓子をもらった。青い実の焼き菓子が残っていた。ラッキー。


 行儀が悪いけど、部屋に戻りながら食べた。

 エルがいた。


「見黒様……」

「何?」

「あの……先ほどのこと。大臣たちは大変感服しておりました」

「そう? 普通のことしか言ってないわよ」


 両方使えばいいって、普通の発想でしょ。東か西かで争ってるのを見て両方って思うのは、前世のオタクなら誰でもやる。推しが二人いたとして、どっちのグッズ買う?みたいに考えずに「両方買えばいい」で済む話だもの。二択にする必要がない。


「見黒様は、あの場に偶然いらっしゃったのですか」

「お菓子を取りに行く途中だったのよ。本当に」

(嘘じゃないし。お菓子。ほら、今食べてるし)

「……かしこまりました」


 エルの顔が、いつもの「信じていないけれど信じます」の表情だった。最近この顔をよく見る。


 菓子を食べ終わって、本を開いた。


 しかし「話は聞かせてもらった」の登場シーン、できちゃったな。大臣たちの固まり方が良かったわ〜。


(……ていうかあの人たち、明日寝不足で大変そうね。お仕事お疲れ様です)

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