14.忍び寄る影
※ちょいグロいかも。苦手な人は最後の12行だけを読むか、あとがきで内容を確認してください。
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「怪我がないのはいいんですけど、どうしましょう」
まだ明るいが、すでに陽が傾き始めている。あと数刻もすれば暗くなり始める筈だ。
今から小屋へひとりで帰り、薬や食料を取りに行ってもここに戻ってくる途中の森の中で暗闇を移動する羽目になる。
小屋から洞窟まではほぼまっすぐではあるが、途中で何が起こるか分からない。
洞窟で寝泊りする際には防虫効果の高い煙を出すゲッジュの枝を焚火で燃やしていたので大丈夫だったが、移動中にはそれもできない。しばらくは燻されていた服に臭いがついているが、その程度で小屋との往復する間、効果が続くのかレーネには自信がなかった。
うーんうーんと悩んでレーネの横で、怪我の手当てをしあげた火熊と手長猿がヴォルに近づいてきていた。
火羆は身体が大きくその毛はふかふかとしていて、実はサンペーレ王国では冬の防寒具として人気がある。また肉も非常に美味とされている。
しかし、だからといって火熊を獲物とするハンターは少ない。
何故なら火熊の筋力は人間の数十倍あり、走るのも早く、しかも雑食だ。運悪く戦闘に入った場合、獲物になるのは人間側であるからだ。
なによりも、火熊という名前の由来でもある爪の根元から分泌される非常に強い毒液。これに触れるとまるで火に焼かれたような強い痛みに、人は気が狂ったように叫び転がることになる。仲間がそんな状態になって動揺しないでいられる者は少なく、よほど訓練を積んでいなければあっという間に総崩れになる。
そうして手長猿は、器用な手と大きくて視力のよい双眸と高い知力により、集団で敵をせん滅する森の悪魔と呼ばれる存在である。
普段は高い樹上で生活しており、滅多に土の上には降りてこないし、また一匹で行動することもない。森の中から仲間たちが今も彼を見守っており、合図次第で集団で戦いを挑んでくるのだろう。
火熊と手長猿以外の動物たちはすでに森の中へと帰っていた。
その分、二匹の行動は異様であるといえる。
なにより異様であるのは、火熊と手長猿同士は天敵であるということだ。
どちらも雑食。
もっと手軽に狩れる相手がいる為にお互いを食料とすることはほぼない。だが食料を奪い合うことはたまに起こる。餌が豊富な時期は、お互いが追いかけ回している間に他の動物が巻き添えになり、どちらかがそれを獲物として終わる。
しかし、餌の少なくなる冬はそうはいかない。
そんな時は森が壊滅してしまうのではないかというほどの被害がでる。
手長猿の投げた木の実爆弾で火熊が目をやられた時など特に酷いことになる。
手当たり次第に振るわれる火熊の一撃の前には、どんなに太い樹の幹もあっさりとへし折られるし、なんなら岩すら砕く。近寄ってきた敵をすべて殲滅させることに躊躇いはない。殺られる前に殺らねば自分が獲物になるだけだからだ。
視界を失った火熊は毒液を撒き散らしながら辺りを壊滅させていく。
倒れた樹に巻き込まれ地上に落ちた手長猿を食料にせんと火熊が襲い掛かり、その足を止めた火熊へ向かって他の手長猿達がありとあらゆるものを投げつける。硬い皮を突き破り、肉塊となるまで。お互いが血で血を洗う死闘を繰り広げる。
どちらかがどちらかの食料となる決着が付くまで、それが続くのだ。
そんな、この森では絶対恐怖の天敵と恐れられている存在同士が、いまだに気を失ったヴォルに近づく。
手長猿は黙ってヴォルを見落とすと、その大きな身体へ手を伸ばした。
そうして一切抵抗されないことを確認するとそのまま抱え上げ、火熊の背に乗せた。
彼の着ていたマントで器用にその体を固定していく。
更に器用な手付きで散らばっていたレーネの荷物を集めた。
レーネの目の前に荷物の山を作ると、満足そうに頷いて、ヴォルを背に乗せた火熊と並んで手長猿がすたすたと歩き出した。
その足は、たしかにレーネが住む小屋に向かっている。
その様子をレーネはぼうっと見送りかけて、ようやく正気に戻った。
「えぇ?! もしかして、ふたりで送ってくれるの? って。ちょっと待ってよぅ。荷物纏めるから。お願い、待っててぇ」
※グロ耐性の低い方用要約※
小屋に戻ると洞窟迄戻ってくる前に夜になってしまうと悩むレーネ。
その横で、森の絶対王者たる火熊(超狂暴で毒持ち)と双璧とされる手長猿(頭がよくて器用で集団戦に長ける)が、気を失ったヴォルに近づいていく。
手長猿は完全に気を失ったままのヴォルに手を伸ばすと、抱え上げて火熊の背に乗せ、レーネの荷物を、自分で持ってこいやとばかりに彼女の前に集めて積み上げると、そのまま小屋に向かって火熊と一緒に歩き出すのだった。
「えぇ?! もしかして、ふたりで送ってくれるの? って。ちょっと待ってよぅ。荷物纏めるから。お願い、待っててぇ」




