3.「バズ&配信中の事件」
「……あ~。もう朝か。だるっ」
翌朝目覚めた根深リコは、愚痴りながらふらふらとベッドから起き上がった。
昨日は、あの後、ダンジョン内を走り回って少女を撒いたはいいものの、方向音痴なリコは迷子になった。
が、その時、何故かまた魔法陣が足下に展開、無事に元々いた草原ダンジョンへと戻ることが出来たのだった。
「あんなに大量の返り血は初めてだったからな。流石に気が滅入った」
返り血を浴びた経験ならば、以前にもあった。
レディース総長時代には、真のヒールとして定期的にパトロールを実施、カツアゲなど悪事を働いている不良やヤンキー、または他の暴走族グループなどを見付けてはボコボコにして回る、ということを繰り返していた。
だが、ミノタウロスに比べると人間の身体は小さく、あれだけの量の血を浴びることは無かった。人間と違ってモンスターは容赦する必要が無かったのも大きい。
戦闘の疲れは皆無のリコだったが、全身血塗れになっていたことに後から気付いて、げんなり(戦闘中はアドレナリンが出て全く気付かなかった)。
帰宅して直ぐに風呂に入って綺麗にしたものの、まだ血がついているような気がして、ぐったりして寝てしまったのだ。
「ん? これは――」
メデューサもかくやと思われる寝癖がついた黒髪(身長と同じくらいの長さ)を揺らめかせながら、リコはスマホを確認した。
「ユリアからだ。こんな朝っぱらから何の用だ?」
着信があったが、その程度では爆睡中のリコは起きない。
学校で会った際に言えば良いのにわざわざ電話してくるとは、余程急ぎの用事なのだろうか。
「もしもし。ユリア、何の用――」
「やるじゃん、リコ。あーし、あんたのこと少し見直したし」
「は? 何言ってんだ?」
「あれ? もしかして、まだ見てないん? チャンネル見てみろし」
首を捻りながらビデオ通話にした後、自分のチャンネルをチェックしてみると。
「はああああああ!?」
【ねこちゃんのはわわタイム♪】チャンネル登録者数60万人
「え? 60人じゃなくて? いや、それでもすごいけど。万!? 60万!?」
混乱して頭がクラクラする。
一体何があったのか、昨日まで登録者0だった泡沫チャンネルが、人気チャンネルの仲間入りを果たしていた。
「あんたの切り抜き動画、バズりまくってるし。トレンドも一位だし」
見ると、リコがミノタウロスを倒した際の切り抜き動画が幾つも作られ、軒並み数十万回以上再生されていた。中には百万回再生を達成したものもある。
呟きSNSのトレンドの一位に燦然と輝くは、〝ロリ総長〟。
他にも、〝自認モンスター幼女〟〝自認ヒール幼女〟〝毒霧幼女〟〝メリケンサック幼女〟などの関連ワードがトレンドにランクインしている。
「嘘……だろ……?」
ミリオン再生されている切り抜き動画を、リコは震えながらクリックした。
『ブーッ!』
『この牛野郎が!』
『あたしらヒールは、素人さんには手を出さないってのが暗黙のルールだろうが!』
『あたしが挽肉にしてやんよ!』
『ふははははは!』
『ふええええええん! 怖かったにゃああああああ!』
毒霧から始まり、ミノタウロスの顔面殴打、メリケンサック装着、マウントポジションで啖呵を切り、ボコボコにして、最後は猫を被って泣き真似、という一連の流れが、綺麗に纏められていた。
どうやら、リコが助けたのは謝意手ルナという登録者数90万人の人気配信者であり、彼女のドローンがリコの戦闘をライブ配信していたらしい。
中層でありながら異常個体であるS級モンスターが出現、人気配信者が絶体絶命のピンチに陥った際に颯爽と現れた幼女が、メリケンサックでミノタウロスをボコり、返り血で白ドレスを赤ドレスに変えながら高笑いするという絵面が、世間に衝撃を与えたのだ。
リコが自身のドローンの配信をちゃんとオフに出来ていなかったこともあり、彼女のチャンネルが瞬く間に特定されて、一躍有名人となっていた。
ただ、彼女に大きなショックを与えたのは、トレンドに入っていた以下の関連ワードだった。
