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神託少女は今日もテキトーを言う  作者: 絹田屋


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第十五話 怪文書が来たので返事を書きます


 南の隣国ヴェルデ王国から書状が届いたのは、秋の深まった頃だった。


 書状は二通あった。

 一通は陛下宛の正式な外交文書。もう一通は、見黒様宛だった。


 陛下宛の文書は、通商条約の見直しを迫る内容だった。これまでの条件では不服である、改めなければ交易路の閉鎖もやむを得ない——外交の体裁を保ってはいたが、要するに圧力をかけた内容だった。


 問題は見黒様宛の書状だった。神託者に対して直接書状を送ること自体が異例だ。陛下を飛び越えている。


 内容は、こうだった。


「黒髪の神託者殿。貴殿の名声は南方にも届いている。しかし、名声とはしばしば実態を伴わぬものである。真に神託の力をお持ちであるならば、我が国との関係において何が最善であるか、お示しいただきたい。さもなくば、貴殿の名声は虚飾であったと、広く知らしめることになろう」


 事実上の脅迫状だった。


 大臣たちの顔が青ざめた。見黒様にお見せするかどうかで、評議が紛糾した。


「見黒様のお心を煩わせるべきではない」

「いや、見黒様宛の書状だ。お見せしないわけにはいかない」


 最終的に、陛下が判断された。


「アカリ殿にお見せしよう。あの方なら、何か仰るだろう」


 わたくしが、お届けする役を仰せつかった。



 見黒様にお渡しした。封を開けられた。読まれた。

 わたくしは見黒様の表情を注視していた。

 見黒様の目が、きらりと光った。口元が、わずかに上がったのが見えた。


 怒りでも悲しみでも動揺でもなかった。あえて言うなら、挑戦を受けて立つ者の目だった。


「エル。紙と筆を用意してくれるかしら」

「お、お返事……ですか」

「ええ。手紙をもらったら返事を書くのは礼儀でしょう?」


 見黒様は筆を取られた。迷いがなかった。何を書くか、すでに決まっておられるかのように、筆が動いた。


 わたくしは後ろから、見黒様がお書きになる文字を読んだ。


 一行目。「書状、拝読いたしました。遠方よりのお心遣い、嬉しく思います」——脅迫を「お心遣い」と呼ぶことで、相手の攻撃をこの世に存在しなかったことにしている。


 二行目。「国の礎とは、人の目に映るものばかりではありません。地の底に眠るもの、まだ誰の手にも触れられていないもの——それらもまた、いずれは陽の下に出るものです」——あの花木の神託と同じ手触りがあった。国の成り立ち、国力の根幹について説いておられるのだろう。見黒様だけに見えている何かが、この言葉の奥にある。わたくしにはそれが何かまではわからなかった。


 三行目。「わたしがそれを陛下にお伝えするまでもなく、あなた方はすでにご存じのはず」——この一文を読んだとき、わたくしの手が冷たくなった。見黒様は、陛下への報告を、ご自身の判断で保留しておられる。つまり、陛下すら知らない何かを、見黒様は知っておられるのだ。


 四行目。「もしお会いできる日が来るのであれば、お茶でもご一緒できれば幸いです」——脅迫にお茶で返す。あの方の器は底が知れない。


 見黒様は書き終えて、読み返され、小さく頷かれた。


「これでいいわ」


 わたくしは返書をお預かりした。手が、かすかに震えていた。



 返書は陛下にもお見せした。陛下は三度読み返され、送ることを許可された。


 二週間後、南方から新しい書状が届いた。従来通りの条件での合意だった。付記に「お茶の件、いずれお受けしたく存じます」とあった。


 ラルフ将軍が仰った。「見黒様は戦を茶に変えられた」。


 わたくしは日誌に書いた。


「本日、南方との緊張が解消された。見黒様は一通の返書で事を収められた。あの返書が南方に何を伝えたのか、わたくしにはわからない。しかし、見黒様の言葉は花木の神託と同じように、聞く者によって異なる刃を持つ。見黒様にとって、言葉とは武器であり、盾であり、鏡である」


-----


ヴェルデ王国視点


 返書が届いたのは、送ってから十日後のことだった。


 わたし——南方ヴェルデ王国の宰相ガルシアは、その封書を執務室で受け取った。


 北の小国の、神託者からの返書。


 正直なところ、返書が来るとは思っていなかった。あの手紙は脅しだ。まともに返す人間はいない。無視するか、激昂するか。どちらであっても構わなかった。どちらに転んでも、あの国の求心力の核を削れる。


 それが、この書状の目的だったのだが……。


 封を切った。短い文面だった。



「書状、拝読いたしました。遠方よりのお心遣い、嬉しく思います」


 脅迫状を「お心遣い」と呼んでいる。皮肉か。いや——皮肉にしては温度が低すぎる。怒りの気配がない。


 それがかえって、嫌な予感になった。


「国の礎とは、人の目に映るものばかりではありません。地の底に眠るもの、まだ誰の手にも触れられていないもの——それらもまた、いずれは陽の下に出るものです」


 汗が吹き出た。

 地の底に眠るもの。まだ誰の手にも触れられていないもの。


 我が国の南部山岳地帯では、三年前から密かに鉱脈の調査を行っていた。希少な鉱石の埋蔵が確認されており、採掘はまだ始めていない。この情報は、国内でもごく一部の者しか知らない。


