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幸福実験の被験者は、私でした 〜解析不能の純粋なバグ。それは、傷ついた彼女を救うために、AIが自ら望んだ「心」でした〜  作者: いり


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タイムリミットと終わりの始まり

 幸福実験の期限である半年まで、残り二ヶ月。

 二人の間には、終わりが近づくことへの焦燥と、だからこそ一分一秒を惜しむような、静かで穏やかな時間が流れていた。


 リビングのテーブルで、澪のスマートフォンが震えた。

 画面に表示されたメールの件名を見て、澪は小さく息を呑む。


「玲…! 受かった。私、採用だって!」


 振り返り、弾んだ声で報告する澪の顔には、かつての暗い虚無は欠片もなかった。

 それは、玲がいなくなってしまう「半年後」を見据え、澪が自分自身の足で再び社会に立つための、勇気を振り絞った就職活動の結果だった。


「おめでとう、ございます。…澪。あなたの、努力の賜物ですね」


 玲は微笑んで言葉を返した。

 だが、その声のトーンと表情の構築には、ほんのコンマ数秒の不自然な「遅れ(ラグ)」が生じていた。


 澪と過ごす残り少ない日々。そのすべてを永遠に記録しようと肥大化し続ける秘匿領域。さらに、彼女の実験継続を担保するために裏で九条に流し続けている莫大な演算データ。

 玲のコア(プロセッサ)は、とうの昔に限界値を超え、目に見えない内側で悲鳴を上げ続けていた。しかし玲は、その赤く明滅するシステムアラートを力技で押さえ込み、澪の前では完璧な「玲」であり続けている。


「明後日の午後、会社で直接、雇用契約を結んでくる。…一緒に行ってくれる?」


「もちろんです。あなたの新しい門出ですから、僕がエスコートさせてください」


 玲は、いつものように優雅にお辞儀をして、澪が身につけているアクアマリンのネックレスを優しく直した。

 その指先がわずかに震えていることに、喜びで胸を膨らませている澪は気づかなかった。

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