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15.魔王の解析

「ここがエルちゃんの研究室……?」


 入浴を終え、肌に残っていた熱が冷めてきた頃。

 エルフィリアはクロムを連れて、研究室と銘打っている地下室へ足を運んでいた。


「あんまりうろちょろしないようになのですよ。作りかけの魔道具とか魔法理論とかもあるのですから」


「うん。わかってる」


 研究室とは言っても、普通の魔法使いのそれと比べてエルフィリアの研究室は質素と言うほかはない。

 かつては両親が名のある冒険者として活動していたので遺産はかなりあるけれども、だからと言って無駄遣いは厳禁だ。

 魔法の研究に用いる材料や資料である魔法書などは相当高価なものである。それらに捻出できる余裕があまりないエルフィリアにとって、魔法研究のほとんどは独学によって進められる。

 自分自身で導き出し、紙に書き起こした数々の研究結果、魔法理論。

 参考にするために取り寄せた資料よりも、そちらの方が多いくらいだ。


「ねぇ、エルちゃん」


「はいはい、なんなのですクロム」


「今日はどうしてここにいれてくれたの? 前までは『ここだけは絶対、絶対に入っちゃダメなのですよ。ぜーったいなのですよ』って、あんなに念押してたのに」


「下手なモノマネはやめるのです」


 必死に真似しようとはしていたみたいだが、クロムの声音がいつも平坦なこともあって、まったく似ていない。『なのですよ』がなかったらモノマネとはわからないくらいだ。

 まあもっとも、どちらにせよ似ていたところでエルフィリアは「勝手に真似るのはやめるのです」と怒るのだが。


「大した理由なんてないのです。クロムが私とずっと一緒にいるとかわけのわからない約束を取りつけやがったので、しかたなくなのです。外で待ってろって言ったって、どうせ離れる気はないのですよね?」


「うん」


「ならこうするしかないのですよ」


 この話はこれで終わり。エルフィリアはそう思ったが、クロムは少し納得がいかなかったようだ。


「でも、ずっと入れてくれなかったのに。本当にわたしを入れたくないなら、今日だけは魔法の研究をやめたりとかすればよかったんじゃ……?」


(……なんでこいつがそんなこと気にするのです?)


