12.母の教えを破っても
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ようやく集まってきていた動物の治療が終わったと思ったのに、なんでみんな森に帰っていかないのかしらと不思議に思ったレーネは、みんなの視線が集まっている場所を振り返った。
すると
「え、あれぇ? ヴォルさん、こんなところでどうしたんで……きゃー?!」
洞窟から動かない半身を無理矢理引き摺るようにして出てきたヴォルの後ろには、這い出した形そのままに、血の跡が洞窟からずっと続いていた。
「ヴォルさん、死んじゃいやですぅ!!」
慌てて取りすがったレーネの掌の下にあるヴォルの身体はびっくりするほど熱かった。
「大丈夫! 冷たくないってことは、まだ生きてるってこと。だから、まだ大丈夫。よし!」
自身へ言い聞かせるようにレーネが呟く。
けれど動物たちを治療するために、今朝までにレーネが集めてきた手持ちの薬草はすべて使い切ってしまっていた。
『草も魚もすべてを取り尽くしては駄目なのよ。小さい魚やあまり見かけなくなった物は逃がしてあげてね。薬草も必ず三分の一は残して。それ以上取ってしまうと、奇形種が増えてしまうから」
母の教えはいつだってレーネを助けてきてくれた。
キケイシュというのがどんなものか、レーネはこれまで見たことはない。
けれど、残り三分の一を越える採集は、植物たちの次を奪う行為となるというその教えを、レーネはこれまで守って生きてきた。
「でもでもでもでも。今は、ヴォルの命が掛かっているし」
溢れてきた涙をぐいっと掌で押し上げて、レーネは小屋まで戻って薬を獲りに行くのと、この辺りの薬草たちに負担を掛けることのどちらを選ぶべきか悩んだ。
ヴォルの状態は重篤で、擦り傷に砂や石が入り込んで腫れあがっている。
元の骨折の影響で体力や抵抗力が落ちている。小屋までの往復に必要な時間を考えたらギリギリ。もしかしたら間に合わない可能性もある。
「そうだ。薬の前に、傷口に入ってしまった砂や石を取り除かないと。お水は……お水も汲んでこないとだめだ」
レーネが昨夜小屋から持ってきた水袋の中身はもうほとんどない。
ここから一番ちかい水源はどこだろう。
焦りと不安で、考えが纏まらない。
けれど、ここでレーネが頑張らなければ、目の前のヴォルが死んでしまう。
そう思えば思うほど、目の前が涙の膜に覆われてしまって動けなくなる。
目の前のやさしい人がいなくなる。
──おかあさん。
あんな想いをするのは、もう二度とごめんだ。嫌だ。
「だめなのっ。泣いてる時間なんて、ない」
ぱん、と両手で頬を張り飛ばして気合を入れた。
「ヴォルは、わたしを、ほめてくれた大切なひとなのっ」
自分の今の最善を尽くすと決めて、レーネは立ち上がった。
もう涙は止まっている。
「まずはもうちょっとだけハーマユの鱗茎も掘らせて貰う」
洞窟の傍に生えている赤い花の前に移動し、頭を下げて手を合わせた。
もうちょっとだけ。今回の分だけ、収穫させて欲しい。
次に見つけた時は採らないって約束するから。
ごめんなさい、と胸の内で約束し、根元を掘と、まっしろい鱗茎があらわれた。
つやつやしていてとても綺麗だ。
周囲を埋め戻して、もう一度手を合わせて頭を下げて立ち上がる。
水袋にちょこっとだけ残っていた水でそれを洗って、ヴォルの口へと押し込んだ。
「だめ。全然飲み込んでくれない」
鱗茎をばらばらに解しても、一枚一枚の厚みも大きさもそれなりにある。
無理に喉の奥へと押し込んで窒息させてしまっては元も子もない。
レーネはそれを持って包丁で叩き潰すようにして砕くと、迷うことなく自分の口に放り込んだ。
「ヴエエ、苦い」
えぐみに耐えつつ、水をちょこっと含むと、意を決してヴォルの口へ唇を合せた。
お願い、飲み込んで──
舌で砕いた鱗茎と水を押しやるようにヴォルの構内へと押しやると、こくりとヴォルの咽喉が動いて、それらを飲み込んでいくのがわかった。




