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神託少女は今日もテキトーを言う  作者: 絹田屋


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第十話 花は言葉を持っているのよ


 庭師のヨルグが、見黒様のお目に留まる花を咲かせたいと願い始めたのは、杞憂をお聞きいただいたあの日からだった。


 苗木の話。枯れるのではないかと毎朝見に行っていた、あの苗木の話。見黒様は「苗木は育っているわ。支えてあげるのがいいわね」と仰った。あの日からヨルグは変わった、と周囲は言う。


 朝が早くなった。花壇に向かう足が速くなった。以前から真面目な男だったが、仕事に込める熱が、明らかに変わった。


 ヨルグが目指したのは、城の庭園の一角にある、古い花壇だった。長年手入れが行き届かず、半ば放置されていた場所だ。そこに、ヨルグは一年をかけて花を植え直した。


 土を入れ替え、水はけを整え、季節ごとに異なる花が咲くように配置を考えた。春には白い小花が地面を覆い、初夏には青い花が穂を立て、盛夏には赤と橙の花が燃えるように咲く。秋には紫の花が静かに揺れ、冬には常緑の葉が雪の中で光る。


 一年がかりだった。


 ヨルグは誰にも言わなかった。見黒様に見てほしいとも言わなかった。ただ、いつか見黒様が池へ向かわれる途中で、足を止められるかもしれない。そう思って、花壇の配置を、池への道沿いに寄せた。


 やがて、多くの花が咲いた。


 盛夏の花壇は、ヨルグの思い描いた通りになった。赤と橙と、その間に差し込まれた白い花が、夏の光の中で鮮やかに輝いていた。


 ヨルグは毎朝、花壇の前に立った。今日こそは、と思いながら。



 その日は、午後の水鏡の時間だった。

 見黒様が池へ向かわれる途中、足を止められた。


 わたくしは見黒様の後ろに控えていた。見黒様が歩みを緩められるのがわかった。


「……あら」


 小さな声だった。

 見黒様は花壇を見ておられた。赤と橙と白の花が、風に揺れていた。


「エル。これ、前からあったかしら」

「庭師のヨルグが一年かけて作り直したものだと聞いております」


 見黒様はしばらく花壇の前に立っておられた。しゃがんで、赤い花にそっと手を伸ばされた。触れるか触れないかの距離で、指を止められた。


 花壇の向こう側、木立の陰に、ヨルグがいた。わたくしにはわかっていた。毎日、この時間にここにいるのだ。


 見黒様が立ち上がられた。


「手を掛けた愛があるわね」


 見黒様の声は静かで、確かだった。

 木立の陰で、ヨルグの肩が震えたのが見えた。



 見黒様は花壇の前をゆっくりと歩かれた。花の一つ一つを見ておられた。

 やがて、白い花の前で足を止められた。他の花より小さく、目立たないが、品のある花だった。


「この花は……」


 見黒様が少し考えておられた。


「忠誠。それから、真っ直ぐな想い」


 わたくしは息を呑んだ。

 見黒様は白い花を見つめながら、ぽつりと仰った。


「花は自分では言葉を話せないけれど、植えた人の心が、花の言葉になるのよ」


 木立の陰で、ヨルグが膝をついた音が聞こえた。


 見黒様はそれには気づいておられないようだった。もう池の方へ歩き始めておられた。


 わたくしはヨルグの方を一度だけ見た。ヨルグは地面に手をついて、肩を震わせていた。


 日誌に書いた。


「見黒様が庭師ヨルグの花壇に足を止められた。『植えた人の心が花の言葉になる』と仰せられた。ヨルグの一年は、今日、見黒様に届いた」


-----



 池に行く途中で、花壇がすごいことになっていた。


(わ〜〜きれ〜〜!)


 赤と橙と白の花が、どわっと咲いていた。前からこんなだったっけ。いや、前はもっと地味だった気がする。雑草が生えてて、花もまばらだった。


 エルに聞いた。


「エル。これ、前からあったかしら」

「いえ、庭師のヨルグが一年かけて作り直したものだと聞いております」


(一年! 庭師さんがこれを! すごいな……一年かけてこれを作ったの。ゲームだったら大型アプデ級のコンテンツ量だわ)


 しゃがんで、赤い花を近くで見た。花びらの重なり方が繊細だった。色のグラデーションが自然で美しかった。こういうのは前世のディスプレイでは再現できない。実物の花は、やっぱり違う。


「手を掛けた愛があるわね」


 本当にきれい。手間ひま掛けて、手塩にかけて育てたっていうのがひしひし伝わってくる。愛されてる物を見ると癒される。素直にそう思った。



 花壇を歩きながら、前世のことを思い出していた。


(花吐き病とかあったな〜久々に思い出した)


 前世の二次創作で流行ったやつ。片思いすると花びらを吐くっていう架空の病気。喉に詰まりそうで大変だよなと思っていたが、「感情が花になって出てくる」という発想は好きだった。


 白い花の前で足が止まった。小さくて目立たないが、品がある花だった。


(この花、前世で見かけたら花そっくりだな。たしか花言葉が……忠誠とか、真っ直ぐな想いとかだった気がする)


「この花は……。忠誠。それから、真っ直ぐな想い」

(花言葉って、花が勝手に持ってるわけじゃないのよね。植えた人が、その花を選んだ時点で、もう言葉になってるというか)


「花は自分では言葉を話せないけれど、植えた人の心が、花の言葉になるのよ」

(うん。今のいいこと言ったな。黒髪に生花は映えるだろうけど、眺めるだけにしておこ)


 後ろの方で何か音がしたが、気にしなかった。池に行こう。今日の水面もきっときれいだ。



 池のそばで、水面に映る自分を確認した。


(夏の光だと、黒髪のツヤがすごい。花壇の色と合わせると、なかなかの絵面ね)


 ふわっと、花の匂いがここまで届いた。池の水面を見ているのに、背中に花壇の気配がある。

 振り返った。花壇の向こうの木立が、風で少しだけ揺れていた。


 また来よう。秋には違う花が咲いているかもしれない。

 

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