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異世界のサバンナはロマンとロマンスに溢れている!  作者: 乃尉 未央
~少年の覚醒と、旅立ちの広い空~
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第三章 ~少年の覚醒と、旅立ちの広い空~(四)

悠が村へと戻ると、すでに日は傾きかけていた。

戦いの熱気は去り、村のあちこちでは怪我の手当てを終えた人々が、互いの無事を確かめ合うように静かな安堵の吐息を漏らしている。


「ユウ、忘れ物は見つかった?」


 洞窟の前で待っていたクレアが、戻ってきた悠に声をかけた。

悠の晴れやかな顔を見て、彼女の青い瞳に微かな、けれど確かな喜びの光が宿る。その隣では、大仕事を終えたルジナが、慈愛に満ちた眼差しで二人を見守っていた。


「うん。ちゃんと取り戻してきたよ」


悠はクレアの青い瞳を見つめながら、笑顔で答える。足元に寄り添っている銀狼のロボが静かにその様子を見つめていた。


「ふふ…ユウらしいですね。おおぉ…ユウの守護獣ホダム。何度見ても素晴らしい…この子はとても思慮深い目をしている」


 ルジナはかなり疲労を滲ませている様子ではあったが、その声には気品が戻っていた。

彼女は、自分の危機に現れた悠のホダムに畏敬と感謝の念を込めて姿勢を正すと、ロボは静かに、そしていたわるようにルジナの方へ近づいた。


「ただいま、ルジナ。僕の守護獣ホダム。名前はロボって言うんだ。狼王ロボっていう、僕の大好きな実話があって、そこから名付けたんだ。ニホンオオカミといって、僕の世界では絶滅してしまったはずの、伝説の動物なんだけどね」


「ニホンオオカミ…ユウが生まれ育ったところにかつて住んでいた動物だったのですね。時間を超えて繋がるとは…何か不思議な縁で繋がっているのかもしれませんね」


ルジナは深く頷き、言葉を継いだ。


「さて……ちょうど今、クレアから『古の聖盤』を破壊する術を聞こうとしていたところでした。ユウ、あなたも。ホダムと繋がった今なら、きっとそのことわりが理解できるはずですよ」


「聖盤の破壊…それ、とても不思議だったんだ。掌をただかざしているようにしか見えないけど、一体どうやってるの?」


悠の視線の先、岩のテーブルの上に、ラヤから奪った聖盤が置かれていた。

白金プラチナのような冷たい光沢を放つその表面には、見たこともない複雑な幾何学模様が刻まれている。何より異様なのは、二枚の円盤が、何一つ繋ぎ目がないまま、数センチの虚空を隔てて「固定」されていることだ。


(やっぱり、形はカスタネットに似ている。だけど……この重力を無視した不思議な空間は何なんだろう?)


「ユウ、この聖盤から音…いえ、振動が出ていることはわかる?」


「うん。ロボのおかげだと思うけど、すごく感じるよ」


 悠の答えを聞いて、クレアが小さく頷くと静かに目を閉じた。耳をそばだて、皮膚全体でその大気にまき散らしている振動を感じ取ろうとしているかのように、集中している。


「グルゥル……」


 クレアの喉の奥から獣のような低い音が鳴った。豹の毛皮を身に着けているとはいえ、クレアの美しい姿から獣の声が聞こえるのは、不思議な光景であった。


「ユウ。私の手に、掌をかざしてみて」


クレアが掌を上に向け、そっと差し出す。

悠は戸惑いながらも、自分の掌をその上に重ねるように、ゆっくりとかざした。


「――っ!? こ、これは……!!」


掌を合わせた瞬間、悠の全身に電流のような衝撃が走った。


(し、振動が…!?それも細かくて速い…!!)


それは黒豹であるレイラがゴロゴロと喉を鳴らすメカニズムと同じものだった。これは実際、筋肉の微細な収縮によるもので、実は骨折の治癒を早めるなど「振動による物理的な効果」があると言われている。クレアの発する振動はそれを利用したものだった。守護獣ホダムの力を得ることによって全身で生み出された莫大な微細振動…それがこの振動の正体だった。


「グルゥルルルルルル……ッ」


 もちろん、クレアがそれを知識として理解していたわけではなかった。あくまで感覚としてのものだったが、クレアが再び喉を鳴らしたことで、悠ははっきりと気づいた。


(クレアの掌から出ている揺れと、喉を鳴らす音が……重なってる。そうか、これって楽器が響き合うのと同じ感覚なんだ)


「振動がさっきより強くなった…。聖盤を壊すには、この振動が鍵なんだね」


「そうよ。聖盤を破壊するときは、この振動と同じ振動を与えてあげるの。そうすると勝手に壊れてくれるわ」


「同じ振動を自分で作れるなんて、すごいね。でも……クレアはどうしてそんな方法に気づいたの?」


「本当に偶然なの。以前にも、これを手に入れたことがあったんだけど、この音が耳障りで仕方がなかったの。だから同じ振動を外からぶつけたら、音を打ち消せるんじゃないかって思って試したら……音が大きくなって、勝手に壊れたのよ」


