20話 良くない
うちはただ安全なとこで座り込んでいた。目の前には倒れている慎太郎くんと笹原さんがいる。ギリギリで笹原さんが間に合い慎太郎くんを自分の体ごと押し、事故を避けることが出来た。
視界の端で笹原さんが起きようとしているのが見える。けどうちは手助けをしようとする余裕すらなかった。
さっき見たあの光景は前世の最後ととても似ていた。眩しい光にどんどん近付いてくる大きな物体に大きな音。そして、今まで味わったこともないほどの恐怖。
全てが似ていた。そのせいでうちはあの時を思い出し怖くて何も出来なかった。自分だけ逃げた。
「大丈夫ですか?」
目の前に女性が来て何かを話していたがそれどころでは無かった。自分の呼吸を整えるのに必死だった。少しづつ呼吸がしづらくなる。
苦しくて周りの音が聞こえなくなって視界もぼやけてくる。
怖い。苦しい。助けてほしい。もう死にたくない。
誰かがうちの体を揺らしている。うちは揺らされた勢いのまま誰かの胸の中に倒れた。
目の前の状況に俺は物凄く後悔した。雨野の妹、由香ちゃんを連れてこなければ良かったと思った。
笹原 湊としてこの世界に生まれてきた時、前の世界から好きな世界に逃げられたと嬉しかった。だから、もっと好きな世界にしたくて自分を満足させたくてキャラ達を救おうと頑張った。
原作が変わろうとも自分のやりたいことをしようとした。
さっきも自分が助けたいと思ったから無理矢理由香ちゃんを連れてきてしまった。
その由香ちゃんは今俺の胸の中で気を失っている。
慎太郎くんが車に轢かれそうな時、由香ちゃんは物凄く怯えて後ろに下がっていった。車が突っ込んでくるし怯えるのは当たり前かと思ってしょうがないと思った。
俺が慎太郎くんを助けたあと由香ちゃんを見て固まった。顔色が悪く、息も不規則で苦しそうで、自分の震えを抑えるように自分を抱きしめていた。
誰が見ても危険だと思わせる由香ちゃんに俺は急いで駆けつけて声をかける。他の人も声をかけるが反応は無かった。
焦った俺は肩を揺らしながら声をかけたが今度は気絶してしまった。
俺の腕の中にはまだ苦しそうな由香ちゃんがいる。
「救急車呼びますね」
近くにいた一人の女性が救急車を呼ぼうとスマホを出すが俺は止めた。
「この子家族に内緒でここにいるんです。」
病院に行った方が良いが、この前由香ちゃんの兄の雨野と会った時俺をすごく嫌っていたから俺と一緒にいた事がバレれば怒るだろう。
「でも…」
「念の為意識が戻るまでここにはいますので」
無理に動いたりすると由香ちゃんに悪いかもしれないし、万が一起きなかったら病院に連れていきたい。
「分かりました。何かあったらすぐ周りの人に言ってください」
「はい。ありがとうございます」
女性は優しく俺の頼みを聞いてくれた。
女性は俺たちから離れて慎太郎くんの方に行っていた。慎太郎くんはかすり傷ぐらいで済んでそうだった。
「よかった…」
安心し自分まで意識が飛びそうになる。もしこれで助かってなかったら由香ちゃんを傷つけただけになる。そうならなくて本当によかった。
「……」
いや、こんなの良くない。もっといい方法があったはずだ。
何がもっと好きな世界にしようだ。
できていないじゃないか。
好きなキャラのために他の人を傷つけていては意味が無い。これじゃあダメだ。
もっと前から計画を練って今までみたいに1人でやろう。それが1番いい。
とりあえず今は由香ちゃんを移動させよう。ここにいるとは言ったが流石にずっとここは居ない方がいいだろう。警察も来るだろうし事情聴取される前にどこかに行きたい。
「えーと…」
けど、移動させるとしても場所がない。成人が未成年を運んでいるところはあまりにも怪しくなるから、どこの建物も入れないだろう。由香ちゃんの家は途中までしか知らないし俺の家は流石に無理だ。
「由香ちゃーん…」
ダメ元で声をかけてもぐったりとしているだけで何も反応は無い。
兄の雨野に電話をして妹が倒れたことを知ったら俺の命がないだろうし…。
「あの、私のお店すぐそこなんで来ます?」
さっきの女性が俺が困っていることに気付いて話しかけてくる。
「え、良いんですか?」
「はい」
女性は快く頷いてくれた。
肩まである黒髪は綺麗に揺れ、茶色の目は細められ、ピンク色の口は優しく弧を描いていた。
身長は170cmぐらいだろう。女性にしては少し高い身長はとてもスタイルを良く見せていた。
「案内しますね」
「ありがとうございます」
由香ちゃんを女性に手伝ってもらいながらおんぶし、女性に着いていく。
3分ほど歩くと少し小さめなペット屋が見えてきた。
「このペット屋が私のお店です」
「ペット屋…」
「あ、ちゃんと休める場所はありますよ」
ペット屋と聞いて少し不安になっていた俺に気付いて慌てて言う女性。少し失礼な態度をとってしまった。
「こちらから2階にお願いします」
「わかりました」
店の横にある階段を俺が先に登り後ろから由香ちゃんを抑えてもらう。
中に入ると少し広めの和室があった。
「今布団持ってきますね」
「何から何までありがとうございます」
「いえいえ」
嫌な顔ひとつもせず笑顔で色々してくれる女性。とても優しい人なんだろう。
普通は声かけるだけでここまでしないだろう。
「こちらにどうぞ」
「ありがとうございます」
由香ちゃんをそっと寝かせ布団を被せる。顔色はさっきよりも良くなっていて安心する。
「お茶持ってきますので適当に座っててください」
「え、いやいや。そんなにしなくて大丈夫ですよ」
お茶まで持ってこようとする女性を慌てて止めるが女性はにっこりと出させてくださいと言って準備し始めた。
ここまでしてもらうのは申し訳なる。今度お菓子でも持ってこようと思い、何にしようか悩んでいると女性がお茶を持ってきた。
「どうぞ」
「色々してもらってありがとうございます」
「いえ。これはお礼ですから」
「……お礼?」
お礼と言われ首を傾げる。女性と会うのは初めてで何もしていない。でも、女性は嘘をついているようには見えない。人違いだろう。
「多分ですが、人違いだと」
「笹原 湊さんですよね」
「え」
お茶を飲もうとしていた手が止まった。
何で俺の名前を知っている?