 不思議に思ったエルフィリアは、ちらりとクロムの顔を一瞥した。

 クロムはいつも通り無表情ではあったが、なんだかんだ彼女と一緒に暮らし始めてから時間が経っているからだろう。

 今のクロムが、どことなく申しわけなさそうにしていることがエルフィリアにはわかった。

 これまでずっと拒んでいたことをやらせてしまっている。もしかしたら嫌な思いをさせてしまっているのではないか。

 そんなクロムの内心を察して、エルフィリアは小さくため息をつく。


「日課は毎日続けるから日課なのです。こんなんでも私は魔法に関しては真面目なのですよ」


「わたし、迷惑じゃない?」


「お前の存在は初めっから迷惑なのです」


 不安げに口にしたセリフを真正面から肯定する言葉に、クロムはしょんぼりとうなだれる。

 ……しかしそれは早とちりだ。

 なにせ、エルフィリアという少女が本音を本音のまま言うことなど稀だ。


「だから、今更これくらいじゃ迷惑のうちに入らないのです。お前はいつも通りにしてればいいのですよ。変に遠慮されるとそっちの方が面倒で迷惑なのです」


「……? それって……」


「言葉通りでそれ以下でもそれ以上でもないのです」


 クロムが目をぱちぱちとしてエルフィリアの方を見れば、エルフィリアはすでにクロムから完全に視線を外していて、部屋の奥へと足を進めていく。

 本当に言葉通りに受け取るのなら、決して良い意味にはなりはしない。

 けれどエルフィリアと短くない時間を一緒に過ごしてきたクロムからしてみれば、今のエルフィリアのつっけんどんな態度は支離滅裂だった。

 ここは明らかにエルフィリアにとって重要な場所だ。そこに入れてくれている。それを、迷惑ではないと言ってくれている。


「ねぇ、エルちゃん」


「あー? 今度はなんなのです?」


「エルちゃんって、素直じゃないね」


「はぁ? なに言ってんですか。私は迷惑を迷惑って真正面から遠慮せずに吐き捨てるくらいには正直者なのですよ」


「そうだね」


 素直じゃないと言ったくせに、正直者だという主張に同意。完全に矛盾していた。


「……はぁ。まぁいいのです」


 言いたいことはたくさんあったが、なにを口にしたところで無駄だと判断し、エルフィリアは閉口した。

 クロムがそばにいるという違いはあるが、それがエルフィリアの日課の内容に変化を及ぼすことはあまりない。

 古ぼけたロッキングチェアに腰を下ろすと、今まで幾度となく読み返してきた魔導書のうちの一冊を手に取って、しおりを挟んだページを開く。

 それを参考にし、前日に途中まで組み立てていた新しい魔法式の理論を紙に書き綴っていく。

 クロムは最初、興味津々と言った具合にこれまでエルフィリアが書いてきた魔導書や作ってきた魔道具、研究資料などを眺めていた。魔導書を手に取って、それをぱらぱらとめくったり。

 このすべてをエルフィリアが手がけた。そのことを何度も確認するかのように、クロムは「これ、エルちゃんが書いたの?」「これも?」と、ことあるごとに聞いてきていた。

 いい加減ちょっとだけ鬱陶しくなってきたところで、クロムは今度はエルフィリアが今していることが気になったようで、エルフィリアの手元を覗き込んできた。


「エルちゃん、これはなに?」


「んー……ひとまとめで言うと、解析魔法の理論なのです」


「解析魔法?」


「です」


 そう言われても、魔法を習い始めて間もないクロムにはいまいちピンとこないようだ。

 エルフィリアが書いている魔法式を横から覗き込んだりもしたが、今のクロムには一割も理解することはできなかった。

 それでもどうにかこうにか読み解こうとするクロムに、エルフィリアはしかたなく一旦手を止めて説明を始めた。


「まず初めに言っておくですけど、解析魔法にもいろいろと種類があるのです。重さの解析とか、速度の解析とか、温度の解析とか。余分な情報を取り込んだらごちゃごちゃするので、必要なものを必要なぶんだけ、なのです」


「そうなんだ」


「今日学園に行く途中、魔力眼の話はしたですよね? あれも広義では解析魔法の一種なのです。魔力の流れを見る力……つまり、生き物の体内から漏れ出した魔力の量、方向、速度、魔力に関連する一定の要素と事象を解析し、視覚情報として取得する。それが魔力眼なのです」


 魔眼手術によって魔力眼を発現させるという行為は、簡単に言えば魔力の解析魔法を人の目に付与することである。

 以前、旧魔王城に訪れたエルフィリアはクロムが封じられた地下の部屋へ進む前に、反魔法が付与された壁に道を阻まれた。魔眼手術の根本的な理論はあの壁と同じものだ。

 クロムはしばらく考え込むように口を閉じていたが、やがてなんらかの結論に至ったようで、確認するようにエルフィリアへ言った。


「魔力の要素を分析する魔法が魔力眼ってことは、解析魔法にもいろいろ種類があって、エルちゃんは既存の解析魔法じゃ調べることができない、新しいなにかを知ることができるようになりたいってこと?」


「なのです。案外勘がいいですね、クロム」


 珍しくエルフィリアに褒められて、クロムは嬉しそうにほんの少しだけ頬を緩めた。

 しかしそんな歓喜の気持ちもそこそこに、まだ彼女は気になることがあったようで、さらに質問を続けてきた。


「じゃあ、そのエルちゃんが知りたいことってなに?」


「そんなもの決まってるのです。クロム、お前なのですよ」


「わたし?」


 クロムは目をぱちぱちと瞬かせた。


「私の悲願、クロムならわかってるですよね?」


「魔力量の上限を増やすこと?」


「その通りなのです。通常、生まれ持った魔力量の最大値は増やすことができないとされてるのです。けど、クロムの魔力量は明らかに異常なのですよ。人間ではない、魔族だということを考慮しても……」