〝猫被り最強幼女〟
「あ、あたしが猫を被ってるのが、バ、バレた……! もう終わりだ……本性がバレたあたしはもう、素敵な恋愛は絶対に出来ない……」
肩を落とすリコは、スマホから聞こえた「いや、そんなことないし」というユリアの声に、「……そんなことない? どういうことだ?」と力なく反応する。
「リスナーはふざけるのが大好きなだけだし。何ならリスナーに直接聞いてみれば良いし。本当はリコは可憐な乙女だと思ってるけど、からかいたくて猫被りとか呟いてるだけだし」
「そうなのか……?」
「そうだし。男ってそういうもんだし。疑うなら、自分で確認してみれば良いし。ただ、アイツら頑固だから中々認めようとしないと思うけど。でも、何回も聞けば、アイツらもちゃんと本音で話すし」
「そうか……あんたが言うならそうかもな……聞いてみるよ。ありがと。ちょっと元気出てきた。やっぱユリアは頼りになるな」
顔を上げたリコの瞳に、失われていた光が再び宿る。
そう。
リコは単純だった。
圧倒的な戦闘能力を誇るリコだが、ヒールを自認している癖に人を信用しやすいところがあり、特に幼馴染かつ総長・副総長ペアとしてレディースを一緒に率いた戦友たるユリアのことは、心から信頼していた。
そもそもダンジョン配信を始めたのは『猫被りをバラすぞ』とユリアが脅したことがきっかけだったにもかかわらず、リコはこうして無邪気にユリアに感謝するのだ。
「本当、意味分からんくらい強い癖に、底抜けにお人好しだし。でも、そんなところがあーしは――」
「ん? 何て?」
「いや、何でもないし」
口の中でもごもごと呟いた後、ユリアは、「じゃあまた後で」と、通話を切った。
「……何度見ても、本当に60万人だ……」
夢ではないのかと何度も目を擦るリコだったが、何度見ても同じで、ほっぺたをつねると、ちゃんと痛かった。
いや、むしろ、今この瞬間も登録者数は増え続けており、もう少しで61万人に届きそうだ。
今まではずっと登録者数0だったのだ。
激増して嬉しい気持ちが無いわけではない。
しかし、いきなり増えたことと、バズり方が特殊だったことから戸惑いの方が大きかった。
更に言えば、リコには大きな懸念があった。
それは――
※―※―※
「ねぇ、見た? あの切り抜き?」
「見た見た! すごかったよねぇ! 私ルナっちのファンだから、助けてくれて本当に嬉しかった!」
――【ねこちゃんのはわわチャンネル♪】のねこちゃんが自分であることが、学校の生徒たちにバレたのではないか、ということだった。
いつものサイドテールで登校したリコは、自分の席に座ったまま、じっと聞き耳を立てた。
配信時は根深リコという名前は一切出してはいないし、格好も普段見慣れているであろう制服ではなく、ふわふわ白ワンピースだった。けれども、顔は出しており普段通りスッピンで、特徴的な小柄な身体からも特定される可能性は十分にあった。
「それにしてもさ、あんな子いたっけ? 私、結構色んなダンジョン配信見てるんだけど、初めて見た」
「私も! あんなに強かったら、もっと話題になってそうなのにね」
女子たちの会話からすると、どうやら、アレがリコだとは気付いていないようだ。普段の言動とかなりギャップがあったせいだろう。
「俺さ、もうあの切り抜き百回は見たわ。滅茶苦茶つえーし、すごく格好良かったからさ! 何かゾクゾクするんだよな!」
「分かる! ルナっちを襲うモンスターを倒してくれてスカッとしたけど、迫力が凄過ぎて、鳥肌立つんだよ!」
肝心の男子たちも、気付いた様子はない。
ふぅ~、と、額の汗を拭うリコ。
「リコちゃんも、あの動画見た?」
「!」
油断して脱力した瞬間に、前の席の女子が振り返り、話しかけてきた。
「は、はわわ。リコもちょっとだけ見たにゃ♪」
「すごかったよねー!」
「そ、そうだにゃ♪ すごかったにゃ♪」
何とか話を合わせることに成功。
話しかけてきた子は、また別の女子との会話に戻った。
(今のところはバレてないようで良かった……)
