第1-3話 バグスキルを初めて使います
”バグスキル(リアルで使用可能):瞬間移動”
俺たちは突然手に入った、いままで見たことのない”リアルスキル”に困惑していた。
「ユウにぃ、これ普通のスキルだよね? ”スロット”に装備できるのかな?」
[探検者になろう]のスキルスロットには2種類あり、”ゲームスキル”はその名のごとく、ゲーム内で使用できるスキル。
”リアルスキル”は、現実世界で使用できるスキルだ。
”ゲームスキル”を”リアルスキル”のスロットに装備することは出来ないし、その逆も同じ。
「…………」
俺は、[瞬間移動]を”ゲームスキル”のスロットに装備しようとするが、エラーになってしまう。
それなら、これは本当に”リアルスキル”なんだろうか?
「ねえ、ユウにぃ……ちょっと試していい?」
あっ……止める間もなくリンが自分の”リアルスキル”スロットに[瞬間移動]を装備しようとした。
「ありゃ、ダメだ」
まったく……本当にバグだったらどうするつもりだったんだ……思い切りのよい従姉妹にびっくりする。
だが、”リアルスキル”に装備できないとしたらいよいよバグだな……。
くいくいっ
「ん……ユウも試す試す」
このスキルは破棄だ……俺がゴミ箱アイコンを操作しようとした時、エレンが俺の袖を引っ張り、装備を試せと言ってくる。
先ほどからの、この圧はいったい……この子の年齢的に伝説のダチョウイズムを知ってるわけはないし……はっ!? やっぱり、リアルではおっさんなのかっ?
「ユウ失礼……ほら早く早く」
妙に鋭い感覚を持つエレンにジト目で睨まれてしまった……仕方ない。
俺は子供には弱い……覚悟を決めて、”リアルスキル”のスロットに[瞬間移動]をスライドさせる。
「ほら、エラーになった……って、ええっ!?」
「ユウにぃ、装備出来たね……」
なんと、俺のスロットに装備出来てしまった!
「(こくこく)」
エレンは満足そうに頷いているが……だ、大丈夫なのだろうか。
……まあ、時間がたったら消えるかもしれないし。
俺は考えないようにして、その後もたっぷりとダンジョン探索を楽しんだ。
*** ***
「ふぅ、今日はおしまいにしようか」
2時間後、レベル32まで上げた俺達は、満足してゲームを切り上げることにした。
「オッケー……ってユウにぃ、さっきのスキル、まだ残ってるんだね」
「そうなんだよな……バグならしばらく放っておいたら消えるかと思ったんだが……しかもこのスキル、外せないし」
「運営にメールしてみる?」
「……ヤブヘビになってもアレだしな……しばらく気にしないでおくよ」
いまのところゲームに実害は出ていないのだ。 ”リアルスキル”は、ほぼアクセサリーだからな。
「よし、じゃあ帰るか。 リン、エレンお疲れさま」
「二人ともお疲れー」
「お疲れ様です」
ログアウトすると、ダンジョンの風景が消え、自分の部屋に戻ってくる。
俺は、PC版アプリを立ち上げると、本日の戦績を確認する。 悪くない……どころか、一日の獲得経験値では過去最高記録だ。
満足してアプリを閉じようとした時、情報画面の右下にいつも表示されている”とある通知”が目に入る。
[レイドボス:ニーズヘッグ(残りHP2,125億1,215万0,321)]
レイドボスとは、通常のオンラインゲームでは複数のプレーヤーで協力して倒すボスキャラの事だ。
ところが、[探検者になろう]では”ニーズヘッグ”というレイドボスがいるものの、誰一人としてゲーム内で遭遇したことがなく、討伐イベントが発生したこともない。
ニーズヘッグとは、北欧神話に登場するドラゴンの事。
このゲームではSNSコミュニティ上で語られる都市伝説の一つになっていた。
いわく、倒すと世界が滅びるとか、異世界とつながるとか……あれやこれや。
登場当時は、オカルトクラスタの格好のネタになったものだが、現在ではすっかり沈静化し、話題にすらなっていない。
そろそろ明日に備えて寝よう。
俺はPCを閉じると、シャワーを浴び、ふかふかのベッドに飛び込むのだった。
*** ***
待たせてすまない。 ここで舞台は冒頭に戻る。
「あっ! 危ない!」
凛の悲鳴が聞こえる。
自転車に轢かれそうになった子猫を目撃した俺と凛。
走って助けるには間に合わない距離。
ここで俺が起動させたのが、昨日ゲットした[バグスキル:瞬間移動]だったというわけだ。
……ああ、さようなら平穏な日常。
なんて、この瞬間まで俺は実際に”瞬間移動”出来るなんて思っていなかった。
ピンチに陥った子猫を案じたとっさの行動……。
……それなのに。
シュン……
小さな発動音とともに、俺は数十メートルの距離を一瞬で転移すると、子猫の前に立っていた。
「!?」
余りの出来事に一瞬硬直するが、せっかくの機会、いまは子猫を助けることが先決だ!
ずざっ!
俺は前転の要領で優しく子猫を抱き抱えると、路上に転がった。
「わわっ!?」
自転車に乗った出前配達員が驚愕の声をあげているが、そうなるだろう。
突然目の前にリーマンが現れたのだから……但しよそ見運転は頂けない。反省することだ。
「ユウにぃ! 大丈夫!?」
凛が慌てて走り寄ってくる。
「あ、ああ……大丈夫だけど」
「うにゃあ♪」
俺の腕に抱かれた、茶色のしましま模様の子猫が気楽に鳴く。どうやら、この人間が助けてくれたという事はわかるらしく、頭を擦り付けてくる。
……かわいい
「ふぅ……びっくりした……マジで瞬間移動するんだもん」
! そうだった! たった数十メートルとはいえ、俺は瞬間移動していた……こんな物理法則を全無視した”リアルスキル”、アリなのだろうか?
……”ピーマンサーチ”や、”リモコンサーチ”はまだ理屈が分る。
他のリアルスキルも同様だ。
だが、瞬間移動はどう見てもおかしい……これでは、まるで魔法……。
俺は、スマホアプリ版の[探検者になろう]を起動し、クランの情報画面を表示する。
リアルスキルの欄には、相変わらず[瞬間移動]の文字が表示されている。
基本的に、リアルスキルの使用には専用のMPが必要で、ゲームにログインするとチャージされる。 このルールについては、他のスキルと同じようだが……。
ピピっ……
その時、アプリが小さく通知音を奏でた。
「!? ユウにぃ、これっ!」
[レイドボス:ニーズヘッグ(残りHP2,125億1,007万7,621)]
マジか……いままで世界中のプレーヤーが何をしても減ることのなかった、レイドボスのHPが減っている!?
その時の俺たちは、それが何を意味するのか理解していなかった。
*** ***
ここではないどこか。
窓から淡い光がさす部屋。
その中に一人の少女がいた。
身長140センチくらい、腰までの長さがある美しい銀髪を持つ少女。
彼女は、自分のスマホの[探検者になろう]アプリの表示を確認し、安堵のため息を漏らす。
「ふう……ようやく始まりましたか……」
これが俺たちの、ゲームのようだけどゲームじゃない、非日常な日常の始まりだった。
【読んで頂き、ありがとうございます!】
当面、3話ごとに話が一区切りしながら進んでいきます。
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