9.「エピローグ」
〝うおおおおおおッ!〟
〝クソ銀蛇撃破ああああああッ!〟
〝ねこちゃんスゲー! スゲーよおおおおおおッ〟
〝胸糞野郎どもを粉砕してくれてありがとうおおおおおお!ッ!〟
〝最弱とはいえ、六英傑の一人を完膚なきまでに叩きのめしたのはでかい!〟
〝これで明確に六英傑に仲間入りだああああッ!〟
〝ていうか、銀蛇、血と泡と涙と鼻水と白目と痙攣と失禁と失神のフルコースで草〟
コメントでリスナーたちが大盛り上がりを見せる中。
「ごめんな……痛い思いさせて……」
リコは、世界樹の太い幹に抱き着き、その頬を涙が伝った。
「こんなに近くにいたのに……ごめん……本当にごめん……」
雫が地面に落ちると。
「!?」
草原全体が柔らかい光に包まれた。
銀蛇によって引き千切られた枝もまた、優しい光を帯びてふわりと浮かび上がると、スーッと世界樹に引き寄せられて、断面と断面が接合、元ある形に戻った。
「治った……!?」
リコが戸惑っていると、眼前に一際眩い光が出現。
思わず目を瞑ったリコが、光が消えた後、目を開くと。
「……えっと、その……あの……」
「!」
一人の幼女がいた。
リコよりも更に背の低い彼女は、少し眠たそうな翠色の眼で遠慮がちにリコを見詰めており、その耳は尖っていて、ウェーブの掛かった緑色のロングヘアは地面に届きそうなほどに長い。
「……うんと、その……リコちゃん、ありがとうなの」
一生懸命そう伝えた後、恥ずかしいのか、幼女は頬を朱に染めて、俯いた。
「あんたは、世界樹なのか?」
リコの問いに、幼女は首肯する。
「そうなの。メイラはメイラなの。あ、えっと、人間の言葉だと、せかいじゅ、なの」
胸の前で両手を閉じては開き、前に出そうとしては引っ込めて、何かをしようとしているメイラを、リコは抱き締める。
「痛い思いさせてごめん……ごめんな……」
メイラはふるふると首を横に振る。
「ありがとうなの……! また助けてくれて、ありがとうなの……!」
「!」
リコは思い出した。
過去に彼女に出会っていたことを。
そして、メイラの温もりを通じて、当時何があったのかも不思議と分かった。
リコがまだ幼かった頃。
異世界で人間と魔王軍との大きな戦いがあり、勇者と魔王がお互いに極大魔法を使ったことで時空が歪み、それに巻き込まれて大きなダメージを負ったメイラは、魂だけの存在となってこの世界へと吹き飛ばされてしまった。
この世界で彼女が辛うじて取れた形は、道端に咲く名も無き小さな花。
道行く人に踏まれて、誰にも気付かれずに枯れようとしている時に。
<タスケテ……! タスケテ……!>
メイラは声にならない声を上げた。
<タスケテ……! タスケテ……!>
しかし。
誰にも届かない。
誰にも気付かれない。
誰も助けてくれない。
絶望の中、ただ消えゆく定めかと思われたメイラは――
「あたしを呼んだのはあんたか?」
まだ幼かったリコによって見付けられた。
屈んで声を掛けたリコは、手刀で周囲の土を抉って、土ごと家に持ち帰った。
庭に植え替えて、毎日水をやり、傘を差して台風や嵐から守り、害虫や野生動物から守った。
毎日リコが寄り添ったおかげで、暫くするとメイラは完全に元気を取り戻した。
そして、異世界へと戻ったのだ。
<イツカマタ、アイニクル>
と、固く誓いながら。
「あの時の花が、あんただったんだな!」
メイラは嬉しそうにはにかむ。
「抱っこ、嬉しいの。人間の姿になるの、難しくて時間かかっちゃったの」
ギュッとしがみ付くメイラ。
「また会いに来てくれてありがとうな」
そんな彼女を、リコは優しく抱き締め返すのだった。
※―※―※
話を聞くと、違うダンジョンに繋がるあの魔法陣は、メイラによるものだったらしい。
一年近く一生懸命頑張っているにもかかわらず、ダンジョン配信者として全く成果が出ないリコのために、何か力になれないかと思って起こした行動だったとのことだ。
リコが礼を述べると、メイラははにかんだ。
※―※―※
銀蛇とその配下である精鋭二十人は、全員逮捕された。
銀蛇の配信を監視していたリスナーたちが、警察とダンジョン庁に通報しており、そのおかげで、間も無く警察内のダンジョン探索者・配信者専用特殊部隊がやってきたのだ。
罪状は、不法侵入(住居侵入罪と建造物侵入罪)と、殺人未遂、そして器物損壊罪(ダンジョンが公的なもの(国家財産)であるとされ、その中にある世界樹を損壊したため)だ。
なお、警察の特殊部隊と共に、ダンジョン庁職員であるキャリア組の女性もやってきて、頭を下げた。