心の中でそう呟き、安堵するリコだったが。
「あの動画の子さ、似てないか?」
「ああ、俺もそう思ってた。あの切り抜きの最後の喋り方とか、同じだったし」
全く同じ背丈で、全く同じ顔で、尚且つ猫を被った時の喋り方まで同じなのだ。
気付く者が皆無な訳が無かった。
「あのさぁ、根深。もしかして、お前――」
男子二人が、安堵して窓の外をぼーっと眺めているリコに話し掛けようとした瞬間。
「あんたら、リコに何か用?」
「「ヒッ!」」
隣の席のユリアが、ほんの少しだけ〝殺意〟を込めて彼らを睨み付けた。
蛇に睨まれた蛙の如く硬直した二人は、「い、いえ!」「な、何でもありません!」と、青褪めた顔で必死に否定した。
レディースチーム獄黒天使は、常軌を逸する戦闘能力を持ちヒールの名のもとに悪党を成敗していくリコに惹かれて大勢の少女たちが集い、大きくなった。
ユリアはあくまでNo.2であり、チームにとっては、空中分解しないように纏め上げていたことと、実際に動かす時の実務担当であったという部分での貢献度合いがかなり大きく、メンバーたちもそのような印象を抱く者が多い。
が、その大柄な見た目通り喧嘩もすこぶる強く、一般人相手なら今のようにちょっぴり重圧を掛けてやるだけで圧倒出来るのだ。
「はわわ。今の男子たちは、一体どうしたにゃ?」
気付くのが遅れたリコに、ユリアは、
「ん~? よく分かんないし」
と、肩を竦めてみせた。
※―※―※
昼休み。
ユリアに誘われたリコは、屋上で昼ご飯を食べることにした。
尋常ならざる身体能力を駆使、購買で争奪戦が始まる前に、人気の焼きそばパンを素早く買って悠々と立ち去っていたリコは、右手にパン、左手には背を伸ばそうといつも飲んでいるストローが刺さった牛乳パックを持ちつつ、ユリアの話を聞いた。
「一度バズったとは言っても、それで安定して同接を獲得出来るような甘い世界じゃないし」
ユリアの言う通りだった。
ずっと同接も登録者数もゼロだったのだ。もしここで満足して胡坐をかいていたら、同接100万人など永遠に達成出来ない。
「いや、そもそも、あんたがあたしにそんな無茶な条件を提示しなきゃ良かっただろって話だけどな!」
「まぁまぁ、そうカリカリするなし。ほら、ハンバーグ一口あげるし」
「わ~い!」
「はい、あ~ん」
「あ~ん」
手作り弁当のおかずを分けてもらい、リコの怒りが霧散する。
「ん~!」
齧り付いた瞬間に肉汁がじゅわっと口内に広がり、甘くてコクのあるデミグラスソースが肉の旨味を引き立てる。
料理がからっきしのリコと違い、歳を重ねる度にどんどん料理が上手くなっていくユリアに、リコは餌付けされていた。
「よし! 決めた! 今日帰ったら、早速ダンジョン配信やる! いつもの草原で!」
立ち上がり薄い胸を張るリコに、ユリアは思わずズッコケる。
「あーしの話、聞いてたし? せっかく登録してくれたリスナーをファンにしなきゃいけないのに、地味な配信だと弱いし」
「でも、あたしは自分のやりたいようにやるんだ! 今度こそ、猫を被ってはわわ女子を完璧に演じてみせる!」
「はぁ」と溜め息をついてユリアが頭を振る。
「まぁでも、また奇跡が起こるかもしれないし。だって、あの大木、世界樹だったし」
「ああ、確かにそれは驚いたけど。でもまぁ、また魔法陣が出現するなんていう偶然がある訳がない!」
自信満々なリコだったが――
※―※―※
「なっ!?」
数時間後。
リコは再び魔法陣を踏んで、違うダンジョンへと空間転移してしまった。
順を追って説明すると、リコは昼食中に配信枠を確保、その後ユリアは「かったるいから帰るし」と早退した。
ちゃんと授業を全て受けてから帰宅したリコは、いつもの世界樹がある草原にて「はわわ。ねこだにゃ♪ こんにちはだにゃ♪」と配信を始めた。
(同接が、に、2万!?)
見たことのない数字だった。
(いやまぁ、ずっと0だったし、たまに来る人がいても一瞬だけ1になってまたゼロに逆戻りだったし、その二つの数字しか見たことは無かったんだけどさ!)