 歴史上、人間が持ち得た魔力の限界は常人の数千倍程度とされている。それも歴代の賢者の中でも数えるくらいしかいないくらいの少数だ。

 いくら魔族とは言え、軽くその千倍以上の魔力上限を持つクロムはまさしく規格外の一言に尽きる。


「それが魔王という存在だからか、もっと別の理由があるからかはわからないのです。けど、きっとそこには秘密があるはずだと私は睨んでるのですよ。それさえ解き明かすことさえできれば、私もきっと……」


「秘密……あるのかな」


 自分にある秘密とやらにクロムはなんの心当たりもないらしく、自らの胸の前に手を当てて不思議そうに首を傾げている。


「元々、魔力量を計測する解析魔法がクロムに通じることはわかってるのです。なのでそこから魔法術式の基礎をコピーして、今はそれをいじっている最中なのです」


 そう言ってエルフィリアは話を締めた。

 魔力量を計測する解析魔法とは、入学試験の際に使った水晶のことだ。クロムが触れた際に一瞬で粉々に砕け散ってしまったが、それはクロムの魔力量が水晶の許容量をはるかに上回ってしまっていた結果に過ぎない。魔法自体は正しく動作していた。

 あの水晶を見た時にエルフィリアはクロムの秘密にたどりつくための魔法のヒントを掴み、それからというもの、毎日こうしてその魔法の研究に勤しんでいた。

 そしてちょうど今、その魔法の理論が一応の完成を迎えようとしていた。

 実はクロムをここに入れたのはそれが理由の一つでもあった。


「……よし」


 とりあえずの完成に至った仮の魔法術式。まだまだ改善点は多いけれども、目立った綻びがないことを念入りに確認すると、エルフィリアは席を立ってクロムに向き直る。


「クロム、ちょっと服を脱ぐのです」


「もうお風呂入ったよ?」


「別にまた風呂なんか入るわけじゃないのです。魔法がとりあえず出来上がったので試してみるのですよ。直接肌に触れた方が効果が高いのです」


「手を繋いだりとかじゃダメなの?」


「心臓と肺に近いところの方がいいのです」


「……わかった」


 心臓と肺。その二つそのものが魔力と密接に関わりがあるわけではない。

 ただ、魔法使いの間では魂と呼ばれる存在の核がその辺りにあるとされていた。

 心臓ではないが、心臓と同じ場所で魔力を保管し、肺ではないが、肺と同じ場所で魔力を生成し、供給している。

 クロムの魔力量の秘密を探るに当たって、その魔力器官とでも言うべき部分ともっとも近しい位置で魔法を使うことは必要事項だ。

 基本的にエルフィリアの言うことには忠実なクロムはこくりと頷くと、その白いネグリジェを脱ぎ去り、傷一つない白く細い肢体があらわになる。


「……下着も取る?」


「そっちはそのままでいいです」


 お風呂でもない場所でさすがにそれはクロムも少し恥ずかしいようで、おずおずと言った様子だった。エルフィリアが頷いていたらそれでも外したのだろうが、返ってきた否定の言葉に、クロムはほっと息をつく。

 クロムがそんな態度をするものだから、入浴した際に一度クロムの一糸まとわぬ姿を見たというのに、エルフィリアの方が少しどぎまぎしてきた。

 しかしすぐに首をぶんぶんと左右に振って雑念を振り払い、早々に魔法の構築に取りかかる。

 仮の完成、試作段階の魔法であるため、一つ一つ丁寧に術式を描いていく。

 エルフィリアには魔力眼がないので魔力の流れは見えないが、魔力に対するセンスはずば抜けている。どれだけの量の魔力をどこにどう動かせばいいのか、見えはせずともすべて感覚的に理解できる。

