第一五話 「ランツィアの惨劇」01
十三歳の少年シュンは、生まれ育ったランツィア村で家族とつつましくも幸せに暮していた。
シュンの父親は、若い頃は兵として軍に勤務していた。
除隊して冒険者となり、各地を転々としながら将来を模索していたと、幼い頃のシュンは聞かされていた。
どこかの街に留まるのではなく、軍隊時代に訓練や作戦を行った街や村を訪れては、ベヒモスを狩っていたそうだ。
そして辺境の街で母を見初めて結婚し、この村に来た。
誘ったのは各地のクエストで何度もチームを組んだ仲間でこの村の出身だった男。
そのジョルジュは今も村とカンパーニの街で、役の冒険者を続けていた。
シュンの父の名はシッド、母の名はエイシラである。
◆
学校が終わったシュンは駆けるように家に帰る。
出来るだけ長い時間、仕事を手伝う為だ。
少しでも空が明るいうちにと道を急いだ。
畑では父と母が農作業をしていた。
シュンはカバンを家に放り込んでから、息を切らせて畑へ向かう。
「お父さん――、手伝うよ」
「はははっ、走ってきたのか。少し休め」
「だ――、大丈夫……」
シュンは肩で息をしながらも手伝うとアピールする。
「それじゃあこの畝の残りを収穫してくれ」
「うん!」
父のシッドは母親が作業している場所に向かった。
シュンはクワを使ってから、手で芋を掘り出す。
今日の収穫作業が終わり、貯蔵する分は泥付きのまま木箱に詰めた。
すぐに食料に回す分の根菜類をシュンと母の二人は井戸のそばで洗う。
「シュンは家の手伝いばかりじゃなくて、友達と遊んできても良いのよ」
母のエイシラは手を動かしながら、闊達な性格そのままの口調で語りかける。
「皆も家の手伝いだよ」
「そうなの~? 気になる女の子なんていないのかな~?」
「いっ、いないよっ!」
「うふふ……」
エイシラは息子に愛情の全てを注いでいた。
父親によく似ているシュンを愛おしそうに見つめる。
「エイシラ、施設に届ける分を選んでくれ」
父が畑の仕事を仕舞って道具を抱えて戻って来た。
シュンはそれを受け取って土を落として洗う。
「ええ、シチューの具とサラダに出来る野菜かしらね。籠一杯しましょう」
どのような料理を作るのかと、エイシラは考えを巡らしながら野菜を籠に入れた。
特に大ぶりで形の良い品を選ぶ。
その届け先への尊敬の念が自然とエイシラをそうさせているのだ。
「シュン。これ、持って行ってね」
満杯になった大きな籠は、子供には手に余るが届け先は近い。
「うん」
これはいつもシュンの仕事だった。
施設とはこの村にある孤児院のことで、院長先生の名前で、マーロアと呼ぶこともある。
学校にも施設の子が何人かいた。
野菜を詰め込んだ大きな籠を背負って、シュンは施設に向かう。
「こんにちわーっ」
シュンは勝手口で、いつものように声を上げる。
「は~い」
返事が聞こえて同じ年頃の少女が、赤ん坊をおぶってやって来た。
シュンにとっては顔馴染みの相手である。
名前はマヤで学校での席も近い。
施設に戻れば、どうやらこの勝手口の担当を任されているようだ。
シュンが物心ついた頃から、この施設で暮していた。
このようにいつも会っているのだが、しかし今日はちょっと違った。
こんな恰好を見たのは初めてなので、シュンはちょっと面食らう。
「これ、お父さんからなんだけど……」
シュンは少し口ごもりぎみに言い、野菜の入った籠を背中から下ろす。
このような施設の子供に、お父さんと言っても良いものかいつも気になっていた。
「まあ、いつもありがとう! 助かるわ」
そう言って奥から大きなザルを持って来て、マヤは野菜を見ながら改めて感心した表情になる。
「本当にありがとう」
「いや……」
マヤは膝を折ってザルに野菜を移し換えた。
「えっ、えっえ、うえ――」
スヤスヤと寝ていた赤ん坊が目を覚ましてグズリ始める。
「はいはい、はい。知らないお兄さんがいて、驚いちゃったかなー?」
とシュンせいにされてしまった。
マヤは肩越しに声をかけつつ、器用に背中を上下に揺らす。
上手いもので泣きだすのか、と思っていた赤ちゃんはまた目をつむって静かになった。
「可愛いでしょ? 私の娘なのよ。本当よ」
冗談なのか、どのような意味があるのか? シュンは真意を理解できなかった――。
「そんなの信じないよ」
「いいの。信じなくても……」
マヤはそう言って笑顔を見せる。
◆
家に戻ったシュンは施設での話をする。
「また、一人増えたのか――」
「院長先生は偉いわ」
シッド、エイシラ共に感心する表情になる。
シュンといえば、農作業を手伝ったりもするが優しい両親に甘やかされてばかりの毎日だ。
「それに自分が母親だなんて……」
「うん、立派な少女じゃないか」
シュンがよく意味が分からなかった部分である。
「自分が母親代わり替わりになるって決めたのね。子供なのに強い女の子だわ」
父と母が褒めたので、シュン少しだけマヤに嫉妬してしまった。