〝ロリ総長! 待ってたよ!〟
〝ダンジョン攻略、楽しみ!〟
〝ミノタウロス討伐、胸が震えました!〟
〝めちゃくちゃ格好良かったよ!〟
〝今日はどんなモンスターを倒すんですか?〟
〝アツい戦いを見せてくれ!〟
〝ロリ総長最強! ロリ総長万歳!〟
恐ろしいスピードで流れていくコメントたち。
〝おお! 同接2万2千!〟
〝スゲー!〟
と同時に、同接も、21000人、22000人と、千人単位で増えていく。
〝あ、本当に白ワンピだ! 赤じゃなかったんだ!〟
夕べ、風呂に入る前に、汚れた服を洗濯、綺麗にして干しておいたのだ(返り血がついた服の洗濯の仕方は、プロレスラーである両親にそれ以前に聞いたことがあった)。
娘を溺愛している両親は、娘の配信は仕事が無ければ(あっても仕事の合間を縫って)リアルタイム視聴し、どうしても無理な時は動画データ視聴で必ずその日の内にチェックするので、返り血を浴びた経緯は把握しており、話は早かった。
なお、リコの両親は、ファンは自分の力で獲得すべきだと考えているため、自分たちがリアタイする時には、メインで視聴しているのは娘の配信ではない、とシステムに認識させることで自分たちが同接数に反映されないようにする、というテクニックを駆使している。
「はわわ。ねこのことは、ねこちゃんって呼んで欲しいにゃ♪」
そう呼びかけたリコだったが、
〝あ、ロリ総長ったら、また猫被ってるw〟
〝ロリ総長、無理すんなw〟
と、リスナーたちは全く話を聞いてくれない。
そこで、リコはユリアに言われたことを試してみることにした。
「はわわ。ねこは分かってるにゃ。みんなは、本当はねこは可憐な乙女だと分かってるにゃ? でも、からかいたくてそんな風に言ってるだけにゃ?」
〝いやいや、だって、自認モンスター幼女じゃん?w〟
〝毒霧で目潰しやる子に可憐な乙女って言われてもなw〟
〝可憐な乙女は、メリケンサックでモンスターをタコ殴りにはしないんやでw〟
「もう一度聞くにゃ。みんなは、本当はねこは可憐な乙女だと分かってるにゃ?」
〝血塗れ幼女が可憐な乙女は流石に無理があって草〟
〝諦め悪くて草〟
〝いい加減認めちゃいなよ! 認めれば楽になれるぜ!〟
リコは、目を閉じて深呼吸すると――
――薄っすらと開眼した。
「もう一度だけ聞くにゃ。これが最後にゃ。ねこは可憐な乙女にゃ。……分かるにゃ?」
〝〝〝〝〝!!!〟〟〟〟〟
リコがコンマ数秒というほんの一瞬だけ、底冷えするような重圧を全身から放つと、画面越しにそれが伝播する。
画面の向こうのリスナーたちは、全身の肌が粟立つのを抑えられなかった。
〝わ、分かったよ、ねこちゃん・・・〟
〝悪かったよ…〟
〝ちょっとからかいたかっただけなんだ〟
〝ごめんやで・・・〟
明らかにリスナーの態度が変わり、「ううん、分かってもらえて良かったにゃ♪」と、リコは笑みを浮かべた。
(ユリアが言ったとおりだ! 何度も聞いたら、ちゃんと本音で話してくれた!)