 一分近くの時間をかけて魔法が完成すると、エルフィリアの右手首を包み込むように半透明な紫の輪っかが出現した。

 その右手をゆっくりと動かし、手のひらをクロムの胸の真ん中に添えるようにして置く。


「ん……」


 自分ではない他者の手が胸に触れた緊張か、はたまた魔法が体内に入り込む感覚からか、クロムが少しだけ思わずと言った風に声を漏らした。

 さきほどクロムのことを意識していまっていたエルフィリアはわずかにびくっとしたが、解析魔法は案外デリケートな魔法だ。集中しなければいけないと自分に言い聞かせ、目を閉じて、音や匂い、触れている感触など、魔法へ注ぐ以外の感覚をできる限りシャットアウトする。

 クロムの秘密を知るための魔法。エルフィリアはこの魔法のことをクロムにそう言った。

 それはもっと正しく言い換えるならば、クロムの中にある魔力を保管する器、その根源をたどる遡行の魔法だった。

 なぜそれが生まれたのか。どうしてそうなったのか。どんな方法を用いたのか。

 それを解析し、人が理解できる情報として還元する魔法。


(……むぅ)


 なにもわからない。クロムに触れてから一分ほどそのままでいたが、それが変わる様子はなかった。

 まだ試作段階の魔法だ。やはり、術式になにか綻びがあったのか……。

 そう思いかけた時だった。

 今、伸ばしていた魔法の触肢がクロムの魂に触れた。そんな感触がした。

 いや、本来は魔法で触れた感触などわかるはずがない。だがエルフィリアはずば抜けた魔法への感性は、まるでそれがエルフィリアの体の一部であるかのように、エルフィリア自身がクロムの心に触れたと錯覚させる。

 その途端、不可思議な映像がエルフィリアの頭の中に流れ込んできた。


 そこは、特筆すべきものなどなにもない、真っ白な部屋だった。

 自分はどうやらそこにぺたりと座り込んでいるようで、視点がとても低い。

 そして一人の女性がすぐそばに立っていて、『わたし』に言い聞かせるように囁いてくる。


『あなたは私たち魔族の希望。私たちの過去を断ち切り、未来を切り拓く、大切な大切な、王の器』


 そう言って、微笑んでくる。

 だけどその微笑みはどこか寒々しいもので、『わたし』に向けられているはずなのに、その目は『わたし』ではない別のなにかを見つめている気がしてならない。


『おうの、うつわ?』


 視界が斜めに傾く。『わたし』が首を傾げたのだと、エルフィリアは理解した。

 そして、これが誰かの過去の体験の記憶なのだとも理解する。


『そう。あなたは魔王様になる。かつて強大な力を世界に示した、私たちの偉大なるご先祖さま、七人の王の一人に。あなたは、そのためにつくられたの。私たちを迫害し、暗く光のない世界へ追いやった人間……そのすべて滅ぼし、私たちを救ってくださる魔王様になるために』


 なんて、言う。

 まるで呪詛のように、彼女は言う。

 憎しみ、恨み、抑え切ることなど到底できはしない無数の負の感情が、声の主の心を覆っている。

 そして、『わたし』は答えるのだ。

 彼女が言っている意味はまるでわからないけれど。

 彼女が望んでいることがどんなことなのか、まるで理解できないけれど。


『……おかあさん(・・・・・)がそういうなら、わたし、がんばる』


 なんて、『わたし』は言って。

 彼女は心底嬉しそうに『わたし』の頭を撫でた。


『立派ね。きっとあなたなら、私たちの世界をつくることができるわ』


 頭を撫でてくれる、その感触が『わたし』は好きだった。

 母が望むことはなにも理解できない。だけど。

 ずっとそのまま、笑ってほしかったのだ。

 そして、ただこうして、頭を撫でてほしかった。

 ……たとえ母が、ただの一度も『わたし』の名前を呼んでくれたことがなかったとしても。

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