どうやら、銀蛇たちのクランはダンジョン庁のトップに対して多額の賄賂を渡しており、そのせいで、今まで蛮行が見逃されてきたようだ。
「私が必ず変えてみせます」と宣言した彼女は、眩しかった。
もしかしたら、今後、ダンジョン庁は、生まれ変わるかもしれない。
※―※―※
「彼を救って頂き、本当にありがとうございました!」
「ありがとう! 何と御礼を言えば良いか……!」
リコは、六英傑二位でありクランランキング二位のリーダーである女性に頼まれて、どうやら彼女と親しい仲であるらしい元六英傑一位である金翔と、その仲間たちを解毒した。
世界樹であるメイラの花(地面に落ちていたとは言い辛いので、いつも通り明かしていない)には状態異常を無効化する力があるので、それを食べさせたのだ。
金翔は六英傑一位に返り咲き、彼の率いるクランであるセイクリッドファルコンもまたクランランキング一位を奪取した。
ちなみに、銀蛇たちは、彼らと入れ替わりに入院しているが、悪行を防ぐ意味で、直ぐに回復させてはマズいとのことで、ポーションは与えられていない。
※―※―※
出石リッリの弟子入りを渋々許諾したことで、謝意手ルナから「不公平っす!」と迫られたリコは、彼女もまた弟子――ではなくルナの場合は舎弟にすることにした。
二人から修行を付けてと欲しいと頼まれたリコは、
「うわあああああッ!」
二人の頭を掴んでS級モンスターに向かって投げる、などのちょっぴり荒々しい方法で訓練を行った。
めちゃくちゃではあったが、謝意手ルナはスピード特化型で、出石リッリはパワー型で、それぞれの持ち味を活かすべし、という方針で行われたトレーニングのおかげで、二人はメキメキと力をつけていった。
※―※―※
「あの子、身体の半分が……モンスターになっちゃってるです!」
モンスター化する呪いが発生。
世界樹の花でもその状態異常は解除出来なかった。
その発生源を突き止めるべく、リコ、謝意手ルナ、出石リッリは、金翔がリーダーを務めるセイクリッドファルコンの精鋭二十人と共に、下層の更に下にある深層、更にはその下の深淵へと足を踏み入れた。
深層に関しては、金翔が東京(池袋)にあるダンジョンにて、その一番下である第四階層のボスを倒したのだが、そこには深淵は無かったので、彼らは日本で唯一深淵が存在するN市のダンジョンへとやってくる計画を元々練っていたのだ(その矢先、毒を盛られて入院することになってしまったのだが)。
そんな彼らと共に原因を突き止めて排除したリコは、登録者数1000万人と共に、同接数も見事100万人を突破した。
まだ一年経っていなかったため、それにより、主木ユリアが提示した条件はクリアしたことになる。猫を被っていることをバラされる心配は無くなったのだ。
が、どちらにしろ、その頃には既に、彼女のチャンネルの〝ねこ〟がリコであることと、彼女の素がどのようなものであるかが、学校のみんなに知れ渡ってしまっていた。
これで素敵な恋愛はもう出来ないと嘆くリコだったが、リスナーたちは「リコの大ファンであり、大好きである」と声を大にして伝えて、学校の者たちも、男女問わず彼女を褒めて、ファンであると伝え、仲良くなりたいと訴え、素の彼女を受け入れる――どころか、称賛しており、まぁ、これはこれで良いかと、リコは思うようになっていった。
※―※―※
なお、モンスター化する呪いの発生源を特定して排除する戦いの最中、出石リッリが重傷を負い、死に掛けた際に、彼女のユニークスキルである〝変身〟が解けた。
「あ……あんたは……ユリア!?」
「あ~あ。バレちゃったし」
出石リッリは、主木ユリアが化けた姿だった。
初めて会った際に、中層のボス部屋の中に潜んでいたのも、そのユニークスキルによって、壁か何かに姿を変えていたらしい。
「死ぬ前に、頼みがあるし」
そう言って、ユリアが望んだのは、抱擁だった。
リコは、彼女を抱き締めながら、世界樹の葉を与えた。
結局、世界樹の葉によって怪我が治ったユリアだったが、リコに対するその言動は、今まで出せなかった勇気を振り絞った結果だった。
そして――
「リコ。伝えたいことがあるし。料理を一生懸命頑張ってきたのも、レディースの副総長をやってたのも、元々茶髪だったのをレディース時代のあんたみたいな金髪にしたのも、あんたに素の自分に戻って欲しいって思って配信者をやらせたのも、全部、たった一つのことのためだったし」
ユリアは、更に勇気を出して、ある行動に出ていた。
「あーしは、ずっと……ずっと、あんたのことが――」
二人の新たな人生の旅路が、今、始まる――
<完>