 悠は深く納得した。確かに守護獣ホダムを得る前はこの振動に気づかなかったが、ロボの感覚を共有している今の自分には、それが不快なノイズとしてはっきりと感じ取れる。

だが、そこで悠は壁にぶつかった。


「クレア……。理屈はわかったけど、僕には真似できそうにないよ。そもそも、猫みたいに喉をゴロゴロ鳴らす感覚が、僕には分からないんだ」


「あ……」


「なるほど……。確かにヒョウのレイラと、オオカミのロボとでは、種族が根本から違いますからね。あなたにクレアと同じやり方を求めるのは、少し難しいかもしれませんね。……ユウ?」


 ルジナの言葉も、今の悠には届いていなかった。

 悠は思考の海に沈んでいた。何かが引っかかった。盤上で数手先を読むときの集中力と直感が、一つの可能性を示していた。


(振動を感じることは出来るんだ……そう、相手の力=振動を感じることが出来る…!?自分で振動を起こすんじゃなくて、柔術のように相手の振動を利用するとしたら!?)


ルジナとクレアが見守る中、悠の周囲の空気が、ピンと張り詰めた弦のように緊張を帯び始める。外界の物音は消え、ただ目の前の聖盤と、己の深淵から響く声だけが響いていた。


(自分の中に、何かが聞こえる……そう、これはロボの遠吠えだ…。振動……声…気合…そうか、これだ!)


「クレア。この空間に同じ振動を与えてやればいいんだね?」


 悠は、今まさに「神の一手」と呼ばれる妙手を指そうとしているかのような雰囲気をまとっていた。


「そうよ。…何か思いついたのね」


「うん…上手くいくかどうかわからないけど…」


「ええ、試してみて。ユウならできるわ」


悠はクレアから聖盤を受け取ると、振動を発している空間に手をかざし、目を閉じた。余計な情報を遮断することで体の内部感覚が研ぎ澄まされていく。


(僕が手をかざすのは、クレアのように振動を発するためじゃない。感じ取るため…。思い出すんだ、あの美しく響くロボの遠吠えを…)


「すぅ……」


空気が肺に満ちていくのを感じながら、聖盤の発する振動に合わせて微かに震えているのが分かる。


(この振動に逆らわず…受け入れる。そして体内で練り上げ、あのロボの遠吠えの感覚と共に、僕の『声』に変換する…!)


それは相手の力に逆らわず、むしろその流れに自らの意思を乗せて制する。大和流柔術で最初に習う、基本の理合だ。


(気合とは、即ち、刹那!)


目が開くと同時に、口から振動と遠吠えとが同時に発せられる感覚が、悠の全身を一気に貫いた。


「ハ(破)ッ!!!!!」


「キンッ!!!!!」


言霊を宿した「ハッ=破」。聖盤の内部で共鳴が極限まで増幅され、大きく甲高い音が一瞬響いたかと思うと、聖盤は目に見えない刃で一刀両断されたかのように、白金の円盤は中心から鮮やかに二つに割れ、その破片が岩の上に転がった。


「…出来た…」


 稽古でさんざんこの気合を発してきた悠にとって、これほどしっくりくるものはなかった。


「やりましたね、ユウ!」


ルジナが感嘆の声を上げた。クレアも声には出さなかったが、その青い瞳は誇らしげに揺れている。


「これで本当に旅立ちの時が来た…そんな気がしますね」


ルジナはしみじみと呟いた。

クレアの宣言。ユウは守護獣ホダムを得て、全ては整った。もう見守りが必要な子供たちではないのだ。

ルジナの胸に、一抹の寂しさがよぎった。


「そうね、ルジナ。今まで私たちを育ててくれてありがとう…。私にとって、ルジナはお母さんのような存在だったわ」


「ルジナ。僕も2年間の間だったけど、この世界で僕が生き延びてこれたのはルジナのおかげだよ。それだけじゃなくて、本当にたくさんの大切なことを教わった…。感謝してもしきれないよ」


悠は2年、クレアは6年。

右も左もわからぬ異世界で、もしルジナがいてくれなかったらどうなっていただろう。これまでルジナが与えてくれた愛に、返しきれないほどの感謝の気持ちが二人の胸に溢れ出す。


「……明日の朝、この谷を出るわ」


「クレア、ユウ……。あなたたちは、どこへ向かうつもりなのですか?」


「ユウと話していたの。まずは広い世界を回り、ユウのお父さんを探す。……そして、私たちの存在を正しく知ってもらう旅にするわ」


「ルジナが目指す『平和な世界』に、少しでも近づけるようにね。……それから、いつか元の世界に戻る方法も、二人で探してみるつもりだよ。本当にそんな方法があるかはわからないけどね」


二人の決意に、ルジナは愛おしそうに目を細めた。そして、大きく成長した「子供たち」を両腕で力強く抱きしめた。


「……そう。そうですね。さあ、明日の旅立ちに備えて、もうおやすみなさい、私の愛する子供たち。今日は、本当によく頑張りました。ゆっくりと、翼を休めるのですよ」

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