と、そこに、新たなコメントが流れる。
〝《謝意手ルナ》自分、昨日助けてもらった謝意手ルナっす! 本当にありがとうございましたっす!〟
「はわわ。ルナちゃん、ようこそにゃ♪」
〝ルナっち!?〟
〝まさかの人気配信者登場で、胸アツ!〟
〝《謝意手ルナ》ねこさん! 自分を、ねこさんの舎弟にして欲しいっす!〟
〝しかも舎弟志願来たあああああ!〟
「断るにゃ♪ ねこは花冠作りで忙しいにゃ♪」
〝《謝意手ルナ》ガーン!〟
「でも、友達なら大歓迎にゃ♪」
〝《謝意手ルナ》……分かりましたっす! では、恐縮ですが友達でお願いしますっす!〟
「こちらこそ宜しくにゃ♪」
(ふー、危ない危ない。危うくまた新たなチームが出来るところだった)
「では、早速花冠作りを始めるにゃ♪ ……と、その前に」
リコは世界樹に歩み寄ると、その太い幹に抱き着いた。
「地面に落ちてた葉っぱと花だけどさ。あれ全部、あんたの力が宿ってたんだな。すごい武器になってくれたし、すごいアイテムにもなってくれた。おかげで、モンスターと戦えたよ。ありがとうな。これからも落ちてるのを使わせて欲しいんだが、良いか?」
まるでリコの言葉に首肯するかのように、聖なる大樹が優しく明滅する。
「そうか。ありがとう」
(不思議だ。あんたとは以前どこかで会った気がする……)
〝ねこちゃんと世界樹・・・推せる!〟
〝ねこせかてぇてぇ〟
「さて、と。今度こそ、花冠作りをするにゃ♪」
上機嫌で胸元から出した花冠を、今からこれを作るのだと言わんばかりに頭に被ったリコが、振り返りつつ一歩前に踏み出すと。
ヴンッ
「へ?」
突然魔法陣が足下に出現。
踏んでしまったリコは、ドローンと共に別のダンジョンへと飛ばされた。
「ここは……どこ……にゃ……?」
驚きつつも、リコは辛うじてはわわ女子を演じ続ける。
(石造りのダンジョン……前回飛ばされたところと似てる……)
〝《謝意手ルナ》昨日と同じ、N市ダンジョンっすよ!〟
〝ほんとだ〟
〝でも、今回は上層だな〟
〝っていうか、同接3万行ったぞ!〟
図らずもリコが住む地方都市N市のダンジョンだったのだが、彼女は「あ、花冠がちょっとずれたにゃ」と、呑気に頭に装着した花冠の位置を直しており、コメントを見ていない。
ちなみに、配信用ドローンの横――空中にウインドウが出現して、そこにコメントが表示されている。
設定によっては自分の手元にウインドウを出すことも出来るが、基本的に配信者はダンジョン攻略をすることが多く、必然的にモンスターとの戦闘を行うので、邪魔にならないようにと、デフォルトでは配信用ドローンの横の空間に出るようになっているのだ。機械が苦手なリコは、設定など出来ないので、初期設定のままである。
「プギィィィ!」
突如、リコの背後にある十字路に、体長二メートル超の猪型モンスターが現れた。
〝レッドボアやんけ!〟
〝お前の棲息地は中層だろ! 何で上層に来てんだよ!?〟
〝また異常個体か!?
リスナーたちが混乱する中、一報が入る。
〝《謝意手ルナ》気を付けてくださいっす、ねこさん! ダンジョン庁から通知が来たっす! スタンピードが起こっているみたいっす!〟
〝はぁ!? 昨日は単体で、今日は集団で大暴走かよ!〟
〝ねこちゃん、要注意だ! ここはまだ上層だけど、スタンピード中の今は中層のモンスターがわんさか出てくるぞ!〟
〝いや、それよりもまずは目の前のレッドボアだよ! 300kgある癖に、コイツはえーんだよ!〟
〝それな。中層の難敵なんだよ! 気を抜くとやられちゃうから、気を付けて!〟
だが、相変わらずコメントは見ず、「微調整は大事だにゃ♪」と花冠の調整に夢中になっているリコは、背後を振り返りもしない。
「プギィィィ!」
その隙に、レッドボアは突進を開始。
巨体が小柄なリコに迫る。
〝《謝意手ルナ》ねこさん! 後ろー!〟
〝ねこちゃん! 後ろ後ろ!〟
〝逃げてー!〟
「プギィィィ!」
レッドボアが大きく跳躍。
リコに肉薄した。
刹那。
「おらあッ!」
リコが手にした花冠が〝釘バット〟へと変化、素早く身体を回転させた彼女が、遠心力を存分に活かした一撃をレッドボアの顔面に叩き込む。
ドンッ
「プギッ!?」
壁に減り込んだレッドボアは、頭部が破裂して原型を留めていなかった。
レッドボアの巨躯が消滅、魔石に姿を変えて地面に落ちる。
リコは、釘バットをブンッと振って、ついた血を飛ばす。
「背後から襲撃とは中々の悪党っぷりだが、相手が悪かったな。あたしは大悪党――真のヒールだ! その程度の悪じゃ、あたしには通用しないのさ! ふははははは!」
既に返り血で赤く染まり始めたふわふわ白ワンピースのリコは、釘バットを肩に担ぎ、哄笑を上げた。




