92話 決着・その2
「俺が急に強くなったわけじゃない。お前さんが急に弱くなったわけじゃない」
まだダメージの残る奴隷商人は必死に息を整えていた。
そんなヤツに、俺はゆっくりと言う。
「手加減してたんだよ」
「……なんじゃと?」
「ちょっと、とある人が起きるのを待ってたんでな。とっとと事件を解決しちまうと、その人は眠ったままになるかもしれない」
無事、師匠は起きてくれた。
なら、もう容赦しなくていい。
全力でやるだけ。
アズとユナ、チェルシーはうまくやっているか?
そのことについて、やや心配はあったが……
ただ、信じることにした。
……仲間だから、な。
「さて……望んだ事態が起きた以上、もう時間を稼ぐ必要はない。待つ必要はない。とっとと終わらせる」
「ふざ……けるな!」
奴隷商人が魔物のような表情でこちらを睨みつけてきた。
闘気が迸る。
両手の糸を構える。
繰り出してくるのは必殺の一撃。
己の全てをかけた、おそらくは人生で最高の一撃。
極限まで追い詰められたことでそれを繰り出せることができるようになったのだろう。
……で。
俺はその最高の一撃を待っていた。
しっかりと見て軌道を読む。
その攻撃にこめられている奴隷商人の意図も読む。
全てを読み切る。
その上で完全に回避をして……
「終わりだ」
奴隷商人の背後に回り込み、両足の膝の裏に、つま先をえぐりこむようにして蹴りつけた。
「がっ……!?!?!?」
奴隷商人は声にならない悲鳴をあげて、崩れ落ちる。
膝を押さえて、悶え苦しむ。
当然だ。
膝の裏は人体の急所の一つだからな。
死ぬことはないが、急所なのでものすごく痛い。
ついでに言うと、やはり急所なので防ぐことはなかなか難しい。
鍛えられない箇所、ってところだな。
なぜ急所を知っているのか?
治癒師なら当たり前だ。
人体の構造をきちんと把握していないと、治癒できないだろう?
「ぐっ、が……き、貴様……なぜ、儂を殺さぬ……!?」
「おぉ、すげえな。膝裏を蹴られて、まだ喋る気力があるのか? 俺、ずっと前に師匠にやられたことがあるが、十分くらいは悶えていたぞ」
ちなみに、なぜやられたのかというと……
『治癒師なら急所のことをしっかりと把握するため、痛みをその身をもって味わっておきなさい』
という無茶な理由だった。
あの時ばかりは、温厚な俺も罵詈雑言が出たな。
「ま、てめえみたいなゴミはとっとと掃除した方がいいんだけどな」
毒を吐きつつ、奴隷商人を拘束する。
こいつがいかに優れた技術、強い力を持っていたとしても、手足と膝、胴を拘束されては動くことはできない。
逃げることも不可能。
ここをこうすれば最大限の拘束力が働いて、力を出すことも難しい、というのは人体の構造を把握していれば簡単にわかることだ。
たとえば、拳を打つ時は腰を使うから、腰を破壊してやればいい、など。
……こういう知識を持っているあたり、昔、師匠に無茶苦茶されたのも役に立っているんだよな。
かなり癪だが。
「色々と吐いてもらわないとな。仲間とか組織の情報とか。ああ、そうそう。それと、腐れ領主を蹴落とすための証言もしてもらわないとな」
「ぐっ、誰が……!」
「強情だな。今から喋る練習をしておいた方がいいぜ? でないと痛い目に遭うだけだ」
「まさか、拷問を……?」
「非人道的とか言うんじゃねえぞ、笑うからな」
散々好き勝手やってきて、いざ自分の番になると助けてくれ、ってのは都合がよすぎる。
そもそも……
奴隷商人をちと痛めつけるだけで、この街に巣食う病巣を切除するための情報が手に入るんだ。
検査のために採血するようなもの。
なら、とことんすべきだよな?
「ツケを払う時が来た、ってわけだ。諦めろ」
「ぐぅぅぅ……!」
奴隷商人は獣のように唸り……
しかし、完全に詰んでいることを理解して、がくりとうなだれた。