 知らないはずだ。


「わたしがそれを陛下にお伝えするまでもなく、あなた方はすでにご存じのはず」


 サア……と血の気が引いていった。


 「わたしが陛下にお伝えするまでもなく」——伝えようと思えばいつでも伝えられる、ということだ。我が国が秘密裏に鉱脈を確保していることを、北の国の陛下に。


 あの鉱脈の存在が知られれば、交渉の力関係は一変する。交易条件の見直しを迫れたのは、北が我が国の経済力を過大評価しているからだ。実態は、鉱脈の開発に資金を注ぎ込んでいるために余裕がない。それがバレれば、足元を見られる。


「もしお会いできる日が来るのであれば、お茶でもご一緒できれば幸いです」


 お茶。


 これは余裕ではない。宣告だ。

 わたしは書状を机に置いた。手が震えていた。



 王に報告した。


「陛下。……これは、我が国の鉱脈のことを言っているのでは」


 王は三度読み返した。


「……条約の更新は、従来通りの条件で合意せよ。これ以上の圧はかえって不利になる」


 通商条約は従来通りで更新された。付記に「お茶の件、いずれお受けしたく存じます」と添えた。


 書状を封じながら、わたしは思った。

 藪を突いてしまったのだ。神託少女は本物だった。


-----


 なんと手紙が来た。

 南の隣国から。わたし宛に。


 エルが持ってきたとき、少し深刻な顔をしていた。でもわたしは封を開けて読んだ瞬間、心の中でガッツポーズをしていた。


(怪文書きたわ……!)


 前世で読んだ漫画やラノベに何度も出てきたやつだ。敵対勢力から主人公に送りつけられる脅迫状。「お前の力が本物なら証明してみろ」系のやつ。あれが、わたしのもとに来た。リアルに来た。


(最高じゃない。これ、コレクションしたい。額に入れて飾りたい)


 怖くはなかった。返事を書こう。手紙をもらったら返事を書くのは礼儀だ。実家でお父様に教わった。


「エル。紙と筆を用意してくれるかしら」

「お、お返事……ですか」

「ええ。手紙をもらったら返事を書くのは礼儀でしょう?」



 さて、何を書くか。

 相手が求めているのは「最善を示せ」だ。


(最善ねぇ。最善なんてわたしにわかるわけないじゃない。この国の外交なんて何も知らないし)


 まず礼儀正しく書き出した。


「書状、拝読いたしました。遠方よりのお心遣い、嬉しく思います」

(お父様が言ってた。どんな手紙にも、まず感謝から入れ、と)


 次に、「最善とは何か」への返答。


 ふと、前に庭で言った花の話を思い出した。花は枝先に咲くけど、咲かせているのは土だ、というやつ。おばあちゃんの受け売り。

 あのとき、大臣たちがすごく反応していた。目に見えるものの裏に、目に見えないものがある——という構造の言い回しは、どうやら政治の人たちに刺さるらしい。


(じゃあ、あれの発展版でいこう。花と土の話をもう少し広げて……)


 前世で読んだ冒険譚を思い出した。宝は地の底に眠っている。大事なものはいつも、見えないところにある。RPGでもそうだ。最終ダンジョンの宝箱は地下深くにある。


(「地の底に眠るもの」。うん、いい響き。格好いい)


「国の礎とは、人の目に映るものばかりではありません。地の底に眠るもの、まだ誰の手にも触れられていないもの——それらもまた、いずれは陽の下に出るものです」

(花の話が「上に見えるものと下で支えるもの」だったから、今度は「地の底に隠れているもの」。シリーズとして統一感がある。うんうん、よし)


 次。相手に考えさせる。「答えはあなたの中にある」のフォーマル版。


「わたしがそれを陛下にお伝えするまでもなく、あなた方はすでにご存じのはず」

(自分の国の最善なんて、自分たちが一番わかってるでしょ。わたしがわざわざ陛下に聞いたりするような話じゃないわ。あなたたちの国のことはあなたたちが考えなさい、ということ)


 最後に、締め。前世の漫画の「器のでかい主人公」ムーブ。


「もしお会いできる日が来るのであれば、お茶でもご一緒できれば幸いです」

(完璧。怪文書に歓待のお茶で返す。前世の漫画で一番好きなタイプの切り返し)


 書き終えた。読み返した。文章として格好いいし、礼儀も保ってるし、何より厨二っぽくて好き。


 エルに渡した。エルの手がかすかに震えていた。


(なんで震えてるの、この子)



 二週間後、南から返事が来たらしい。従来通りの条件で合意、とのこと。


(え、あっさり引いた。怪文書まで送ってきたのに。なんでだろう)


 ラルフ将軍が「見黒様は戦を茶に変えられた」と言っていたらしい。


(戦を茶に? わたしはただ、手紙の返事を書いて、お茶に誘っただけなんだけどな)


 まあ、平和になったのだからいいか。


(しかし今回の怪文書、いい記念品だわ。前世のオタク的に言えば、「推し作品の限定グッズ」みたいなもの。わたし宛の脅迫状なんて、人生で一通しか来ないかもしれないし)


 引き出しの奥にしまった。


 エルには「大切なお手紙を保管しておくわ」と言っておいた。エルはまた感動した顔をしていた。


(「脅迫状すら大切にされる見黒様の器」とか、日誌に書いてんのかな)


 本を開いた。今日の三冊は、南方の風俗記と、薬草図鑑と、恋愛譚の新刊だった。


(南方の風俗記、今読むとタイムリーだわね。お茶に誰か来たときのために、向こうの文化を勉強しておこう)


 読み始めた。結構、ロマンティックな話が紡いであったので私は結構ヴェルデ王国のことが好きになった。


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